39ページ目 菫さんの夏本番の終業式
夏らしく澄み切った空には、雲一つもない。そんな空に浮かんでいる灼熱の太陽が、この2-3の教室を嫌と言うほど照らしている。そのうえ、この時期らしく蝉もうるさく鳴いている。視覚的にも聴覚的にも暑苦しいが、教室内はエアコンが効いているので生徒達は快適に過ごしている。
そんな中、朝のSHRのチャイムが鳴る。と同時に、担任の杉谷は鼻歌を歌いながら教室に入ってきた。
「やぁ、皆おはよっ!それにしても1学期最後の日に相応しい、いい天気だな〜」
開口一番、杉谷はニコニコしながらこう言った。やけに上機嫌かつハイテンションな様子で。朝からこんな状態の杉谷は初めてだ。却って引いている生徒もいて、教室はざわめいている。
(今日はやけに明るいわね杉谷君……何かいいことでもあったのかしら?)
菫も引くまではいかないものの、不思議に思っている。と、ここで真二はヘラヘラ笑いながら得意の野次を飛ばしてくる。
「何だよテンション上がっちゃって〜。お杉も夏休みが楽しみなのかよ〜?」
教室内にどっと笑いが巻き起こるが、杉谷は渋い顔で首を横に振りながら「ちっちっちっ」と言って人差し指を横に振る。
「残念なことに教師は夏休みもずっと仕事だぜ。君達と違ってな」
「じゃあお杉……彼女でもできたのかぁ!?」
今度は知輝が茶々を入れてきた。しかもその内容のせいで、他の生徒達も「キャー」だの「ヒューヒュー」だの冷やかしてくる。そんな彼らに杉谷は鼻で笑い、またも首を横に振った。
「いや〜、違うんだよ。彼女なんかここ何年もできてねぇし……」
「じゃあなんでこんなに上機嫌なのー?」
めぐるに聞かれた杉谷はコホンと咳払いし、ここまでご機嫌な理由を語り出した。
「そりゃもう……君達がテストを頑張ってくれたからだよ。今回、トップ3は全員この3組だし、追試が0人なんて快挙じゃないか!いや〜、担任として鼻高々だぜ〜。それに皆先生のために頑張ってくれたなんて嬉しいよ」
「………………」
杉谷はドヤ顔を見せたのち、うっとりした顔になった。
……が、それとは裏腹に、2-3の面々の表情は冷ややかなものであった。菫に至っては必死で笑いを堪えている。そんな菫の言いたいことを代弁するかのように、真二はハッキリと真実を突きつける。
「いや別にお杉のために頑張ったんじゃねーよ。追試と補習が嫌だっただけだもんな〜」
「そうさー!夏休み毎日補習なんか絶対嫌さー!」
「そーそー!追試も嫌だから!」
日向と沙希も真二に同調する。「え?」と口走り教卓の前で固まる杉谷に、凜と寛斗が鋭く指摘する。
「まさか……自分の手柄だとか思ってるんじゃねーだろーな?確かに先生に聞いてる奴はいたけどよ」
「あくまで追試0人だったのは皆が頑張ったからですよ?」
「そーだそーだ!」
「ナバちゃんよく言った!」
「きよみーいいこと言うじゃん!」
「………………」
そう言い放った凜と寛斗に、知輝、めぐる、真二が賛同する一方で、杉谷は先程までのハイテンションはどこへやら、返す言葉がなく黙り込んだ。どうやら図星だったらしい。そんな杉谷の肩を、後から教室に入ってきた栗山がポンと叩く。
「まぁまぁ、杉谷先生。皆の成績が上がって、追試を受ける子もいなくなってよかったじゃないか。理由はどうであれ」
「いや、でも……」
「とにかく早く出席を取ったらどうだね?早くしないとSHR終わっちゃうぞ」
「はーい……」
栗山に促されるまま、杉谷は渋々出席を取り始めた。
★
1学期の授業はどの教科も全て終了したので、最終日の今日は授業が一切ない。なので時間割は終業式・壮行会、大掃除、LHRというもので、3時間目で終了となる。なお、今日は終業式があるため全生徒が学校指定の制服を着用し、菫もいつものリボンではなく指定のネクタイを巻いている。
1時間目の終業式と壮行会は第一体育館で行われるので、2-3の生徒達もそこに移動している。教頭が開式の言葉を述べた後、壇上に上がった校長の話が始まる。生徒達は名簿順に並んで床に座り込んで聞いているが……ほぼ全員嫌な予感がしている。
「え〜、皆さんおはようございます!今日は1学期終業式ですね。ついこの間、桜が咲き1学期が始まったかと思いきや、もうすっかり暑いですね。この1学期もあっという間に終わったかと思いますが、皆さんよく頑張ってくれたと思います。どの学年も宿泊研修や遠足から始まり……」
もちろん第一体育館にもエアコンはあるものの、いかんせん広いうえ、全校生徒及び全教師が集まり熱気が篭っている。そのせいで、教室にいる時よりも格段に暑い。
そんな状況でも案の定、校長の大沢はお構いなく話を続ける。
「特に体育祭は皆で盛り上がりましたね。最後のクラス代表リレーではどの学年も抜きつ抜かれつの大接戦になり、最後まで目が離せませんでした。特に3年生は……」
どんどん暑さを感じ、顔に汗が垂れている生徒や、手や服で仰ぐ生徒がチラホラ出てくる。
「えー、この1学期で頑張ってきたことは皆さんにとって大きな糧になったと思います。大きな……といえば、少し前に日本の深海でダイオウイカが目撃され……」
「……………………」
なぜか学校や生徒と全く関係ないダイオウイカの話になり、生徒はもちろん教師までもが困惑の表情を浮かべる。菫はもちろん、全生徒及び教師が早く終わらないかと思い、大沢が黙るのを今か今かと待っていた。
「……はい。では皆さん、夏休みだからといってくれぐれも羽目を外しすぎないよう、高校生としての自覚を持って過ごしてください。先生からは以上です」
漸く長い長い話が終わり、話を聞かされていた生徒達及び教師達はホッとする。次に生徒会長が生徒代表の言葉を述べた後、校歌を斉唱して終業式は終わり、引き続き壮行会が行われる。
大半の部活では夏の大会があるため、この終業式と同時に壮行会が行われる。大会に出場する部員達はユニフォームや部活のジャージに着替え、プラカードを持って拍手と共に入場する。ほとんどが運動部員だが、吹奏楽部や美術部、合唱部など文化部員も少数いる。また、その中にはアメフト部のキャプテンである寛斗や、陸上部の長距離エースのつばさなど2-3生徒もチラホラ混じっている。
入場後、部員達は前に出て、それぞれ部長やキャプテンが全校生徒に意気込みや目標、感謝の気持ちを述べる。中でも名門と言われている陸上部が決意表明をすると、一際大きな拍手が上がった。
その一方で、大会がない部活や試合に出ない部員達は、帰宅部の生徒達と同様に送り出す側として激励の拍手を送っている。その中には雅哉や真二ら野球部員もいて、真二は「頑張れよ〜」などと声援まで送っている。ただ……彼らの表情は少々複雑そうだ。
(まぁそうなるわよね……甲子園行きたかっただろうし……)
菫はその理由を知っている。野球部は今年の地方大会でいいところまでは行ったものの……優勝できず甲子園行きを逃していたからだ。その悔しさが計り知れないものであることは想像に難くない。
(まぁでも2人ともまた来年があるんだし……)
そう思いながらぼんやりと彼らを眺めていると……黒髪の天然パーマの後ろ姿が目に入り、ドキッとした菫は思わず目を逸らす。どうやら彼の所属する部活はいずれも夏の大会はないようだ。
(まだ何も決まってないけど……本当に映画行くのよね!?ばったんと約束したし……約束したからにはちゃんと守らないとダメよね……)
もちろん、菫はテスト前に直と交わした約束を覚えている。菫の頭の中はそのことでいっぱいになり、肝心の決意表明はあまり頭に入らず、周りに合わせて拍手をした程度だ。
ちょうどその時、水泳部のキャプテンが大会への抱負を語っているところだった。日向も選手の中の一人で前にいるが……いつになく一瞬だけ悲しげな表情を見せていた。
★
終業式と壮行会が終わった後、菫達4班は体育館裏にいた。この後に大掃除があり、4班は体育館裏を任されていたからだ。菫は始業式と同じ場所を掃除する羽目になったが……ところどころゴミや葉っぱが落ちているわ、4月と違ってかんかん照りだわで、あの時よりも骨が折れそうだ。やはり英玲奈と龍星は愚痴をこぼしている。
「超暑〜い!」
「なんでこんなクッソ暑いのに外掃除しなきゃいけねーんだよ!」
しかしいくら愚痴ってもやらなけれはならないので、英玲奈も龍星も渋々取り掛かる。
これだけ悪条件が重なってはいたが……それでも思いの外掃除はあっという間に終わった。皆しっかり掃除し、和馬のようにサボる人物がいなかったからだろうか。少し時間が余ったので、4班の女子3人は日陰に座り込んで話をしている。男子達は別の場所を掃除しているため、そこにはいない。
「ねぇ、千穂も菫も夏休みって何か予定あるの〜?」
「……え゛ぇッ!!」
英玲奈は何気なく千穂と菫に訊いたものの、菫はやけに動揺して声が裏返ってしまう。そんな菫には気にも留めずに、千穂は先に答える。
「うーん……ほぼずっと部活かバイトかレッスンだね〜」
「レッスンって?」
「ギターと歌だよ。部活もあるけどもっと上手くなりたいし」
「えっ、偉いじゃん!私なんかダンスは部活だけで他には何もしてないよ〜」
「いやいやそんな〜」
(この調子だと……北山君と2人で会う予定はまだないみたいね。まぁ部活で毎回会うわよね)
まだ千穂の恋はそこまで進展していないらしい。彼女と英玲奈の話を横で聞きながら、菫はそう推測する。自分のことは棚に上げて。
「で、菫はどうなのよー?」
呑気に2人の話を聞いていたのも束の間、やはり英玲奈から今度は名指しで話を振られ、菫はギクっとする。
「わ……私も今のところ特に予定は……ないわよ……」
ついしどろもどろになりながら、菫はそう答えた。……本当は詳しい日程こそ決まっていないものの、予定が一つだけあるのだが。
にも関わらず、英玲奈は「そーなんだー」と言うだけで特に首を突っ込むことはない。これがめぐるだったら絶対何かあると尋問されていただろう……と菫は思う。
「何もないんだー。じゃあよかったらまたカラオケ行かない?また菫ちゃんの歌聞きたいの」
千穂に至っては詮索しないどころか、再びカラオケに誘ってきた。まさかの反応に菫は驚くも、内心は嬉しく思う。あのカラオケ大会から、また歌いたいと思っていたこともあって。
「えっ、いいの?……阪口さんが行ける日なら、今のところいつでも……」
「本当??」
「てゆーか女子皆で行かない?女子会みたいな感じでさ〜!」
「それいいかも!皆どんな歌歌うのか気になるし!」
英玲奈の鶴の一声により、カラオケが4月のダリーズ以来の女子会になろうとしたところで……
「あれ、皆もう終わってたのー?」
寛斗の声が聞こえてきた。男子も掃除が終わったらしい。
★
終わりのチャイムがなるまで、もう少し時間がある。という訳で、日陰でのトークに今度は男子も加わった。英玲奈は次に男性陣に夏休みの予定を訊く。
「俺はほぼずっと部活にバイトだぜ。あとは時々デートかな。……俺に惚れてる子猫ちゃん達と」
真っ先にそう答えたのは龍星だ。それに対し、訊いてきたはずの英玲奈は「アンタに訊いてない」とでも言いたげな、冷ややかな視線で彼を一瞥する。菫を含む他の班員も龍星らしいなと思わざるを得ない。
「俺はお盆のあたりに別荘行くぐらいかな」
「「別荘行くぐらい」って!!自慢かよっ!」
「別荘!?凄ーい!!」
「いいじゃ〜ん!どこにあるの〜?」
「流石清宮財閥ね〜!」
寛斗のいかにも富豪らしい発言に、龍星がうんざりした顔になる一方、千穂、英玲奈、菫はすぐに食いついてくる。が、当の寛斗に自慢している様子はなく、淡々と話を続ける。
「いくつかあるけど……今年はたぶん伊豆の方だろな。
……もしよかったら一緒に行く?」
「えええ!?」
まさかの明日遊びに行くようなノリでのお誘いに、寛斗以外の5人は目を丸くして耳を疑う。が、寛斗はどうやら最初から2-3の面々を誘うつもりでいたらしい。
「去年もクラスの皆と別荘行ったんだよ。鍵谷さんと2人で行ってもつまんないし、うちの姉さんも友達と違う別荘行くって言ってるし。後で他の皆にも言うつもりだし、詳しいことはまたLIME送ろかなって」
(そういえば、前に池田君が言ってたわね……クラスの皆で別荘に言ったって)
菫はふとそんな記憶が脳裏に過ぎった。めぐる達も他の予定さえなければ誘いに乗るだろうと菫は思う。菫も彼女らが行くのなら是非……と思っている。
一方、他の班員達の反応はというと……
「えっ、どうしよっかな〜。他に予定なかったら行きたいかも」
「私もお盆の予定次第かな〜。バイト入るかもしれないし」
「俺ももしかしたら子猫ちゃんとデートしてるかもしれねぇし〜」
英玲奈、千穂、龍星はまさか誘われるなんて思わなかったらしく、即断はしなかった。龍星のみ、自慢っぽいのが気に食わなかったのか、ムスッとしながら。
そして聡太郎は丁重にお断りする。
「悪いけど俺は行けないな。お盆は親戚の家で過ごすし、剣道部は盆開けに試合があるから、ダラダラしてられないし」
「そっか、じゃあ仕方ないな。まぁ俺もそれ以外はずっと部活だけど」
聡太郎と寛斗の会話を聞いて、菫はこの2人が大会に出ることを思い出す。先程の壮行会で2人とも前に出ており、寛斗に至ってはキャプテンなので決意表明を語っていたのだ。
「2人とも大会に出るんでしょ?頑張ってね!」
「私達応援してるわ!」
千穂もそれを思い出したのか2人を激励し、菫も両手でガッツポーズを作ってエールを送る。寛斗は笑顔で、聡太郎は照れくさそうな顔だが、両者共に「ありがとう」と礼を言う。が、寛斗はなぜかすぐに苦笑いする。
「……っていっても俺のところは陸上みたいに強豪じゃないからな〜」
「えっ、そうなの?清宮君がキャプテンやってるのに?」
思わず菫がそう訊くと、寛斗は吹き出した。
「いやいや、俺がキャプテンやったぐらいじゃな〜。他にも強い部活なんかいっぱいあるし……」
「うちも似たようなもんだよ……」
笑いながら謙遜する寛斗の横で、聡太郎は遠い目でボソッと呟いた。そこに龍星が口を挟んでくる。
「去年は凄かったもんなー。陸上もだけど水泳部なんか特に……」
「確かに」
「でも……今年は……なぁ」
龍星、聡太郎、寛斗がそう言うので、菫は「ん?」と思った。どうやら去年の水泳部は強かったらしいが、今年はそうでもないのだろうか?
「今年の水泳部はダメそうなの?上原君いるのに?」
「そういう訳じゃないんけど……」
「なぁ……まぁ今のエースはうみんちゅだし、アイツも頑張ってるだろうし……」
思わず菫が訊くと、聡太郎と龍星は意味深にお茶を濁す。そんな2人と違い、寛斗はハッキリとその理由を言う。
「去年の水泳部にはいたんだよ……公ヶ谷のスターがな。俺らより一つ先輩の」
「あぁ、万波先輩でしょ?」
「私も知ってる!確かあの人が水泳部一のエースだったんだよね?」
どうやら英玲奈と千穂もその「スター」のことは知っているらしい。全く違う部活であるうえ、文化部員である千穂までその存在を知っている程なのだから、かなりの有名人であることは間違いなさそうだ。
しかし……皆、過去形で話している。
「……っていうことは、その……まんなみ?って人は今は水泳部にいないってことかしら?」
菫がそう訊くと、寛斗は頷いて言いづらそうに口を開く。
「そう。……というよりも学校辞めたみたい」
「ええっ!?……どうして?そんなスターって言われるほどのエースだったのに!」
「俺はうみんちゅから聞いたんだけど……病気になったらしいぞ。だから泳ぐことができなくなって、学校行くのも嫌になったって……」
聡太郎が横から口を挟んだところ、菫以外の班員も「ええっ!?」「そうだったの!?」と驚く。皆退学したことこそ知っていたものの、その理由までは知らなかったようだ。
「それにしても万波先輩……今どうしてるのかな?」
千穂が心配そうに言ったところ、英玲奈だけ表情を変える。そして4班の皆だけに聞こえるよう、小声で囁く。
「なんか彼氏から聞いただけで、ウワサなんだけどね…………グレたらしいよ、あの人……」
「ええっ!?」
それを聞いた全員が驚愕したところで、チャイムが鳴った。
★
お昼近くになり日差しがどんどん強くなるうえ、蝉の鳴き声も一際大きくなる中、1学期最後のLHRは始まった。一番初めに、杉谷から生徒達へ通知表が渡される。菫の番もあっという間に回ってきた。
「宮西ー」
「はい」
教卓へ向かった菫に、杉谷は一言添えて通知表を渡す。
「この1学期、よく頑張ったな」
(……いやいや、私あなたと同い年なんですけど?)
一瞬だけ複雑な気分になったが、いくら元同級生であってもここでは教師と生徒という関係である。なので菫は「ありがとうございます」と言いながらも、内心渋々と受け取った。
(……杉谷君だってよく頑張ったじゃない)
目の前にいる杉谷に、目でそう言いながら。その後、菫は踵を返して席に戻ろうとしたが……
「……!」
ふと目が合ってしまった。窓際の後ろから2番目の席の、直と。どうやら菫が通知表を受け取って戻るまでの間、ずっと熱っぽい視線を向けていたようだ。菫はどうも気恥ずかしくて、つい目を逸らしてしまう。後で、その直と2人で話す約束があるというのに。
目を逸らした勢いで、菫は俯いたまま通知表を持って自分の席まで戻る。席に着こうとしたところで、菫はギクっとした。すぐ後ろの席のめぐるがニヤニヤしていたからだ。どうやら……気付いているらしい。
「山﨑ー」
「はーい!」
ただ、それからすぐにめぐるは杉谷に呼ばれたため、この時は特に何も聞かれなかった。なので、菫はとりあえずホッとする。
「それでは……皆、くれぐれも節度を持って夏休みを過ごすように!」
「また始業式に元気な顔を見せてくれよ!」
杉谷と栗山がクラス全員にそう言って、1学期最後のLHRを〆る。
「お杉だって〜!」
「なっ……俺はずっと仕事だから……」
最後の最後で真二がまた野次を飛ばし、皆が大爆笑する中、杉谷はもごもごと言い返した。
その後、寛斗は4班の皆に先に話していた別荘行きの件を、改めてクラス全員に伝えた。やはり皆の反応は三者三様で、二つ返事で行く!と言う者もいれば、英玲奈達のように即断しない者、聡太郎のように先約があって断る者だっている。めぐる達はほぼ前者で、真二に至っては「皆行こーぜ!」とノリノリだ。菫もまず葵に相談し、大丈夫そうなら行こうと決めた。
そしてその後……やはりめぐるは菫に訊いてきた。やけに嬉しそうにニヤニヤしながら。
「……ばったんと何かあったの〜?」
★
「……本当に本当に一緒に行ってくれるんですか!?」
目を輝かせながら、直は念には念を入れて菫に訊く。菫はつい笑いながら、そんな彼を安心させる。
「うん。だって約束したじゃない……期末テストで私に勝ったら映画に行くって」
「そ、そうですけど……宮西さんと行けるなんて……夢みたいで……」
直は顔を赤らめてもじもじしながら呟く。
最後のLHRも無事終わり、他の生徒達が帰路についたり部活に向かう中、菫と直は体育館裏にいる。テスト前に交わした、一緒に映画を見るという約束についての話をするために。
「……で、いつ頃行きましょ?」
「み、宮西さんは……いつがいいですか!?」
「私?いつでも大丈夫だし、ばったんに合わせるわよ。ばったんこそ部活あるじゃない」
「え!いいんですか?じゃあ……」
スラックスのポケットからスマホを取り出し、直は急いで予定を確認する。暫くスマホと睨めっこした後、菫に提案する。
「……8月2日とかいかがですか!?」
「ええ、大丈夫よ」
「ありがとうございます!」
相当嬉しいのか、直は満面の笑みを浮かべながら深々と頭を下げる。頭を上げると、直は次にこんなことを訊いてくる。
「で、何の映画を観ましょうか?観たい映画とかあります?」
「…………え?」
とりあえず日程と観る映画が決まったので、菫は直と別れて下駄箱へと向かう。
(ばったん……映画行こうって言ってたけど、特に観たいものがあるわけじゃなかったのね。まぁ私が観たい映画あったからよかったけど……
……それにしても!まさか本当に行くなんて!10個も年下の男の子と行くなんて……
まぁテストで勝てなかった私が悪いんだけど……)
直の前では大人の余裕を見せたものの……後から事の重大さを痛感し、菫は頭の中がパニック状態になる。今まで27年間生きてきて、男と2人で映画を見たことこそあるものの、相手が10歳も年下なんてもちろん初めてのことである。
(ていうかコレ……デート!?……いや、ただ映画見に行くだけよね!?
私青春らしいことはしたいけど、恋愛はちょっと……皆10歳下で年離れすぎだし、他の皆にとってはおばさんだろうし……
……ん!?)
更に頭の中がぐちゃぐちゃになりながら下駄箱に辿り着いた菫は、ふと我に返った。2-3の下駄箱に、ある人物の後ろ姿が見えたからだ。ちょうどスリッパからローファーへと履き替えている後ろ姿に、菫はそっと近付く。
すると、その彼も菫の存在に気付いたようで、足の爪先を地べたにトントン叩きながら菫を一瞥し、「アンタか」とだけ言った。
「な、生田目君……お疲れさま……」
相変わらずの近寄りがたい雰囲気に、菫は恐る恐る挨拶をすると、凜はクスリと笑う。それからグッと少しだけ菫に距離を詰める。
「!!……どうしたの?」
驚く菫に、凜は耳元で囁く。幸い、近くに他の生徒や教師の姿はない。
「それはこっちのセリフだぜ。よく年齢隠したまま1学期ずっとやり過ごせたな。まぁ夏休みも俺以外にバレねぇよう、気を抜かねー方がいいんじゃねーの?」
「……わかってるわよ、そんなこと」
菫は少しだけ凜を睨みながら、そう言い返した。




