38ページ目 菫さんの期末テスト
介護体験が終了した翌日、菫達4班の面々は再び図書室に集まっていた。この介護保育体験の終了後、班ごとにレポートを提出しなくてはならないからだ。レポートに書くことは大まかに二つあり、施設でやってきたことと、その感想である。班長の菫は今、最後に感想を書き綴っており、それさえ終われば4班のレポートは完成する。
“入居者の皆さんは私達のことを歓迎してくださり、とても暖かい交流ができました。中でも私が一番印象に残っているのは、認知症を患われた入居者さんとお話したことです。その方はとても辛い過去を背負われていて……”
やはりスエ子との心の触れ合いについては外せない。ついつい長くなりそうなので、菫は上手く纏められるよう考えながら、したためている。
そんな菫を尻目に、英玲奈と龍星は寛斗を質問攻めにしている。質問の内容は介護体験のことではなく、来週に迫った期末テストの勉強についてだ。残る聡太郎と千穂も教科書や問題集を開いている。
「きよみーが同じ班で超ラッキーなんだけど〜」
「これも教えてくれよ〜」
「てゆーかなんで介護体験終わってすぐテストなの!?勉強してる時間全然ないんですけど〜」
「まぁ他の学年はそうじゃないからな」
猫撫で声を出す英玲奈に、わからない問題を次々と寛斗に聞く龍星、タイトなスケジュールを嘆く千穂と、冷静に勉強を進める聡太郎。こんな班員達に……寛斗は苦言を呈する。
「……なぁ、すー様まだレポート書いてるじゃん。期末の勉強なんか後で……」
「いいのよ、清宮君。長くなりそうだし、待って貰うのも申し訳ないから」
「えっ、でも……」
「大丈夫よ。コレ書いたら私、杉谷先生に提出しとくわね。班長だからそれぐらいやっとくわ」
しかし、菫は全く気にせずに黙々とレポートを書き続けている。そう言われてしまっては、寛斗もこれ以上何も言えず渋々この状況を受け入れざるを得ない。尤も、菫も勉強を進めないと……と少しは焦っているのだが。
菫が一生懸命考えてレポートを書く一方、寛斗から勉強を教えてもらった龍星は、ひとまず礼を言ってからため息をつく。いかにも嫌そうかつ面倒くさそうに。
「はぁ……全く冗談じゃねーよっ!こっちは介護体験もあって忙しいのに範囲はクッソ広いしよー。相変わらず30点取れなきゃ追試だし、それにアレもあるんだから……」
「あー……」
「だから期末は中間よりも頑張らないとね〜」
愚痴る龍星に対し、千穂はともかく普段はツッコミを入れたり非難したりする英玲奈までが珍しく同調する。聡太郎も無言で数回頷く。一方、学年2位の寛斗は「ちゃんと勉強してりゃ大丈夫だよ」と言ってのける。
「……?「アレ」って……?」
新参者の菫だけ何のことかわからず、思わず首を傾げる。まさか……追試以外にも何かペナルティがあるのかしら?と、まず嫌な予感が頭をよぎる。
「すー様、アレっていうのは……」
頭に疑問符が浮かんでいる菫に気付き、寛斗が説明しようとしたところで、ガラリと図書室のドアが開く。
「……あれ〜!?すー様達もここでレポート書いてんの??」
「奇遇ですね〜!」
真っ先に図書室へ入ってきたのは、めぐる。そして彼女に続いて直と、他の2-3のクラスメイト達も数人入ってくる。それから雅哉、莉麻、知輝、萌と続き、彼らはめぐると同じ5班の面々である。挨拶を交わした5班の班員達の表情は三者三様で、めぐる、雅哉、莉麻は普段と変わらず。直はどこか嬉しそうにニヤけており、それとは対照的に知輝と萌の表情だけはどこか重苦しい。
「あれ?もしかして5班もレポートしに?」
「そーそー!考えることは同じだね!」
「やっぱり図書室は静かですからね〜」
「4班はレポート終わったの?」
「菫が書いてくれたら終わる〜」
「うちももうちょっとで終わるよ」
めぐる達5班の面々は寛斗や英玲奈と話しながら、隣の机に座る。その間も……知輝と萌は浮かない顔のまま。それを見た寛斗は思い出したように、「アレ」について説明する。
「あっ、そうだ、すー様。「アレ」なんだけど……」
「あっ……何かしら?」
「30点未満なら追試なのは中間と同じなんだけど……
追試でも30点取れなかったら……補習があるんだよ」
「夏休み毎日ずっと、朝から晩までな!」
「えええーー!!」
★
これには流石に菫も驚いた。高校の夏休みなんて誰もが海やプールに行ったり、友達と遊んだりデートしたりと青春を味わっているはずだ。なのに補習で潰れてしまうなんて、確かに誰でも嫌がるだろう。菫だって当然嫌だ。制服の規則が緩い分なのか、そういうところは厳しいと感じざるを得ない。
それを告げた寛斗とめぐるも浮かない顔をしている。寛斗が補習を受けることは流石にないだろうが。
「あららら……でも30点ぐらいなら流石に大丈夫じゃ……」
そう鷹を括る菫に……ギロリと冷たい視線をぶつける者が、約2名。知輝と萌だ。菫は思わずビクッと恐れをなしてしまう。
「すー様……そんな簡単に言わないで!!私やホリトモにとっての30点は重いんだから!」
「おい今川!俺を巻き込むなって!」
萌に勝手に同類扱いされ文句を言う知輝だが、めぐるは呆れ顔でツッコミを入れる。
「ホリトモだってそーでしょ!バ神7なんだから!!」
「バ……バ神7!?」
あまりにも久しぶりに聞いた言葉に、菫は一瞬懐かしく思ったのち思わず吹き出した。ただの神7でなく「バ」の一文字がひっついていたからだ。
このめぐるの「バ神7」発言に、莉麻と英玲奈もクスクス笑い、龍星は「言われてるぞ〜」と言わんばかりにニヤニヤしながら知輝を見る。一方、知輝は黙り込み、萌は机に突っ伏してため息をつく。
「あ、前の中間テストの追試組なの。ちょうど7人いたから、バ神7ってね!」
「バ神7って……(笑)だいたい「神7」自体よく覚えてたね、めめちゃん。確か「アガベ48」だったよね?10年前ぐらいに流行ってた」
「そうそう「アガベ48」ですよ!確か僕らが小学校低学年の時に全盛期でしたよ」
「バ神7」について説明するめぐると莉麻のやり取りと、直がアガベ48について言うのを聞いて……菫は思わずレポートを書く手を止めた。
(じゅっ!?……10年前ぇ!?
アガベ48が流行ってたのって……もうそんな昔になるの!?)
よくよく考えると……確かにアガベ48なるアイドルグループがブレイクしていたのは、菫が一度目の高校生活を送っている時だった。時の流れの早さをつくづく痛感させられる菫を尻目に、寛斗は他のバ神7の面々のことも案じている。
「他の追試組も大丈夫なのか〜?ナラッチにさっきーに、うみんちゅに田宮さんに……」
「……その面子がバ神7ってことね」
「あと矢澤も追試組だったよな?そもそも遅刻してきたんだし」
どうやら寛斗と聡太郎によると、先述の5名に知輝と萌を加えて「バ神7」ということらしい。
「まぁザワは下手したら毎日補習でもいいって言いそーじゃね?」
「確かにな……」
龍星が笑いながら幸輔について推測すると、寛斗もも同意する。そもそも幸輔は前回大遅刻し、1教科丸々受けていないという有様だ。
「てか山﨑もギリギリ追試にならな……」
「ホリトモなんか言った?」
「……言ってねぇよ」
最後に悪あがきしようとするも、めぐるに睨みつけられたので、知輝は黙って5班のレポートに取り掛かった。
一方、そのバ神7の面々もとっくにテスト対策を始めていた。自習室では、大きな机に現代文の教科書やらノートが広げられ、真二と日向がそこに向かっている。
「えーっと、「今度の土曜は山に行き自然をマンキツする」……いやいや、んなもん山の中にねーだろ」
「つーか山の中で漫画なんか読むんじゃないさー。せっかく山にいるんならもっと自然を使って遊べー」
問題文にツッコミを入れる真二に、日向も意見する。そんな2人に、目の前にいる人物は心底呆れた顔になり、冷たい視線で彼らを一瞥する。
「……言っとくけど「マンキツ」って漫画喫茶のことじゃねーぞ。十分に楽しむって意味な」
「そうなんさー!」
「さっすがナバちゃん!……で、どう書くんだ?」
「マンキツ」の意味を教えてもらい、日向と真二は目を輝かせる。
が……それとは裏腹に、凜はイラっとし握り拳で机をドンと叩く。当然、2人は顔を青くしてビビる。
「あのな……聞く前に少しは考えろ!つーか、さっきからダラダラと問題文に茶々入れてんじゃねーよ。やる気ねぇんなら帰るわ」
「わ、わりい!これから真面目にやるから帰らないでくれー!」
「俺らやる気満々さぁー!」
2人は平謝りする。ちょうど今、真二と日向は凜を捕まえて頼み込み、勉強を教えて貰っているのだ。何とか凜を引き留めて「マンキツ」の漢字を正しく書いてから次の問題へと進む。
「えーっと、「志望校へ合格するように、神社でごキトウしてもらった」…………き、キトウ!?」
次の問題文を読んだ後で、どういう訳か真二は顔を赤らめた。日向も同様に。
「キトウ……と言ったら…………アレさー?」
「じゃ、亀に……」
「やっぱ俺帰るわ」
再び凜に帰られそうになり、真二と日向が必死に止めるところで……
「やぁ、久しぶりだね。君達も勉強中なのか?」
あの自信たっぷりな巨漢が久しぶりに声をかけてきた。
★
その人物に……真二は真っ先に反応する。
「あっ、1組のライオン寺じゃねーか!今度は何だよ?」
「西園寺だよバカ!!」
尤も3組の間では「ライオン寺」で通っているが、間違っているので丈一郎は当然怒って言い返す。
「なんで君達がこんなとこで勉強してんだよ!さっきからうるさくて集中できないと思ったら……」
「じゃあお前が出ていきゃいいだろ」
しっしっと追い払うジェスチャーをしながら凜に言い返され、丈一郎はあからさまにカッとなる。
「何で俺が出て行くんだよ!うるさくした方が出ていくべきじゃないか!」
「お前だって十分うるせーよ!てか邪魔すんな!」
「何だとぉ!?」
真二も丈一郎に食ってかかったところで、本当にうるさくなってきたからか、他の生徒達が不快そうに彼らを睨みつける。それに混じって凜も苦々しい表情で人差し指を口に当てる。なので、言い争っていた真二と丈一郎はハッとし、何か言おうとした日向もグッと堪える。先に絡んできた丈一郎も冷静になり、コホンと咳払いをした。
「まぁそれはそうと……生田目、「アレ」は読んでくれたか?」
「……何だよアレって。ハッキリ言えよ」
「アレ」が何なのか全く理解していない凜に、丈一郎は再びムッとしながらも話を続ける。
「……決闘状だよ決闘状!先週お前の下駄箱に入れたんだよ!」
「下駄箱に入れたのかよ……。下駄箱なら昨日掃除したし手紙なんか全部捨てたぜ。いっぱい溜まってたから」
「…………ケッ、モテ自慢かよ」
更に不快な表情を見せた後、丈一郎は凜に高らかと宣言する。
「まぁそれは置いといて、今度の期末で……俺と勝負しろ!」
「はぁ?」
丈一郎が宣戦布告するも……凜は怪訝そうな顔で彼を睨み返すだけだ。真二と日向も、訳がわからないとでも言いたげにしている。黙っていても埒が明かないので、凜はその「勝負」について仕方なく訊く。
「勝負って……良い順位だった方が勝ちってことか?」
「当たり前だろ」
「……全教科?」
「全教科に決まってんじゃん。どれもお前に勝てる自信ぐらいあるよ」
「……それなら勝手に勝負してろよ。別にわざわざ俺にふっかけなくてもいいじゃねーか。順位なんかテストが終わればわかるんだし」
「……!!」
挑発するつもりが逆に一泡吹かされ、丈一郎は顔を真っ赤にした。それどころか頭か湯気が出そうなほど怒りを露わにしている。そんな丈一郎に凜はとどめを刺す。
「まぁ本当に俺に勝ちてえんなら、俺らに構ってないで必死に勉強したらどーだ?時間の無駄だしよ。
おい、場所変えよーぜ。お前らだって集中できねーだろ?」
「おう」
「どこ行くさー?」
言い返したくても言葉が思い浮かばずワナワナと震える丈一郎を尻目に、凜達3人は机に広げていた教科書などを片付けた。
その頃、同じくバ神7に含まれる沙希と来美は2-3の教室にいる。真二や日向と同じように勉強を教えてもらうために。彼女らに教えているのはつばさで、教科は公共だ。
「えっ……社会主義の国っていろいろ政府に制限されてるってこと?大変そう……」
「嫌だわ〜!お金ぐらい好きなだけ稼ぎたいじゃ〜ん」
「だから日本は格差ができやすいんだよ。どうしても働いた分だけ稼げるようになってるし。金持ちと貧乏にね……」
彼女達3人は社会主義について勉強しており、机に広げられた教科書を見ながら来美と沙希が嫌そうに言う。前にいるつばさは遠い目で格差について語る。その後で、つばさは視線を来美へと移す。
「それにしても……田宮が追試組なのちょっと意外だなー。そんなに頭悪そうに見えないし」
「え!?……そう?」
「……つーさん、私は?」
「野村は……まぁ想定内かな」
「想定内って!つーさんひでぇ!」
不服そうにぶー垂れる沙希に、来美とつばさはクスリと笑う。とはいえ、来美のバ神7入りは沙希も予想外だったようだ。
「……でも確かにくるりんはそういうイメージないな、私と違ってさ。前一緒に追試受ける時、くるりんもいてびっくりしたもん」
まさかの沙希にもそんなことを言われ、来美は「ええっ!?」とわかりやすく驚く。
「わ、私そんなに頭良くないよ。それに……」
来美は恥ずかしそうに赤面して俯き、おずおずと口を開いた。
「私…………テストの解答欄が一つずつズレてたの。……途中から」
★
漸く介護体験のレポートを仕上げ、菫は杉谷に提出するため一旦図書室を後にした。また同じくレポートを進めていた5班も完成したらしく、こちらは班長のめぐるではなく直が提出を買って出た。
なので、菫は直と共に職員室へ向かう。他の4、5班の面々は図書室に残ってテスト勉強に勤しんでいる。特にバ神7の知輝と萌は学年2位の寛斗にみっちり教えてもらっている。
「あっそうだ、ばったん。この間はありがとう」
「えっ?何がですか?」
「私ばったんに聞いたじゃない。カラオケ大会で何歌うか」
「あっ……いえいえとんでもないことです」
礼を言われ照れ臭そうにする直に、菫は神妙な面持ちで話を続ける。
「実は……カラオケ大会の日に亡くなった方がいてね……」
「えっ……!」
菫はあのカラオケ大会当日の顛末を、直に包み隠さず話した。当日の朝に亡くなったスエ子のこと、戦争で早生した姉のスミ子のこと、そしてスミ子とスエ子がいるはずの空に届くように歌ったこと。
重い話だが、直は菫の話を真剣な様子で聞いてくれていた。
「きっと……スエ子さんとスミ子さんの元に届いていますよ、宮西さんと阪口さんの歌」
「……そうよね」
しんみりした空気になるが、直はすぐにその空気を変える。
「あ〜、僕も宮西さんの歌聞きたかったですよ〜。宮西さん絶対歌うまそうですし!」
「えっ!……恥ずかしいから……」
「なんで人前で歌ったのに僕の前だと恥ずかしいんですか?」
「……あはははっ!」
不服そうにする直に、菫は思わず吹き出した。そこまで期待されると、どうしても照れくさかったからなのだが。
こうして歩きながら話し込んでいる間に、いつの間にか2人は職員室の近くまで来ていた。そこには他の生徒や教師の姿はなく、今いるのは直と菫だけだ。未だに笑っている菫に、直はふいに立ち止まり別の話を切り出す。
「……ねぇ、宮西さん」
「ん?」
直よりも少し先に進んだところで、菫も立ち止まる。何の話かと思い、不思議そうな顔で直を見ると……彼はカラオケ大会の話をしていた時と同じく真剣な表情を浮かべている。
(ど……どうしたのよ、ばったん……)
少し驚いた菫が頭の中でそう言うと同時に、直は重い口を開いた。
「み、宮西さん、よかったら……
ぼ……僕と一緒に映画でも行きませんか!?
……な、夏休みに……」
その後も2年3組の面々は期末テストに向けて勉強を頑張っていた。特にバ神7の面々は率先して凜など成績優秀な生徒や教師に聞きに行ったりと、いつになく一生懸命やっている。何としてでも追試及び夏休み中の補習を免れるために。
そして前回の中間テストで全くと言っていいほど頼りにされなかった杉谷にも、今回は多くの生徒が集まってきた。
「なぁお杉、英語教えてくれよ〜」
「英語得意な子皆大人気なんだよな〜」
この休憩時間にも、龍星と貴大が教えを乞いに来た。あだ名で呼ぶのとタメ口だけは相変わらずだが。彼らの言う通り、凜や寛斗はもちろん莉麻や彩矢音など英語の成績が良い生徒も、教科書を持った他のクラスメイト達に囲まれている。
「仕方ねぇな〜、テスト問題以外ならこの俺が教えてやるぞ」
杉谷は得意気な顔で2人に言う。一方、菫はめぐる達と共に寛斗に教えて貰いながら、そんな杉谷をチラリと見る。
(あーあ、なんか嬉しそうね杉谷君。調子に乗ってテスト問題まで教えてなきゃいいんだけど。
……あれ?)
菫がそんなことを考えていると、珍しくあの生徒も杉谷の元へやってくる。貴大、龍星と同様に教科書を持って。
(……矢澤君まで聞きに行ってるじゃない。どういう風の吹き回しよ……)
よくよく思い出してみると、最近の幸輔は授業中に居眠りや早弁をめっきりしていない。いくら勉強にもテストにもやる気のない幸輔でも、夏休みの朝から晩まで毎日補習は嫌なのだろうか。
そんな中……直だけは唯一、一人で机に向かって黙々と勉強を進めている。その表情は、バ神7達と同じぐらい真剣だ。
(ばったんも熱心にやってるわね……これはうかうかしてられないわね)
普段以上にやる気を出している直を横目でチラリと見た後、菫はすぐに教科書に視線を戻した。
★
それから約1週間後……とうとう期末テスト1日目はやってきた。今回も中間テストと同様3日間で、1日目は数学II・公共・生物・保健体育、2日目は地理・英語・家庭科、3日目は古典・数学B・現代文が実施される。中間テストと違って保健体育と家庭科が加わっている。
(あー……初っ端から数学なんて余計憂鬱になるわね……。まぁ他の教科でも憂鬱なんだけど……)
朝のSHRが終わり、トップバッターの数学IIが始まるまであと10分。例によって3組の教室内ではテスト期間特有の緊張感が漂い、どの生徒も数学IIの教科書を開けている。もちろん、菫も教科書を見ながら浮かない顔をしている。
ただ、前の中間テストと違うことが一つだけある。それは……幸輔が遅刻せずにちゃんと教室にいることだ。
「珍しいじゃねーか!ザワが最初からいんの」
「前大遅刻してたもんな〜。ったく、合コンじゃねーんだから」
他の生徒と同様、教科書と睨めっこしている幸輔に、一馬と龍星が早速絡んでくる。
「……今日は時間通りに起きれただけだぜ。それにめんどくせーんだよ、追試が」
「な……なんだよ、追試の方が集中できるって言ってたじゃん!」
「やってみたら案外そうでもねーんだよ。わりいけど集中できねーからあっち行け」
幸輔はウザそうに2人を追い払った。やはり追試と補習が嫌で頑張っているのだろうか……と菫は思う。
(まぁそりゃ夏休みずっと毎日補習なんて言われたら……頑張るしかないわよね。
……私も頑張んなきゃ!)
菫も改めて気合いを入れた時だった。少しだけ開いた廊下側の窓から、鋭い視線が3組の皆へと刺さる。それに気付いた一部の生徒達がビクッとすると、その人物はササっと逃げて行った。
「な、何だよ……」
「どーせライオン寺じゃね?あの彫りの深い目は……」
悠太と恭平が視線を送った人物について推測すると、凜が横から口を挟む。
「たぶん合ってるぜ。ライオン寺の奴、俺と勝負するつもりらしいから」
「ええ〜」
「無理ゲーだろ、万年学年1位のナバちゃんに勝つなんて」
相変わらず並々ならぬ自信を見せる丈一郎に悠太と恭平がドン引きする中、めぐると寛斗も呆れた様子でため息をつく。
「なんでいつもこうライバル視してくるんだろーな……」
「よっぽど凜に勝てる自信があるんだろ。あっちもあっちで勉強頑張ってるんだろうし」
その一方で、バ神7である真二と沙希は丈一郎には目もくれず、教科書をガン見している。真二に至っては「しーっ」のポーズをしており、こんな彼はかなりレアだ。
「ライオン寺のことなんか放っとけよ〜。そんなことより集中できねーから静かにしてくれ!」
あっという間に期末テストの3日間は過ぎ去り、テストが終わればすぐに採点され返ってくる。また、全ての教科の解答用紙が返却された後で、学年順位が記載されたテストの成績個票も渡される。
(あ〜……どうなのかしら!……ぶっちゃけ今回全然自信ないのよね……どの教科も難しかったんだから……)
中間テストの時以上に、菫はドキドキが止まらない。ただ、それはテストが難しかったからというだけではない。
(それに……今回は勝たないと……)
今回も菫は一旦深呼吸し、ゆっくりゆっくりと開く。
「………………」
クラス順位 17/34
学年順位 80/183
この順位を見た瞬間……菫は絶句した。前の中間テストよりも少し順位を落としたからだ。特に元々苦手な数学はいずれも平均点を下回り、生物や英語も平均点ギリギリ……という出来であった。
尤も、今回は直近に介護研修があり、レポートに時間を取られ勉強時間は前よりも不足していた。もちろん夜遅くまで勉強はしていたものの……年齢のせいかすぐに瞼が重くなる。夜職時代と違って接客しているわけでもないので、寝落ちしてしまうこともしばしばだった。
ただし、流石にどの教科も30点は上回り、追試の対象にはならなかったが。追試を免れたことには安堵する菫だったが……別のことで菫はやきもきしている。恐る恐る、菫はある生徒の様子を一瞥する。
「いや〜、僕中間よりも上がっちゃいましたよ!」
「ばったん猛勉強してたもんな〜」
「てっきり俺と勝負してるのかと……」
直、佳之、慶吾の会話に聞き耳を立て、菫は嫌な予感がした。それから暫くして……菫のスマホのバイブが鳴った。思わず取り出して見てみると……直からLINEが来ていて菫はギョッとする。震える手でメッセージを見てみると……。
“宮西さん!
……何位でしたか?
僕は……15位でしたよ!宮西さんと映画行くために頑張っちゃいました!”
★
それに対し、前回バ神7になってしまった面々はというと――
「……やったぜ!」
「追試行かなくていいさー!」
「いや〜!よく頑張ったぜ私!!」
真二、日向、沙希は早速歓喜し大はしゃぎしている。来美は安堵した様子で、萌も満足そうに成績個票を眺めている。
「よかった……今回はずれてなくて」
「やっぱ一夜漬けした甲斐があったね!いつも遅くまでゲームして鍛えてるし〜」
「いやいや一夜漬けかよ!よく寝坊しなかったじゃん」
萌のまさかの勉強法に彩矢音がツッコミを入れる。その横で、知輝は苦笑いしている。
「あはは……」
「……どうしたんだよホリトモ。まさかお前……追試確定か?」
龍星が訊いたところ……知輝は苦笑いから一転し、ニヤリと笑いながら首を横に振った。
「ちげーよ!一番わりいやつで32点だったし。
ただ……うちのクラスで最下位俺なんだよな〜」
そして残る幸輔も、順位こそ知輝に次ぐブービーであったが追試は免れ、人知れずニヤリと笑っていた。
努力の甲斐あって、前回追試を受けたバ神7全員が追試を回避しただけでなく……今回2-3で30点未満を取った者、すなわち追試を受けることになった者は誰一人いなかった。この結果には担任の杉谷もニッコリし、大満足したのは言うまでもない。自分のクラスの生徒は皆やればできる、と。
時を同じくして1組では、中間テストに続いて丈一郎が再び鬼の形相で成績個票を眺めていた。彼が何回それを見ても、書いてある学年順位は4/183のまま。
(…………よ、4位だと!?前回3位だったこの俺がぁ!?!?)
そんな丈一郎の只ならぬ雰囲気に、早くも1組のクラスメイトの大半が恐れていたり恐怖を感じている。ただそれに気づいていない生徒もいて、彼らは風の便りで聞いた噂話をしている。
「やっぱり今回も1位は3組の生田目らしいぜー。で、2位が清宮、3位が杉浦だってよ」
「マジかー!全員3組じゃん!」
その男子達がそこまで言ったところで、丈一郎はドン!と音を立てて握り拳を机にぶつけた。噂話をしていた男子達がビックリする中、今度は別の女子達がまた別の噂話を始める。
「そういえば3組、今回追試0人らしいよー!凄くない?」
「ねー。ウチは……何人かいたよね?」
「………………」
更にイラついた丈一郎は歯を食いしばり、あろうことか成績個票を口に咥え……ギリギリと噛み締めた。
(……おいおい何やってんだよライオン寺……)
「あっ、堀くぅ〜ん」
廊下から1組の教室内がチラリと見え、通りかかった知輝は丈一郎の様子を冷ややかな視線で眺めていた。ちょうどその時、思いを寄せられている風子から黄色い声で呼ばれ、知輝は聞こえないふりをして素早くその場を去っていった。




