第194話
年が明けてからだが、正直、学校が楽しくない。
だが親がいない自分を引き取って育ててくれた花予に迷惑をかけたくないので、毎日学校には行くし勉強もする。授業もサボらない。
だが正直、気が乗らない。まるで自分だけを取り残してただ流れるこの日常の虚しさ。なんだろう。やっていく意味を見いだせずにいる。
――野崎が生きてれば今頃……
もしかしたら一緒になって、謎の転校生である彼女を、黒條零を遠くから様子を伺っていたかもしれない。気になった相手には遠慮せず声をかける奴だった。
給食の時間。彼女はミーハーな連中に囲まれていて、質問されることにどんどん答えていた。自分の机に置かれた飯を放ったらかして近づいてる奴もいる、早く食えよ。
「ごめん、食事が進まないから食べさせて」
それで周りが盛り上がって大声で笑っていても表情が無表情。彼女の本心は何なのだろうか。
大丈夫だろうか。疲れた様子を見せてはいないが。会話の様子を見ると、どうやら一緒に大声で笑ったりするキャラではないようだ。その後は自然に散っていって給食のパンをちゃんと食べれていた。
午後の英語の授業の際、後ろに座る彼女の様子を一瞬だけ見た。当然、授業は真面目に受けている。姿勢も崩れていない。教科書もちゃんと開いている。
彼女の白い左手には水色のシャーペンが握られていた。ん?
――珍しい、左利きか。
左利きというのは頭が良いらしいが、もはや完全に優等生の属性モリモリだ。
先生に指されて読み上げる英語の発音も、国語と同じで緊張感がなく抑揚がありとても上手い。転校前は塾か予備校にでも通っていたのか? それぐらい慣れている。
放課後。結局今日はずっと彼女を観察していた気がした。とっとと帰ろう。
ランドセルを担ぎ、足早に玄関の上履き入れが並ぶ場所に行き、靴を履いて出口の方向へ行く。そんな時だった。
「……なんだよお前」
放課後になった途端にいつの間にか姿を消していた銀髪隻眼の彼女が立っていた。その視線はこちらをじっーと見ていた。
それはまるでこちらを待っていたかのようだった。彼女はそっと口を開く。
「あのさ、一緒に帰ろう」
「はぁ?」
思わずキョトンとした。なんでいきなりこうなるのか。分からなかった。ずっと遠くから傍観していたこちらに対してだ。気づいていたのか?
「一緒に帰るならアタシなんかより、休み時間とかに仲良くしてた奴らと帰ればいいだろう?」
そう言いながら彼女の横を通り過ぎ、やがて校門を出て、家のある方向に歩を進める。のだが、暫くして後ろからついてくる気配に対して振り向いた。
「……なんでついてくるんだよ」
彼女はこちらの後を追いかけて歩いて来ていた。
「私の家も同じ方角だから」
だからか。あっさりと納得がいった。
「帰り道が一緒だからこうして声をかけたってわけか」
彼女はそっと頷いた。
「今朝、浮かない顔して学校に向かうあなたを遠くから偶然見かけた。距離的にあの学校の生徒と推測していたら、あなたが私の転入先のクラスにいた」
「マジかよ」
あまりに偶然すぎる。彼女の姿を見たのは朝のホームルームが初めてだった。正直、見覚えもない。
「そんなに暗かったか? アタシ」
全然そんな表情をして歩いていることに気づかなかった。明るい春の空気に憂鬱としてはいたが。彼女はそっと頷き、
「何か内側で闇を抱えていて、心ここにあらずという感じだった」
油断ならない奴だ。いつの間にか遠くから見られていたのかもしれない。
「あなたも一人だと思うから言うけど」
彼女は話を戻す。
「一緒に帰らない? 私は一緒に帰りたい。あなたしかいない」
切実な眼差しが向けられた。いくら落ち着いていてミーハーとも上手く話せて、クールに勉強ができても、きっと転校してきたばかりで不安も多いに違いない。転校生はヨイショされがちだが、必ずしもそれが当人から喜ばれるわけじゃない。
転校してきて最初に見かけて、同性のそいつが同じクラスで、自分の家が近いから頼れると思って、声をかけたのだろう。
友達が欲しい。
たとえ転校してきた直後から囲まれて人気を集めても、彼女からすればそれは違うのかもしれない。
あれで友達と思えるならばこうして絡んで来なかったこちらを待ち伏せてまで声はかけないわけで。だから。
「そういうことならいいぜ。不安なら来いよ」
そこに悪意はない。彼女も孤独だからだろう。それに一人というのを見抜かれてしまった。そうだ、野崎を失ってからずっと────。
「ありがとう────初月」
微かに口角を上げたそれは、彼女が初めて見せた笑顔だった。それまでの囲ってくるミーハー相手には見せなかった感情。
本当に嬉しいんだと、この時はそう思った。
読んで頂きありがとうございました!
零は諒花のことは現在は「諒花」と名前呼びですが、最初は「初月」と苗字呼びでした。
4年前なので諒花と零は小学四年生、10歳。
他のキャラ達は4年前何をしていたのかを当時の年齢(数え年)とともに紹介。第三弾です。
今回は紫水以外の滝沢家の4年前。翡翠と石動とマンティス(4年後は25歳)がいずれも同い年、シンドロームは前回公開の樫木と同い年です。
滝沢翡翠(21歳) 滝沢家の当主。秋葉原の閉店したレトロディアの商品を店長から引き継ぐ形で全購入。妹のメディカルチェック不合格の件で組織で独自に調査開始
石動千破矢(21歳)翡翠の執事として仕えている。忠節を誓う主とともに若くして青山裏社会を掌握する滝沢家として君臨
シンドローム(19歳) サラリーマン。趣味のラッパーやカラオケは上手いが周囲からは浮世離れしていた。音の能力を持つのもあり表社会に疎外感を抱く
マンティス勝(21歳) 当時はサイザーと名乗っていた。大学に通いながら配達のバイト。蟷螂人間として実力もそれなり
※シンドロームとマンティス勝のハーモニー・インセクターズ結成は2年後、滝沢家加入はその翌年の2023年




