第191話
迫り来る渋谷からの軍勢はどんどん恵比寿を飲み込んでいく。
彼らは表面的には越田組なのだが、その正体はカトルズ(中郷)によって動かされている私兵である。
フォルテシア、石動、蔭山、シーザーを乗せたスカールの運転する車は、そんな敵で埋め尽くされゆく異様な光景が広がる恵比寿を飛び出し、ただひたすら青山一丁目にある滝沢邸を目指してアスファルトを走っていく――――
そこから少し時を遡り、南青山で化蛸のダーガンを倒した人狼少女、初月諒花も翡翠に連れられ、車で一足先に滝沢邸へ戻っていた。
だがその顔に明るさはない。一人うなだれるのみであった。
「……じゃあ、さっき言った通り、ちょっと一人にしてくれ」
車で滝沢邸に戻ってきた直後、翡翠やハインとは別にそれだけ言って、滝沢邸の庭である森をただただ、茫然とさまよい歩く。
この後花予に会って、南青山で何があったのか。それを自分から話す気にはなれなかった。翡翠の手助けもあり、何とか化蛸を倒したのだが、本題はその先である。
まさか、こんなにも早く戻ってくることになるとは思わなかった。次にここへ帰ってきた時は零を連れ戻して、一緒に屋敷に続く森林を歩いてそれで……
全て終わった後に一緒に戻ってこれると思っていたのに。まさかこんなことになるなんて────。
そもそも、何も知らなかった。これまで歩いてきた実は裏で仕組まれていた道と同じだ。一見すると普通の道だが、そこには予想できない罠が施されていた。
目の前に敵はいるけれども、実際はその裏の向こうに大きな秘密があった。今はその繰り返しの中にいる。
零に化けたあの変態蛸野郎に電話で釣り出されて、南青山へ移動する前に翡翠が電話してきたが、今になって思えば、あの時引き返すという道もあった。
そうすれば罠自体は回避できた。もし引き返して他に良い道があるならばそうしていただろう。だが他に道がなく、翡翠のとっさの提案でそれをこの目で確かめる他なかった。
それは今現在起こってることの前振りであり、あの蛸野郎を倒すことはできても本人がこぼしていたように、もはやそれも込みで向こうの計画通りに運んでいたとしか言えない。
車で翡翠、ハインとともに南青山からここまで来た道を車で戻ってきて、森が生い茂る滝沢邸の門前で車が止まると翡翠は足早に屋敷へと急いで向かっていった。
ハインも捕縛した化蛸のダーガンを連行しながら同じ方角に連れて行く。二人には事前に車の中でこう伝えておいた。
「悪い。屋敷に着いたらさ、一人にさせてくれ」
今回のこの抗争はこちらのデータを取るための実験であった。もはや最初から全て仕組まれていた。
同時に零の居場所も分かった。だが、再会はできても彼女の口からはそれを喜ぶものではなく、直接こちらにある残酷な要求を突きつけるものであった。
「考える時間も必要でしょうね。これは諒花さん一人で全て解決できる問題ではありませんから」
翡翠。その通りだ、これは自分一人では到底無理だ。
「電話で可能な限り人を集めてみます。話し合う必要があります。落ち着いたら屋敷に来て下さい、諒花さん。ただし屋敷から外に出ては絶対にダメですよ」
翡翠はそう優しく言ってくれた。だが花予に事情を説明することについては、
「私が代弁するのではなく、諒花さんが説明するのが良いでしょう。あなたが向き合わないといけないことですから」
試練を与えられた。それは決してイジワルではない。自分の口からハッキリと事実を言えるぐらいにならなければこの先厳しいからだろう。
一人、静かな滝沢邸の森をゆっくりと歩く。小鳥のさえずりが聞こえる。秋のそよ風が吹いて草木が揺れる。長い黒髪と頬が撫でられる。少しだけ穏やかになる。
「零…………」
あの変態蛸野郎が教えた11ケタの番号にかけると本物の零と電話が繋がった。
一週間ぶりにようやく会えた彼女から放たれた言葉の数々を思い返すとそれらが胸に突き刺さる――――。
『諒花。私は渋谷フェイトガーデンビルの屋上にいる』
「……! 零、そこにいるのか」
そのビルは初めて聞く名前であった。ただ名前に渋谷とあることから、渋谷のどこかにあるのだろう。
『もうじき、渋谷で始まる。諒花のフェイズ2の最終実験が――』
やはり渋谷にそのビルはあるのだろう。また、あの蛸が言っていた実験の話そのもの。今ならばその言葉の意味が分かる。中郷による、こちらをモルモットとして扱った実験であるということが。
なぜ零が待っている場所がそこなのか、なぜこのような実験をするのか。
色々訊きたかったが、そこに零がいるということだけで頭がいっぱいになった。長かった一週間にようやく終わりが見えた。
『そこで、私はあなたにこれまでの全てを話す。その後は――――』
その言葉に胸の鼓動が早くなり、そこから一気に叩きつけられることになる。奈落に落とされたように。
『――――諒花。私と戦って』
「…………え」
どう反応したら良いか分からなくなった。ただ決意を込めたその言葉に混乱するばかり。
『あなたは私と戦わなければならない。私もあなたを倒さなければならない。あなたの知っている私は全てこの時のためのものだったの』
『逃げようなんて思わないで。私はそこでずっとあなたを待っている。あなたが逃げ出せば、この渋谷の街は連休明けと同時に破壊されると思って』
『破壊……!? ち、ちょっと待てよ!! どういうことだよ!?』
その呼びかけに応じることなく、零は続ける。
『渋谷には既に7つの爆弾が仕掛けられている。それらが爆発して渋谷は駅周辺も含めて壊滅的被害を受ける。表向きには渋谷に現れた犯罪組織によるテロ事件として処理される』
渋谷に現れた犯罪組織というと、既にこの渋谷ではワイルドコブラ幹部の蜂野郎、蠍野郎、ニワトリ野郎と戦っている。それはその通りにされても何ら不思議ではないことであった。
『そんな、やめろよ零!! 中郷の言いなりなんかに――――』
『もう言わないで!!!!!』
腹の底から思い切り出しただろう、普段の落ち着いた零からは想像できない、かつてない悲痛な声が刺さる。
『諒花が逃げられないようにこの街は人質にとられている。街はとっくにあなたを仕留めようとする敵で溢れている』
『あなたは私と戦わないといけない。私にも戦わなければならない理由があるから……そのためにあなたとずっと過ごしてきたから』
「そんな……」
淡々とフェイズ2の最終実験の真実を突きつける零。だがその声音にはどこか複雑な思いが含まれているようであった。
『タイムリミットは明日まで。諒花一人で来て。ずっと、待っているから』
プツン。
そうして通話は終わった。
「諒花さん、ここは一度、滝沢邸に戻りましょう」
その直後、気遣うように温かい手がそっと左肩に乗った。そっと肩に手を置いたのはその様子を見守っていた青山の女王だったのだ。
「翡翠……」
「私も聞こえたわ。渋谷は中郷による盛大なショウの舞台になったというわけね」
ハインの言う通り、これはまさに渋谷を使った中郷のエゴによる一大実験であり、街の命運をかけた最後の戦い。
「で、あなたは何か知らないの?」
取り押さえたダーガンにハインの視線が向けられる。
「シュウシュウ……おれは何も知らねぇよ……おれはもう用済み。おれがこうなるのを見越して仕組んだんだろう……中郷は……」
仮にこの蛸野郎に負けていた場合。これまでずっと暮らしてきた渋谷の街が何もできずに破壊されるだけでなく、この蛸の猛攻を許し、もっと最悪の結末になっていただろう。
その後、零が話したことを、通話中に聞く耳を立てていた翡翠とハインに改めて車の中で共有した。
明日の文化の日が終わるとともに渋谷の街が崩壊してしまう。
零の居場所は名前だけ分かった。だが彼女の要求はこちらと戦って欲しいという懇願。
先週も零の正体を暴いた時、敵意を向けてきた。だがその目から雫がこぼれていた。とても辛そうで悲しそうに見えた目だった。
一週間ぶりに聞いた声は、それらも可能な限り押し殺した並々ならぬ決意を感じた。もう後がないのかもしれない。
待っているその場所に辿り着いたら、零と戦わなければならない。
────戦うしかないのか?
小学四年からともに戦ってきた戦友であり親友と。一緒に過ごしてきたのに。
花予も零のことは歩美も含めて、本当の娘のように可愛がっていた。そんな零と戦えるのか?
それまでずっと、ずっと仲間だったのに。小学四年の時から。
崩壊までのカウントダウンは既に始まっている。時計の針が一つ一つ時を刻む。
どこにあるか分からない7つの爆弾。零がいるビルの捜索ばかりに専念していては当然、渋谷の街が破壊されてしまう。逆に爆弾に専念すれば、零はまたどこかに消えてしまうかもしれない。
いくら滝沢家やハイン、蔭山がいるとはいえ、渋谷駅とその近隣だけでも地下通路を含めて極めて大きいあの大都市の中から7つの爆弾を見つけ出し解除、その上で零も救わなければならない。
タイムリミットは今日と明日のみ。
明後日以降の朝を渋谷は迎えられるのか。それを左右する、まさに究極の選択であった。
読んで頂きありがとうございました!!
昨年の5月の第105話から始まった第三部、ようやく完結しました!!
今年は零の年になると決意表明した矢先に高熱を発症して一週間活動休止を余儀なくされてしまったため、当初は第三部を今月半ばに完結させて第四部を書きながら少しずつ始めていく計画が潰れてしまいました泣
そのためやむを得ませんが、来月の新年度の始まり、4月頭も含んだ来週から人狼少女2第四部を少しずつ始めていこうと思います。
人狼少女2、これまでの全三部は諒花にとって頼れる相棒であり親友の零がいなかったからこそ生まれた長い道でした。
格上の負けバトルである第一部フォルテシア戦と第三部スカール戦、諒花単独か滝沢家と協力して戦うワイルドコブラ幹部四人衆およびダーガンとの戦い。
いずれも零がいてくれたら諒花はここまでの冒険には至らなかったと思います。
この第四部にて、人狼少女2を始める前から掲げていた実は本当の友達ではなかった「諒花と零の話にケリをつける」核心部分にやっと踏み込めます。
諒花と零の出会いの始まりやこれまで実は諒花の監視役をしていた零の胸中など、これまで書けなかった部分を回収しつつ、最後の戦いに身を投じていきます。
200話は超えるのは確定していますが、話数200代のうちに完結できるのかはまだ分かりません汗
最終章とは書かずに第四部でお送りしたいと思いますのでどうかよろしくお願いいたします。




