第59話
大太刀を大きく振り上げる。ここで殺らなければ始まらないんだ!
ドンッ!
「…………」
背中からしっかりと俺を掴み離さない。当然振り切るなんて雑作もない、が…、
「ねえ、止めて。もう、もう……、お願い…、」
聞かない。聞けば殺せなくなる。いや、もう既に殺せないかもしれない。
「…………」
「私にはどっちも選べないよ。リョウは私のこと嫌い? どうして離れていくの?」
「…………」
「ねえ、答えてよ。お願い……、」
「…………」
「リリス、止めよ! もうリョウには届かぬ!」
「母さんは黙って!」
「…………」
「じゃあ私がついていくのは!? いい考えでしょ! ねえ!?」
「止めておけ。俺のことは忘れろ…」
「出来ないよ! 私、私……、」
「出来ないじゃない! やるんだ! 俺なんかといれば必ずまともな死に方は出来ない!」
俺の約束、それは仁と約束した重荷を背負うこと。そしてそれはこの堕天人になっても変わらない。そしてそんな得体の知れない物等危険極まりない!
「そんなの関係ないよ! 私、そんなの気にしない! だからっ!」
「ダメだ!」
「なぜ、なぜダメなの!」
「もういい。殺す!」
「リョウ!」
手が止まった。いや、振り下ろせなかった。もう無理だ。俺にはそんな冷酷な感情は無かった。
「最後だ……、じゃあな、」
大太刀を下ろすと消してしまう。そして自信はないが後ろを振り向く。
「リョウ…、」
もう涙でグシャグシャだ。ホントに俺を何をしてるんだろうな。
「リョウ! よくもシリュウを!」
「すまんなエリス。片腕で勘弁してくれ、
闇魔法・圧空剣」
左腕を目の前へ持ってくるとその腕へ圧空剣を振り下ろす。
ボトンッ、
鈍い音をたてて俺の左腕は血潮と共に床へと落ちる。
「火魔法・炎球」
傷口へ炎を押し付け溢れ出す血をとめる。これで出血死は防げるな。
「リョ、リョウ、御主……」
「元はと言えばここへ来たこと自体失敗だったのかもしれない。家族を掻き乱すようなことをして悪かったな……」
左手が無い分、少しバランスが可笑しな感じだが仕方ないだろう。俺は穴の空いた天井へ翼を羽ばたかせた!
バッ!
「ちょ、リリス、離れろ!」
飛び上がったのはいいものの、俺の足へリリスがしがみつくんだ。本当に無理ばかりする奴だ。
「嫌だ! 私は絶対に離れないから!」
「分かった。分かったから1度降りろ、」
仕方無くもう1度部屋へと戻るのだが、1度成功したせいかリリスは俺を掴み離さない。
「リョウよ、連れていってやってはくれぬか?」
「お前が言うか!」
本当にエリスまで認めると断るに断れない。それに片腕を失っても意識のあるシリュウもエリスに同意だと頷いている。
「…………」
「…………」
「…………」
まるで予め仕組んでいたかのように全員がダンマリ。本当に勘弁してくれよ。
「何も求めてるんだ! この俺に何を!」
「………」
「………」
やはりダンマリ。しかしその中を1歩、リリスは前へ出る。
「私を連れてって!」
「…………」
「…………」
「もういいか……」
「じゃあっ!?」
その観念したような顔にエリスとシリュウはニヤリ、リリスは目を輝かせる。俺なら絶対に娘をこんな得体の知れない奴に連れていかせはしないがな……。
「エリス達がいいのならな、」
「…………」
「シリュウ、御主はどうじゃ?」
「まあいいでしょう。私を下しリョシさえも下したのですからね。私は満足ですよ。君はどうです?」
「妾も満足じゃ。底知れぬ優しさと全てを捨てる覚悟。しかと見届けたぞ!」
「…………」
「どうしたのかね、浮かない顔をして?」
試されていたって感じが拭えない。どうやらリリスでさえ知らされていなかったらしく驚いたような表情を浮かべている。
「じゃ、じゃあ私!?」
「行っておいで、」
「やったー!」
こんなにも納得のいくようないかないようなことはあるまい。けど、まあいいか。俺だって嫌いじゃないしな!
「では御主ら、出立はいつにするのじゃ?」
あれからもう1度食事の場所へ戻り席についた。まるでさっきのことは無かったかのように。
「明日だ。今日は遅いしな、」
「さっきは今にでも飛び出しそうじゃったのにか?」
「まあな。リリスがいる。俺だけじゃないからな!」
「御主! そのまま婿になってくれても構わぬ!」
「はっ、な、何言ってるのよ母さん!」
「冗談じゃ。しかし妾だけの気持ちでは十分良いと感じておる!」
「…………」
「気が早いですよ。また私達の元へ帰ってきた時に考えましょう。その時、リョウさんが腐ってなければね。まあ、私も同感ですがね」
「ふふ、そうじゃな。ならその時は妾も真面目にさせて頂こうではないか!」
「母さんも父さんも気が早いよ! まだリョウとそんなんじゃ…!」
「ないと言うのか?」
「そ、それは……」
完璧に遊んでやがる。まあいいか。家族同士の悪ふざけに介入するつもりは毛頭ない。
「リョウはどうじゃ? リリスの婿に!?」
なんと俺にまで飛び火してきた。と言うかエリスに中々勝てないな。年の功ってやつか……。
「リリスの言う通り気が早い。俺だって好きだけどそれだけじゃないだろ?」
「…………」
「と言うことだ。今夜は先に寝るわ!」
これ以上話してたらドンドン精神的に削られていきそうだ。俺は振り返り部屋を出る。
「リョウ!」
リリスの声に振り向くとか細い両手が俺を包む。暖かい。俺はこんなにも大事なものを捨てようとしていたのだな。
「リリス、2人の前だぞ」
「そんなの関係ないよ。今日は色々とありがとう。ホントにそれだけだよ」
最後にギュッと力を入れると手を離して1歩下がる。向こうでの俺なら赤面確定だな。
「こちらこそありがとう。リリスには本当に感謝しなければならないな!」
「感謝?」
「あぁ。内容はわざと言わない。じゃあ、また明日!」
「う、うん」
「あっ、そう言えばシリュウ、代償は貰ったぞ!」
「………」
シリュウに言ったことはさておき、リリスに言ったことは捉え方によれば意味深と思われてもおかしくない。けど、ここは明言しない。少し恥ずかしいから…。
コト、コト、コト、コト、コト、
廊下を歩く音が軽く聞こえる。扉の開く音も軽く気持ちのいい。
「もう治ってる、」
さっきあれだけ破壊を尽くしたというのに壁や家具類は全て元通り。ベッドのシーツまで綺麗に整えられている。
「メイドさん、礼を言うよ」
特に伝えようとして言ったのではないのだが言いたくなった。まあ、ここも性格のせいなのか周囲から見れば面倒な奴だよな。
「明日だな、」
俺は明日に微かな不安と期待を抱きながらベッドに入った。ベッドには結界を張った状態で!
「ふぁぁぁ。よく寝た」
久しぶりによく寝た。結界をすぐさま解くと隣に置いてある服にさっと着替える。
「水魔法・静水球」
わざわざ魔法として使う必要があるのかとも思えるが出来るのだからすればよいだろう。透き通った大きめの水の塊が手の上へ浮かぶ。
「冷たっ!」
そこへ勢いよく顔を突っ込んだがそれは冷たすぎた。本当に背筋まで凍ったぞ!
「リョウ様、朝食はどう致しましょうか?」
「遠慮しとくよ。俺は先に城を出ている」
銃弾を装填しているデザートイーグル一丁を胸元へ忍ばせ大太刀は背中へ背負う。まあ、普通の装備だよな。
「くわぁぁ。いい天気だ」
太陽が眩しい。朝と言うのはどんな世界でも変わりなく平等に気持ちのいいものだな。
「おはようリョウ!」
「おはよう。エリス達はどうしたんだ?」
「2人共、見送りはしないんだって。理由とかも説明してたけど覚えてないや!」
「そうか。まあいい、行こう」
たった3日。されど3日。ここで過ごした3日という時間は俺に色々な経験と心強い仲間をくれた。
「じゃあな…、また来るよ」
高く聳える城にそう話し掛けると俺は城に背を向けた。その時…、
「リョウ! 娘を頼むぞ!」
城の窓から大きな声で俺に言葉を投げ掛ける。それは風魔法により制限されているらしく周囲には聞こえない。俺はその想いに答えるべく無言で頷いた。




