16 YOU ARE DEAD
無法者の男がシキを背中に担いで雪原を走っている。
息を切らしたシキは思い出したように時たま暴れるが、
あまりにも非力すぎて男の腕力によって完全に押さえつけられてしまっていた。
このめったに運動なんてしない少女は、
声を出すスタミナさえも完全に失ってしまった。
それに、もうこんな山奥だ。
大声を出したところで、聞いてくれる人もいない。
操ることのできるゾンビも見失ってしまった。
魔力もほとんど使い果たしてしまって、魔術で男を焼き尽くすこともできない。
八方ふさがりだ。
無力さに、涙が溢れ出してくる。
ソラはまだどこかで戦っているのだろうか。
助けに来てくれる人なんて、誰もない。
涙でにじんでいく視界。
水分が顔を伝って、鼻先から落ちていく。
これから私はどうなるんだろう。
死ぬのかな。
……それとも、死ぬ前に、もっとひどい目に合うのかな。
イヤだ。
それとも、死んだらソラみたいに生き返ったり?
……そんなわけ、あるはずないのに。
「……死にたくない……っ」
……シキと男は、不思議な光景を見た。
「っ!?」
夜空には火のような橙色……魔術の光が浮かび上がり始める。
漂う蛍のような儚い輝きは、ほんの少しだけ現れただけで姿を消した。
しかし、それが何かの兆候であるとシキは察していた。
目を凝らさなければ分からないほど弱い光を核として、
肉が生まれ、膨らんでいく。
過程を見なければ、そこに突然人が現れたように思うだろう。
だが確かに、何かの過程を経てそれはこの世界に姿を現したのである。
宙から発生した肉体が地面に落下する。
「……なんだ! 何が起こってやがる!」
「~~っ!! ソラ!! 助けて!!」
シキは耳を突き刺すような絶叫を上げた。
私はその方向に首を向けた。
見たこともない雪原の中にリスポーンしたことなんて、どうでもよかった。
混乱している場合ではなかった。
誰かがシキを泣かせていた。
それだけで、十分だった。
新しい体には、疲れは溜まっていない。
激しく戦闘をした後でも、全力で駆け抜けることだってできる。
私はシキを誘拐している男に向かって、飛び掛かっていった。
「……ぐぉっ!」
男が倒れた。
その隙にシキは男の拘束を振り払って、私の背中側に逃げた。
男の体によじ登って、本能的にマウントポジションを取ろうとした。
しかし男は背中側の私に肘打ちを繰り出した。
打撃が胸に直撃する。
私はせき込んでしまい、簡単に男を逃がしてしまった。
大人の男の力だ。
普段運動を私の力では、正面から負ける。
人と殴り合いの喧嘩なんてほとんどしたことのない私は、はっきり言って弱い。
「てめぇ……」
男は私に凄んで懐に手を入れた。
取り出される一丁のリボルバー。
銃口が私に向く。
銃声。聞こえた頃には、腹部に痛みと血の熱さが広がっていった。
銃声。胸に衝撃が走る。
銃声。続けて撃ちこまれる弾丸。
銃声。
○
男は荒い呼吸で、ソラの死体を見つめていた。
唐突に表れた邪魔者は、大したことはなかったが、
焦って銃弾の大半を撃ちこんでしまった。
気を取り直して、誘拐しようとしていた少女に、男は視線を向ける。
その時、背後で何かが落ちた音がした。
振り向く。
そこには一人の少年――
私がいた。
男は私を殺そうと、右手に握っていた銃を向けた。
私は唐突に男の右に走った。射線が切れる。
そのまま逆方向に切り返し、距離を縮める。
男は驚き、反射的に発砲したが、弾丸は何もない虚空を貫いていった。
肉薄する。
手を伸ばし、シリンダーを掴んだ。
シリンダーは火薬の燃焼により熱されていたが、リボルバーそのものが長く夜風に晒されていたからか大して熱くはなかった。
銃を取り上げようと、思い切り力を込めて引っ張る。
ぬるりと男の手がグリップから離れる感触がした。
「……ぐっ!」
それと同時に、男の前蹴りが下腹部にめり込み、苦痛の声が漏れた。
見えた攻撃だが、避けられなかった。
私は倒れ込み、尻餅をついた。
男は追いうちをかけようと持っていた刃物を抜き、白銀の刀身を月夜に晒した。
私は銃を突き付ける。
二人で凶器を持ち、向かい合う。
視界の端で、シキがわたしの死体を運んでいる姿が見えた。
「なんで俺たちを狙った」
「……あ?」
「村で俺たちをつけていたのも、お前らか」
男は少し考えて、
「ネクロマンサーだったとは知らなかったがな」
質問には答えなかったが、一応会話は成立した。
男は息を切らしている。
……休むための時間を稼ぎたいのか?
「下種め」
「ネクロマンサーなら殺しても問題はないだろ? むしろ、死んで喜ぶ人のほうが多いんじゃねぇの」
私はこの男に一対一では勝てない。
相手はかなり荒事に慣れている。
しかし、こちらには銃がある。
弾が入っているかはわからなかったが、男の反応を見るに一発は入ってそうだ。
私が銃を持っていることにより、男に逃げるという選択肢はなくなっている。
私が引き金を引けばその瞬間、確実にこの膠着は崩れる。
男は口を回した。
私も、あともう一手が欲しかった。
「お前、どこから来た? さっきの男と全く同じ外見だが、どういうタネだ?」
「俺が知りてぇよ」
左手をポケットの中に手をいれた。
今までほとんど役に立たなかったスマホがある。
「俺はこの世界の人間じゃない。普通に暮らしていたらいきなりこれだよ。死んでも死んでも、何度でも何度でも蘇りやがる。なんだよこれ、冗談じゃねえ。意味わからん」
手で探り、カメラボタンを長押しする。
小さなシャッター音が聞こえた。
「なんの代償も支払わず身に宿った不相応な力。出所もわからん、信用できないこんな力に頼りきりの自分が情けねぇよ。いっそのこと、使った分の利息ごと全部取り立ててくれればある意味生きやすいんだけどな」
夜空には雲がかかっていた。
月は半分ほど、隠れていた。
そんな微小な照度でもお互いの姿は見えていた。
何故か?
暗闇では、微小な光でも認識できるように、瞳孔が拡大するからだ。
「最後にいいもの見せてやるよ」
ノールックで画面指定の位置をタップ。
ライトが点灯する。
……スマホ大好き現代っ子だからな、それくらいはできるのさ。
「うっ!」
暗闇になれた男の瞳に、取り出したスマホのLEDの明かりが射し込む。
護身用フラッシュライトの足元にも及ばない弱い光だ。
効果はたった一瞬視界を奪う程度のもの。
だが、こんな状況では意表を突く立派な攻撃になってしまう。
危機感を刺激された男は、虫のように光に向かって突撃してきた。
「ソラ! できたよ!」
その時、私を呼ぶ声がした。
背後から、誰かが立ち上がる気配。
私は銃を構えたまま後ろにバックステップ。
入れ違うように、誰かが男に向かっていく。
都合よく私たちのピンチに駆けつけてくれる人なんているはずがない。
……その人影は、シキが作った私のゾンビだ。
飛び掛かるゾンビの後ろ姿を見送る。
ゾンビは男に飛び掛かっていった。
リミッターを超えた力で、男を力づくに押し倒す。
同時に、ゾンビの腹にナイフが突き刺さる。
勝ったと男は思っただろう。
その瞬間、握り拳が男のこめかみに直撃した。
ゾンビは痛みを感じない。
ゾンビは頭を破壊されない限り動き続ける。
ゾンビは攻撃に躊躇も戸惑いもない。
重々しい籠った打撃音と悲鳴が続く。
男の鼻が潰れ、額が割れ、歯が折れ、頬骨が砕ける。
相手が誰だとわからないまま、男はひたすらにゾンビの拳を浴び続けた。
血まみれになった顔面に、ゾンビは途切れることなく拳を振り下ろし続ける。
男の心が折れる。
ナイフを手放し、腕で顔を守り防御に徹した。
ガードの上から降り注ぐ打撃。
ゾンビの拳が傷つき、血肉が飛び散り肉が飛散する。
このままにしておいても、ゾンビが勝手に男を殴り殺すと思われた。
突然、ゾンビの動きが鈍った。
「……ソラ」
「なんだ」
「ごめん……やっぱり、ダメだったみたい。動いたのは、あれが限界」
シキが小さく私の手に触れた。
やはり、私が手を下す必要があるようだ。
ゾンビは糸が切れたように動かなくなる。
「行ってくる」
私はゾンビの背中に向かって歩いていった。
スマホのライトで無法者の顔を照らす。
人工的な明かりの照射に、男は血の涙が流れる両目を細めた。
内出血に患部は痛々しく腫れ、顔中の穴から流れる鮮血、赤く濡れた顔面は度重なる打撃に骨ごと歪められている。
ゾンビはもう動かない。
しかし男も、打撃の連打を受け肉体と脳にダメージを負っていた。
銃を男のこめかみに向ける。
男は向けられたライトに目がくらみ、銃を向けられていることに気がついていない。
私は引き金に力を入れた。
乾いた銃声。銃口から煙が吐き出される。
「……」
生かしておく理由はなかった。また、襲われでもしたら困る。
殺すべき理由はしっかりあった。私は一度こいつに殺された。
……とはいえ、無防備な生きている人間を撃ち殺すのは、心に並々ならぬ荒波を生み出していった。
拳銃を雪の上に投げ捨てる。
振り向くと、シキが駆け寄ってきているのが見えた。
何かを言いたげに、彼女は私のことを見上げている。
「……疲れたな」
「……うん」
「……帰ろう」
「……うん」
シキは私の手を優しく握ってくれた。
戦う、死ぬ、生き返る、ゾンビが増える。
そういう戦い方が私たちにはできる。
私の体が無限に復活するならば、無限の兵力で敵を圧倒することができる。
今私ができることは、二度とこんな戦い方をしなくていい未来を祈るだけだった。




