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17 いのちをだいじに

 今日はもう休めると思った。

 一時(いっとき)はゾンビだった私の死体を背負って、私はシキの家を目指した。


 言うまでもないが、学ランが死ぬほど寒かった。

 両手で体を抱いて歯をガタガタ鳴らしながら、家に急いだ。


 疲れはさほど無かったのが幸いだ。死んだばかりなので体力は山ほどある。

 凍死の心配は考えなくてもよかった。


 シキが疲れを見せ始めてきたころ、遠くから女の泣き声が聞こえた。

 隣にいる少女と顔を見合わせる。


「……お願い」


 運んでいた死体を捨て、私はなあなあに覚悟を決めた。

 もう幽霊でも野盗の仲間なんでも来いという感じだった。


 近くにいた無法者の死体から銃を回収して、構える。


 死体が無数に転がっている家の付近に小さな人影が見えた。

 小さい背丈はやはり若い女性のようで、何かを酷く悲しんでいるようだった。

 少女は誰かの死体を抱いていた。

 荷物のほとんどは地面に置かれていた。

 松明が近くに刺さっているので、良く見えた。


 しかし、遠くから撃ち殺すことを私はしなかった。


 遠くから女をスマホのライトで照らしてみる。


「……だれ!?」


 その正体は、先日私を介抱してくれたイブキだった。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をした彼女を見て、私は銃を下ろした。

 シキが返答する。


「私。なんでここに来たの……?」

「そんなことより! 大変なの!」


 ライトの方向を変え、イブキが抱いている死体を照らす。

 案の定、右手を失った私の死体だった。

 辺りを見回すと、学ランを来た私のゾンビが無数に倒れている。


「ソラがいっぱい死んでる……!」

「……あちゃあ……」


 私は向けていたライトを消した。


「イブキ、お前ここに何しに来たんだよ……」

「え?」


 イブキは立ち上がって、松明を手に取って私の顔を照らした。


「……? えっ? なんで――」


 彼女は目をまん丸に開いて私を見ながら、後ずさりして

 滑って転んでそのまま地面に頭打って勝手に気絶した。


 どうすんだこれ……。


 大量の死体に、生身の生きた部外者が、一人。




       ○



 イブキは死んだ私を抱いて悲しんでくれていた。

 悪い人じゃないのは分かる。

 分かるが……


 知られてしまった。これからどうしたら……

 私はため息をついた。


 とにかく、

 落ちていたボウガンと矢筒と松明を回収し、気絶したイブキの頬をペチペチする。

 一向に目覚める様子がない。死んだか?

 念のため脈を図ってみると生きていた。


 イブキを担いで玄関に向かう。

 鍵を開けっぱなしだった。しかしシキが何かを言う気配はない。


「……私もう眠い……」


 大量の荷物とイブキの面倒を私に押し付け、シキはそそくさと家の奥に歩いていった。

 追いかけていくと、シキは自分の部屋に入っていき、防寒着も脱がないままベッドに転がって寝息を立て始めた。

 イブキも全く目を覚ます気配がないので、シキの隣に転がしておく。


「俺も休んでいいかなぁ……」


 しかし、やらなければならない作業が私にはあった。

 第二の目撃者を作らないように、私の死体の回収作業だ。


 今なら美少女二人にセクハラし放題?

 私は紳士だからそういうことはしないんですよ。


 私は生唾を飲み込みこんだ。



       ○



 暗闇の中死体を探し、運んで一か所に集める。

 これを死体の数だけ繰り返す。

 ついでに銃を回収し、暴発しないようにとりあえず雷管を取り外す。

 銃を撃った後は掃除しなければならないのだが、後回しにした。

 汚れた手を洗い、戸締りを確認する。


 念のためイブキが目覚めてないか確認するためシキの部屋に行く。

 二人は無防備な寝顔を見せていて、気が抜けた私は床に腰を下ろした。

 死体の回収でヘトヘトになった体は、一瞬で意識を落とした。


 飛ぶように時間が過ぎていった。



 目を閉じた暗闇の中、誰かに顔を触れている感覚だけがあった。

 うっとおしいので首を動かして逃げるが、追いかけてくる。

 手で振り払ってから目を開けると、私の顔を覗き込んでいるイブキがそこにいた。


「お前何してんだよ……」

「わっ……喋った。ゆ、幽霊じゃないよね……?」

「ちゃんと生きてるわ」


 床で寝てたおかげか固くなった体を起こしてイブキと向かい合う。

 寝起きで頭がうまく働かない。

 すこぶる面倒なことだけはしっかりと理解していた。


 神妙な顔でイブキはこちらを見つめていた。

 見るからに疑われている。


「昨日見たこと、思い出せるか?」

「うん……頭にたんこぶ出来てるのはちょっと思い出せないけど」


 彼女は後頭部をさすった。


「ちょっと言ってみ」

「えっと、なんだかソラとおんなじ顔の死体が沢山あって……あれ? ソラ、その手、治ってない?」


 イブキが私の右手を指さした。


「今気が付いたのか」

「……ねえ何でソラに似た人の死体が沢山あるの? なんであんな大怪我がもう治ってるの?」

「う――ん……どうしても気になる?」

「そりゃそうだよ」

「う――ん……困ったな」


 私は腕を組んで中空を見上げた。

 イブキは天井に何かかるのかと思って私の視線を追いかけた。


 考え込んでいると、もそもそとベッドから音がしてくる。

 目覚めたシキがあくびをしながら言った。


「おはよ――……」

「おはよ」


 当たり前のようにイブキが返事を返した。

 シキは、何故かいる狩人の少女の存在にびっくりしている。

 ……それゃそうだよな、昨日俺に全部任せたから知らないよな。


「なあイブキ、ここにシキの家があるって事と、昨日見た俺の死体と傷の事は誰にも言わないでおいてくれるか?」

「別にいいけど」

「えっ、マジ?」

「秘密にしてほしいんでしょ? 大丈夫、私口固いから!」


 不安になるほど堂々とイブキは宣言した。


「黙っててくれるんならそれでいいかな。ごはん食べようよ」


 布団から体を出しながらシキはそう言った。

 えっ? 信用するの?



       ○



 なし崩し的に朝食の準備をすることになった。

 以前は銘々好き勝手に食事をとっていたが、今日からはシキと私の二人に、イブキが加わった形で食事を作ることに。


 イブキが使うイスを別の部屋から調達し、3人で食卓を囲む。

 結果的に言うと、私たちは役立たずで、イブキの指示に従って作った料理はうまかった。


「なんで大怪我してるのに勝手に部屋出ていったの? 心配したんだからね」

「あぁ――……その件はすまんな」


 ポタージュのようなスープを味わいつつ、私は謝罪した。

 苦痛から逃れたいあまり、後先考えず行動した点はあった。

 そこは反省しなければならない。


「……なんでここがわかったの?」


 シキがパンをつまみながら小さな声で発言した。


「足跡をつけていったよ」

「嘘だぁ」

「私、一応狩人だからね」


 平然と言ってのけるイブキの表情に不自然さはない。

 嘘ではない……? 私に真意を判断することはできなかった。


「……昨日何と戦ってたの? 無法者がいっぱい死んでたのは見たんだけど」


 イブキの質問に、シキと顔を見合わせる。

 シキは首を横に振った。言うなということらしい。


「すまん。それも秘密で、黙っててもらえるとありがたい」

「じゃあ何なら教えてくれるの」

「……全部秘密かな?」

「せっかく助けに来たのに全部秘密って納得いかないんですけど……」


 イブキがパンをもぐもぐしながら愚痴を言う。


「助けに来た?」

「大怪我してるのに勝手にいなくなっちゃったら心配するに決まってるじゃん! バカなの?」

「バカときたか」


 自分勝手に動いたところはあるけど、まさかその日のうちにイブキが追いかけてくるなんて予想できるわけがないと私は思った。

 親切心でそこまでするか?

 とにかく、この少女は普通ではないということは肝に銘じておいたほうがいいかもしれない。


「俺も悪かったけどさ。行く途中でゾンビとか野盗とかに襲われたら大変だろ。その辺イブキは大丈夫だったの? もしかしてバリバリに戦えるの?」

「……ハイヴと戦った後だから大丈夫かなって……でも、あんな大怪我してたソラが外に出てったなんて聞いたら放っておけないよ。だからこうして助けに来たの」

「助けられたのは勝手に転んで気絶したお前だ。あのままにしてたら凍死だぞ」

「それはそうだけど……だって、死んだソラが生きてるんだもん。驚くよ」


 イブキは少し黙ってから、こう続けた。


「……本当にソラ、何で元に戻ってるの? もしかして、ハイヴに何かされちゃってそうなったとか?」

「なぜそこでハイヴが出てくる」

「だって何が起こってるのか全然分からないんだもん……」


 ここで珍しく、シキが口を開く。


「そんなに知りたいの?」

「うん」

「絶対に秘密にしてくれる?」

「うん」

「じゃあ、一つだけ教えてあげる」


 彼女は私を指さして、


「ソラ、異世界から来た人」


 と決定的な言葉を口にした。

 こいつ俺を売りやがった……。


 それを聞いて、イブキは表情をほんのわずかな時間で百面相のようにころころと変えてから、


「異世界から来たんだ。なるほど……言われてみればそうかも」


 納得してしまったようだ。


「言われてみればってどういうことだ。俺、結構隠してたつもりだったんだけど」

「あっ、異世界人って普通に認めた。……そうだねぇ、記憶喪失って言ってるのに結構知識あったり、傷痕のほとんどない綺麗な体してたり、まあ色々?」


 私は決して少なくないダメージを受けた。

 わりと隠し通せていた気がしたのに……。


「どんな世界から来たの?」

「魔術もゾンビも無い世界から来たんだよ」


 私がぶっきらぼうに言うと、二人の食事の手が止まった。


「……ゾンビがいないって、どんな世界なの?」


 興味深そうにイブキが聞いてくる。


「俺がいた世界はな、魔法なんてないから発展してるのは基本は電気とか科学で、かなり平和な国に住んでいたから銃とか使うこともなかったし、学校で勉強してばっかりだったよ」


「学校……」


 イブキがそう呟いた。


「勉強……」


 シキがそう呟いた。


「……私、そっちの世界がいい」

「私もソラの世界に行きたい!」

「俺に言われても困る! できるなら俺だって今すぐ戻りてぇんだぞ!」


 私は心からの叫びを口にした。

 現代日本は確かに厳しい現実があったが、ここよりかは何百倍もマシだった。

 人なんてめったに死なないし、住むところには困らないし、飯はうまいし、遊びも一生かけても消費できないほど多い上に、家族がいる。

 ……というより、この世界の環境がゴミなのが辛い。

 ゾンビがいないからって楽できるとは思わないが、それはそうとしてこの世界はゴミだ。現代日本に今すぐ帰りたい。


 イブキが言った。


「そんないい異世界の人だからソラは死体が増えたり右腕が生えたりするんだ……なるほどね」

「なるほどじゃねぇよ。どんな理屈だ、意味わからんぞ」


 謎の理屈に納得してしまったイブキを見て、シキがさらに決定的なことを言ってしまった。


「ソラはね、死んでも新しい体で復活するの。死体がいっぱいあるのはそのせい」


 日常の些細な出来事を指摘するような口調で、さらりと私の秘密が暴露されてしまったのである。


「なあシキ。お前それ二人だけの秘密にするって言ってたよな」

「もう無理でしょ」


 あっけらかんとするシキを見た後、イブキと視線が交差する。

 何故かイブキは申し訳なさそうに


「……なんか、ごめんね?」

「イブキは悪くない。元をたどると悪いのはハイヴと無法者の連中だから」


 何もかも、あいつらが悪い。そう私は思いこむことにした。


「ちなみにいつ頃こっちの世界に来たの?」

「1週間くらい前。たぶん」


 正確に日時は把握していないが、確かそのくらいだった。

 思い返す。


「こっちに来てシキと出会って、村にいって、ゾンビと戦って、そのあとに無法者に襲われてんだけど、死んでも蘇っちゃうからさ、何とかこうしてられるのよ」

「……死んでも新しい体で復活するの、ってのがいまいち分からないんだけど……」


 イブキが自信なさげに言った。

 まあ、当然だと思う。わかりやすく説明してあげることにした。


「まず、俺が死ぬ」

「うん」

「そこら辺から新しく俺が出てくる」

「うん……?」

「こうして死体が増えて、俺も復活する。死体が何個かあるのもそのせいだし、無くなった右手が復活するのもそのせい。以上」


 これ以上なく端的に説明できたと思う。が、


「ごめん、わかんない」

「仕方ないな、一回死んで復活するところ見せたほうがいい?」

「いやいや、やめてよ! 命は大切にして!」


 椅子から立ち上がろうとする私を、イブキは必死に止めた。

 いやあ軽いジョークですよ?

 その証拠に、シキは気にせず食事を続けている。私なんて死んだところでどうでもいいという感じだ。歪んだ信頼である。


「まあ冗談は置いといて、この体はアレだな、いろいろ面倒だな。オニヅカには戻れないのがちょっと問題」


 私は右手をにぎにぎした。

 オニヅカにいる顔見知りは、右手を失った私の姿を記憶している。

 正体を明かしてしまうならその限りではないが、五体満足のこの体でオニヅカに出向けばあらぬ疑いを向けられることは、火を見るより明らかだ。


「えっ、じゃあもう戻らないの? ほかの村に行っちゃうの?」

「ほかの村に行くことも考えてるけど、俺は異世界人だからまずどこにどんな村があるのか知るところから始める」


 水で喉を潤しつつ私はイブキに返答した。


「まあゾンビ退治の仕事ならどこでもあるから大丈夫だと思うよ、できればオニヅカを守って欲しいけど……」

「待て、何故俺がゾンビ退治することになってるんだ」

「えっ? なんで? ソラってゾンビ退治得意じゃないの?」

「俺は単なる一般人だ」


 ……死んでも復活するけど。

 しかし弁解など耳に届いていないようにイブキは妙な視線を向けている。

 私は必死に口を回した。


「違うんだよ。死なないのを恐れないでバリケードの奥に突っ込んでいけば誰でもあれくらい戦えるんだよ。俺が特別凄いわけじゃないんだ。イブキも復活できるならこれくらい戦えるはずなんだって」

「絶っっ対、無っ理! 私死ぬのなんて嫌だよ! 復活するの分かってても死にたくないよ!」

「俺も死にたくないよ! それに復活するなんて死ぬ前には分かんないよ!」

「うわぁ……!」


 イブキはドン引きした。


「……ちなみに、今まで何回死んだの?」

「何回だと思う?」


 イブキは目を泳がせながら2秒ほど考えてからこう言った。


「4回か、5回とか?」

「なるほど、数えてみるか」


 指を折って数えた。

 右手の指がすべて折れ曲がったところで、イブキは顔を引き攣らせた

 そのまま左手の指を全部折れ曲がった。

 小さな悲鳴が上がった。


 知ってるかい、

 俺のこと一番殺してるのそこでのんびり飯食ってるシキなんだぜ……?



       ○



 リザルト


 死亡4回目

 死因:無法者たちによって射殺


 死亡5回目

 死因:シキに撃たれて


 死亡6・7・8回目

 死因:シキに撃たれて


 死亡9回目

 死因:服毒自殺


 死亡10回目

 死因:無法者によって射殺



 スマホで下書きした後、タイプライターで清書した。

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