14 無法者らの宴
確かに、装備が整って入れば素人でもゾンビくらいは戦える。
だけどその後の生活ことは、誰も保証してくれないようだ。
右手を失った後のことを考えると、絶望が頭を染め上げるのが理解できる。
欠損を負った体で今までの日常を送るのはどう考えても不可能だ。
ゾンビとなんか戦いたくないと考える人々の気持ちは、当然と言える。
○
シキは私のベッドに上半身を伏せて、寝ていた。
起き上がろうとして、右手がなくなったことを思い出した。
深い虚無感が一瞬だけ襲い掛かって、思わず叫びだしそうになる。
あるはずのない右手の指先がじくじくと痛む。
幻肢痛というやつか……。
左手だけで体を支え、上半身を起こす。
私は死に場所を探していた。
この苦しみから逃れることができる以上、馬鹿正直に痛みに耐える必要はない。
刃物は使いたくない。
これ以上の痛みは、ごめんだ。
拳銃を咥えて死ぬのが、楽でいいかなと思う。
だけど銃声が問題だ。
誰かに気づかれるのは、都合が悪い。
銃で死ぬなら、誰もいない外が都合がいい。
歯を食いしばって、私はベットから立ち上がった。
一歩を踏み出すたび体のいたるところが悲鳴を上げた。
痛みもあるが、腕を失ったからかいまいち自然に歩くことができない。
衣擦れの音で、シキが起きる。
「……どうしたの……?」
「外に、行きたい……」
私の体は声もろくに出せないほど、弱りきっていたことに気がついた。
少し歩いただけでこのざまだ。
血のにじんだワイシャツの上に、部屋の隅に畳んでおいてある防寒着を纏う。
「楽になりたい……。死んで……元通りになるんだ……」
激しい逡巡の後、シキは荷物を手に取った。
「分かった」
荷物を背負ったシキが私の前に出て、扉を開けて先導を始めた。
部屋の外は戦いの痕跡がそのままになっていて、通路に少々血肉が残っていた。
足を引きずるようにしてゆっくりと村の中を歩いていく。
私のほどの重症患者はなかなかいないが、ゾンビ襲撃後の今、怪我人は大して目立たない。
死体は粗方片づけられていた。
必死の思いで階段を上ると、村の出入り口の手前にたどり着いた。
数日前に通った殺風景な部屋は、爆発で跡形もなくなっており、いまだに瓦礫と血とバリケードの木片で足の踏み場もないほどに散らかっている。
「待って。……誰か、入り口で見張ってるみたい」
ランプの明かりに生み出された人影を見て、シキが言った。
私は少し考える。
こんな重篤な怪我人が危険な外に出ようとしている。
普通なら、引き留めるだろう。
「少し、ここにいてね」
優しくシキは言うと、一人で見張りの保安官のところに歩いていった。
そして二分くらい経ってから、シキが戻ってくる。
進んでいくと、見張りの保安官の二人は、口を半開きにして床に寝ていた。
「……あの眠らせる奴か」
「そう。すぐに目覚めると思うから、早くいくよ」
これも、魔術なんだろうか。
外に出ていくと、海の底のような暗く深い夜が世界の半分を覆い尽くしていた。
雪の上にはまだ血の流れている死体が雪に埋もれていた。
遠くからは、曇った銃声が山彦のように響いている。
まだ戦いは続いているようだった。
「安全な場所まで連れていくから、それまで我慢して」
シキはその小さな体で私に肩を貸すと、音もない雪原へ一歩を踏み出していった。
○
体感だが、村からはだいぶ離れた気がする。
もう死んでもいい時分だと思う。
「……まだか」
「あと少しで、私の家につくから」
視線を上げれば見慣れた景色が広がっていた。
以前追い出されそうになった時、散々眺めた場所だ。
何も考えずに足を動かし続けたが、いつの間にここまで歩いてきたのだろうか。
すぐに終わると思えば、まだまだ足は動いた。
待ち構えているのは、精神の限界と、肉体の限界。
先に訪れたのは、肉体の限界だった。
足がもつれ、シキの肩から手が滑り、左手で体を支えることもできず私は雪の上に倒れ込んだ。
雪に落ちた衝撃で、痺れるような痛みが全身を駆け抜けた。
その時、私とシキの間にある空間を、何かが高速で通り抜け、地面の雪が弾けた。
同時に聞こえる乾いた複数の銃声。
足が吹き飛んだかと錯覚するほどの強い衝撃と、痛み。
狙われている……! 私は反射的に振り返った。
薄っすらと風に乗って匂う黒色火薬の煙。
遠くの雪原に人のシルエットが複数見えた。銃をこちらに構えていた。
「シキ! 走れ!!」
「……えっ」
「狙われてる! このままじゃ死ぬぞ!」
再び発砲音が響きわたる。弾丸が、私の体に降り注ぐ。
「……ぐっ!」
「ソラ!」
「俺のことはいい! 逃げろ!」
「――っ!」
シキは何か言い出しかけた言葉を飲み込み、走り出した。
「絶対に振り向くな! 脚を止めるな!」
私は後ろ姿に言葉を投げつけた。
弾丸に貫かれた肺からの出血が、喉の奥から顔を出す。
振り返ると、一つの銃口と目があった。
心の奥の底までのぞき込まれるような、深淵を感じた。
引き金が引かれた。バレルに光が迸った。
死ぬ間際の超感覚。刻まれたライフリングまで見えた気がした。
○
体の生成が始まる。
何もない中空に肉片が無から湧き上がり、驚くほどの速さで大きくなって人の形を成し、突然姿を現した繊維が衣服を作り上げる。
体が落ちる。
天井が遠ざかり、尻に強い衝撃を受けた。
真横にいた見知った少女を見上げる。
「ソラ……?」
べそをかいていたシキが、ほんの少しだけ表情を和らげた。
シキの近くにリスポーンした? どういう仕組みだ?
銃声が聞こえ、真横の扉が激しく打ち鳴らされた。
銃撃を受けているようだった。
しかし、扉は鋼鉄製だ。簡単に壊れそうにない。
シキは二重に鍵をかけ、かんぬきで厳重に扉を封鎖していた。
「ど、どうしよう。私の家、このままじゃ危ない……!」
「……ちょっと銃借りるぞ!」
誰が私たちを狙っている? ハイヴではないのか?
キズナが無法者という存在を私に教えてくれたことを思い出した。
弱者を狙う悪党たち。
なるほど、筋は通る。
私はリボルバーをリュックから取り出して、耳を澄まして近くに敵がいないことを確認した。
厳重に閉められた扉を開け、顔を出した。
暗闇が強く何も見えない。
その時、再びの銃声。
顔の左が、溶けた鉄をかけられたかのような痛みに襲われる。
「がぁっ……!!」
視界の半分が血で失われた。
潰れた眼球が、地面に落ちた。
まさか、この距離で左目を撃ち抜かれた?
「痛い……! 痛い……っ!」
私は呻きながら、体を扉で隠した。
シキが泣きそうな顔で扉に鍵をかける。
「今、楽にしてあげるから……! 待ってて!」
シキは、私の右手に触れ、銃を握る指を一本一本ほどいた。
持っていた銃を持ち去ると、私の頭に手を置いた。
意識が飛ぶ。
銃声。
○
リスポーンした私は、左目の潰れた自分の死体を眺めていた。
銃を両手で握りしめているシキは、歎願するように私に駆け寄って。
「ゾンビを相手にする時みたいに戦えないの……!?」
「無理だ……! ゾンビは近寄ってくるから弾が当てられるけど、あいつらは近寄ってこない! 俺みたいな素人一人じゃ勝てない!」
シキは絶望を顔に浮かべた。
恐らく、木々などの遮蔽物に隠れ、雪の上に伏せ、徹底的に身を隠したうえで私たちを狙っていている。
ゾンビなら倒せる。
だが、銃を持った人間なんか、相手にしたことなんてない。
いくら不死でも、立ちはだかる圧倒的な戦力差を覆せるわけではなかった。
「このままじゃ、私の家が荒らされちゃう! 何とかしてよ、お願いだから!」
シキが癇癪を起したように私に縋りつく。
今にも泣くそうな彼女の顔を見て、私は言った。
「……一つだけ、助かる方法がある」
シキが、息をのんだ。
「……あいつらの弾が尽きるまで俺が、特攻を続ければいい」
いわゆるゾンビアタック。
それは、最終手段だった。
私たちは助かることができるだろう。
しかし、恐らく敵は、私の不死の能力に確信を抱いた時、まともに戦うことを避けるだろう。
シキの家の場所を知られ、確実に不死を知られる。
結末としては、限りなく最低の部類だ。
全てをひっくり返せる、なにか方法はないのか?
リュックを弄る。
武器は拳銃が何丁かあるだけ。
シキが売ろうとしていた、電池のなくなったスマホが3つある。
今ポケットには新しく増えたスマホが1つある。
左目を失った死体にも、スマホがあった。
……こんなの何にも使えない。
不死の力の限界を悟り、希望も何もかもなくなる。
銃を持った素人一人では、銃を持った集団には勝てない。
……ゾンビならいくらでも倒せるのに……!
ここでもう終わりなのだろうか?
私に助けを求めるシキと目があった。
助けたい。
だが、私には何もできそうにない。
他にあるものと言えば『無限に生まれる死体だけ』
「――ッ!」
……なんでこんな単純なことに気が付かなかったんだろう。
私の死体は、いくらでも増やせる。
そして、シキはネクロマンサーだ。
ネクロマンサーは、死体をゾンビに変えられる。
シキの両肩を強く掴んだ。
脅えた少女に向かって、私は言った。
「シキ。お前、俺の死体をゾンビに変えられるか!?」
起死回生の一手が、そこにはあった。
○
だけどもいきなり私の計画は頓挫してしまった。
「ごめんなさい、私……っ。自分でゾンビなんてほとんど作ったことない……!」
「はっ!?」
「お父さんとお母さんなら、ちょっと腐った死体でもゾンビにできたけど、私には無理……! 死んだばっかりの死体がないと、練習もできないから……!」
私は頭を強く打たれたような気分になった。
彼女は引きこもりだ。
人にもロクに合わない彼女が、新鮮な死体に出会う確率は確かに低いだろう。
だけど、今はそんなことを考慮している余裕などない!
「絶対怒らないから答えてほしいんだけど、俺の死体はどうした?」
「……ネクロマンスの練習に使った」
「ならぶっつけ本番だ!」
私は自分の死体を背負い、シキの手を引っ張った。
「でも……!」
「やるしかないんだよ! 大丈夫だきっとできる! 俺だってゾンビくらいなら戦えるんだから! で、どこに行けばいい!?」
死体を背負って私は駆けた。
この家には、おそらく死体置き部屋のようなものがある。
シキは私の意図をくみ取って、案内を始めた。
急がなければならない。
扉が破壊されるまで時間は無限ではないのだから。
「ここ!」
通入った部屋は、入手術室のような佇まいの部屋だ。
シキの両親の死体が入った棺があった。
いつか写真で見た、あの部屋だ。
出血死、毒死、銃殺。
床には私の死体が2体転がっていて、手術台のようなものには私の死体が仰向けに寝かされていた。
「お前やっぱり俺の死体集めてやがったか」
その死体は頭部を開かれ、右脳と左脳の対称構造が露出していた。
脳表にある大脳皮質は、うっすらとしたピンク色。
膨らんだ部分の脳回、しわである脳溝、脳溝に走る紫色の血管。
グロテスクだが、同時になぜか神秘のようなものを感じていた。
頭蓋骨と肉のパズルに守られた、人体の司令塔。
というか頭を開いた後そのまま出かけたのかよ!
「ど、どの種類のゾンビにしたらいい……!?」
部屋に置かれている本棚には、分厚い書物がびっしりと詰められていた。
見たことのない異世界の文字だ。
メスや開創器、穿頭用手回しドリルなど手術道具が置かれているテーブルには古びたノートが一冊おいてあった。
「どんなのがあるんだ!?」
「えっと……色々あって、複雑なやつになればなるほど作るのが難しいの」
シキはノートの頁をめくると、何かが一覧になって書かれている目次を私に見せた。
異世界の言語、私にはそのままでは読めないはずだった。
だけども、異世界の文字に、なぜか英語でフリガナが振ってあった。
読めてしまった。
目についた単語に、私は若干の興奮を覚えた。
頭が人生でこれ以上なく回転を始める。
私は数日前に見た記憶を思い出していた。
村に向かう途中の寄り道で見た、銃を握ったゾンビの記憶だ。
確信があった。
ただ人に殴りかかるだけの死体が、ゾンビではない。
シキはネクロマンスを用いて、両親に会いたいと言っていた。
すなわち、死体に元の人格を復元させるという高度な御業は、可能である。
ただ人に襲い掛かるゾンビよりも、少し良いゾンビが作れれば、
もしも、私の力の残滓を……私の死体を、銃を扱えるゾンビにできれば、
単なる荒くれ集団の無法者など、敵ではないはずだ。
私はインクの文字列を指をさして問いかけた。
「これ、作れるか?」
シキは頷いた。
『Assault』と書かれたフリガナ。
その意味するところは、突撃である。




