13 体を強く打って
朦朧とした意識の中、自分が横たわっていることを認識した。
周囲からは人の話し声が聞こえる。
戦場ではない――と感じた矢先、私は全身を引きちぎられるような痛みを自覚した。
全身の生皮を剥がされたかのような激痛に、逆に生きていることを理解する。
疲労は抜けていない。私は目蓋を開いた。
「シキ! ソラ起きたよ!」
ぼやけた視界、少女の声。
あの引きこもりの声ではなかった。誰だ?
痛みに加えて、全身を強い脱力感が支配していた。
首だけを動かす。
部屋は、今までこの村で暮らしていた場所だった。
ベッドの左側にシキとイブキがいた。
二人の暗く沈んだ表情が、少しだけ和らいだ。
「2時間も起きなかったんだよ……!」
今にも泣きそうな声色で、イブキが言った。
見ると私の首から下は、血のにじんだ包帯でぐるぐる巻きになっていた。
よく確かめてみれば、頭も顔も痛みと圧迫感がある。
「あれからどうなったか、簡単に説明するね。落ち着いて聞いて」
奥で私の顔をつらそうに見ているシキと目があった。
彼女が自分以外を部屋に招いていることが、少し意外だった。
イブキが言う。
「ソラのことは、キズナさんが救出してくれたんだよ。後ろにいたソラが、爆弾で飛んできた瓦礫とか破片とかで……その」
自信なさげに言葉尻を小さくしていくイブキ。
私の意識もだんだんと覚醒していく。
全身の痛みがじくじくと、より一層鮮烈なものになってきた。
「……だから、こんなに痛いのか……」
「……刺さってた大きい破片は取ったんだけどね、本当にちっちゃなものは、そのままになってるらしくて。……でも別に命に支障はないし、これからもちゃんと生きていけるらしいんだけど」
イブキの視線が、どこかに動いていく。
追いかける。私の体に向いている。
「落ち着いててね。……爆発で飛んできた大きな破片で……その、」
体を起こそうと、右手を使おうと思って――腕が、空を切った。
走る激痛。腕を上げた。
右手の二の腕から先が、血のにじんだ包帯で包まれていて、無くなっていた。
「……っ!」
一瞬、目がくらんだような錯覚に襲われた。
イブキは大声で語り掛けながら、私の左手を両手で包むように握ってくれた。
「落ち着いて! 大丈夫! 大丈夫だから!」
取り乱してない私への場違いな励ましの言葉に、耳がキンキンする。
「お前が落ち着け。……そうか、右手か」
「……平気なの? 右手が、もう使えないんだよ……?」
動くたび走る全身の激痛に耐えながら、私は体を引き起こした。
「駄目だよ、じっとしてないと!」
「そんなことより俺のハンドガンどこ行った……?」
私には気がかりなことがあった。
どこかに落とした右前腕と一緒に、拾ったハンドガンもどこかに行ってしまったのではないかという懸念だ。
しかしそれは杞憂に終わった。
「ここに、ちゃんとあるから」
シキは床に置いていたリュックを持ち上げて言った。
「……よかった…‥」
「ソラ……もう戦わなくても、いいんだよ……?」
イブキが、哀を含んだ声色で言った。
「あの後、ゾンビの投入がほとんどなくなって、キズナさんとか保安官の人と、有志の人たちも大勢でハイヴのネクロマンサーを討ち取りに外に出ていったんだ。そろそろ、全部が終わると思う」
それを聞いて、もう村の中から銃声が聞こえないことに私はようやく気がついた。
というか……キズナさんも出ていったのか。
「そっか……これから、どうすっかな……」
短くなった右腕持ち上げて、眺めた。
単純に考えれば、死ぬしかないだろう。
死ねば新しい体に生まれ変わるのだから、こんな不便な体に執着する意味はない。
しかし問題はイブキだ。
「大丈夫。片手だってできる仕事もいっぱいあるし、ちゃんと働けるようになるまで、私が助けてあげるから」
イブキは堂々と立ち上がり、シキに耳打ちをしてから私を指さして
「いい? わかってると思うけど、絶対安静だからね。生きていれば、きっといいことあるんだから」
それは、蘇生という能力を利用しようとしている私へ注意勧告のように感じた。
○
頭がうまく動かない。
ゾンビに噛みつかれた時の感覚によく似ている
血が、足りていないのだろうか。
考えているのが、面倒になった。
目を閉じた。引っ張られるように私は眠りについた。
しかし、その後すぐに目が覚めた。
全身の痛みに、睡眠の質は極端に劣化していた。
疲れは取れない。
やがてイブキが3人分の食事を運んできた。
そういえば、今は一体何時になるんだろうか?
時間間隔が曖昧になっている。
「炊き出し、シキの分も持ってきたよ」
「……ありがとう」
イブキはシキにスープの入った器を差し出した。
いつの間に仲良くなったんだろう。
「炊き出しなんてやってるのか」
私も少々腹に温かいものを入れたかったので、起き上がって壁に背を持たれた。
イブキは左手に器を持つと、匙で色のついたスープをすくって、
「片手じゃスプーンも使えないでしょ、ほら口開けて」
口元に差し出される一匙の液体。
「一人でも食べられるって」
「何言ってんの。病人なんだから恥ずかしがらなくてもいいんだよ」
「そういう問題じゃない」
普通に恥ずかしいし、落ち込んでないのはイブキには伝わっていないようだ。
困った。
イブキは必死に私のケアをしようと頑張っているが、正直その優しさが辛い。
しかし、利き腕を失うということは一般的には不幸のどん底そのもので、やけになっていると思われても仕方がない。
泣いたり叫んだりしたほうが良かったか? いや大根役者の私には無理だ……。
「無理しなくていいから、ほら」
「……むぅ」
私は断念して目の前にある匙を口に含んだ。
うまいが、それ以上に、恥ずかしい。
そしてシキの冷ややかな目線がつらい。
芋と肉と野菜が少しだけ入ったぬるいスープだった。
このペースでは飲み干すころには冷めてしまうだろう。
「俺左手あるから一人でも食えるって」
「遠慮しなくても大丈夫、少しは人に甘えることも必要だよ。はい、あーんして」
「……なんでそういう結論になる」
器に手を伸ばせば届くだろうが、その前にイブキに遮られるのが関の山だ。
体を動かすたびに奥歯を食いしばっても耐えられない痛みに襲われるのだ、無意味に抵抗すれば体を痛めるだけになる。
私は心を空にしてイブキに食事の裁量を任せた。
たまに口に入ってくる柔らかな穀物は、お湯でふやかされたジャポニカ米のような味だった。
薄い褐色の透き通ったスープのコクのある塩味と深い香気成分は、懐かしい、落ち着く大豆由来の香りに似ていた。
醤油ベースの米スープだこれ……。
「うまいなこれ……もっと普通の時に食べたかった」
体中の痛みと血の匂いがハーモニーを奏でる。食事を与えられるだけの雛鳥に成り下がった私には、心行くまで食事を堪能する余裕はなかった。
最後の一滴まで飲み干すと、イブキが私の口の周りを手巾で拭いてくれた。
「そこまでしなくてもいいって」
「命を懸けて戦ったんだから、少しくらい楽しないとだめだよ」
「ならイブキも少しくらい休め」
「私はいいの! ……私の命を救ってくれたんだから、なにか恩返しさせてよ」
イブキは口を尖らせた。
命を救っただけでこんなに人は変わるのか?
いや、変わる気がする。
私は一人で納得した。
○
イブキは用事があるといって部屋から出ていき、私とシキだけになった。
にぎやかな彼女がいなくなり、一気に会話がなくなった。
しかし、イブキがいては言えないことも多い。
「……なあ、シキ」
「なに」
「あいつ、信用できるか?」
「何が言いたいの」
「あいつの目の前で復活するところ、見せてもいいかなーって。少し考えてる」
言葉を選ばなくてもよいなら、私は右手を失って以降、常に自殺するタイミングをうかがっている。
しかし現在私の死体を複数確認した人間は、私とシキだけであり、むやみにその人数を増やすつもりもない。
シキは否定的だった。
「……だめだよそんなの」
まあ、想定内の意見ではある。
イブキという少女のことはいくらか信用はしているが、まだまだ見ていない部分も多い。慎重を期すのならば、もっと時間をかけて判断をすべきだとも思う。
「でも、いつかは変わらないと」
私は続けた。
「いつまでも隠し通せるとは思わないんだ。どうせいつか、俺はみんなの前で死ぬことになる」
この世界に来てからまだ一週間ほどしか経っていないにもかかわらず、私は三度死に、今はこうして大怪我を負っている。
もう死なないなんて思えなかった。
一度あることは二度ある。
二度あることは三度ある。
恐らく、近いうちに四度目五度目の死を経験するだろう。
全てを隠し通す自信は、私にはなかった。
「……死なないようにすればいいんでしょ」
「そりゃ、そうだけど」
シキの考えは、頑なだった。
「これは、私たちだけの秘密。ほかの人が入る場所なんて、ないんだから」
それは決意のように聞こえた。
○
結論から言えば、私が起きている間に見舞いにはイブキ以外来なかった。
しかしだ。
シキに頼んでリボルバーとハンドガンを見せてもらうと、火薬のカスや削れた弾頭の粉、血や肉などの激しい戦闘で付着した汚れは、綺麗に掃除されていた。
貸してもらった上下二連ショットガンがなくなっていた。
私の意識がなかった時に、サクラかハルカが来ていたようだ。
一応これは、つかみ取った人脈と言ってもいいのだろうか?




