12 THE MERCENARIES
立て続けに爆発が連続して響き渡る。
上層階から常に聞こえていた銃声が、一斉に鳴りやんだ。
厳つい用心棒も、誰もが慌ただしく周囲を見渡している。
私はすぐさま外の様子をうかがおうと、バリケードへと急いでいった。
耳に届く。誰かの叫び、怒号。心がざわつく。
冷たい夜風が向かい風になって入り込む。
材木が軽快な音を立ててパキパキと折れる音がした。
近くで木霊する銃声。
走ってたどり着いて見えたのは、バリケードの向こうに倒れる女性の死体だった。
肌にはまだ弾性があり、赤々とした血を流し、筋肉をぴくぴくさせ、頭部を砕かれ死んでいた。
「次が来るぞ!!」
バリケードの向こうから勢いのついた足音が聞こえる。
単数ではなく、複数。
誰かがリボルバーのハンマーを起こす音が聞こえた。
通路の向こうに見える曲がり角から、人がやってきた。
生存者――? だが、死んでいないのが不思議なほどに、体中怪我だらけ。
次々とやってくる人影たち。
一人は男、一人は女、また一人は子供――いったい何人いるんだ?
発砲音が響き、向こう側にいた男の肩口が砕かれる。
だが誰も歩みを止めない。それどころか、目当てものを見つけたかのように一斉にこちらへと向かってきて、
私はショットガンを構え、トリガーガードにある安全装置を外した。
……彼らはゾンビだ。
どこかで見知ったような顔も、その中には見えた。おそらくこの騒動の中、ネクロマンサーによってゾンビに変えられた村人たち。
新しい死人たちは、雪崩のような勢いで走り出した。
恐るべき勢いで私たちとの距離を詰め、バリケードに押し寄せる。めきめきと音が鳴る。
思考や言葉よりも先に体が動いた。
構えたショットガンをゾンビの頭に向け、躊躇なく引き金に力を込める。
弾の発射と同時に鼓膜を破るような爆音が響く。
強力なリコイルが肩を押し、放たれた散弾は、ゾンビの頭部を柘榴のように容易く砕いた。
黒色火薬の煙が機関部と銃口から吐き出される。
大量の装薬によって生み出された運動エネルギーは、死人の集団の動きを一瞬止めた。
すかさず、もう一発散弾を撃ちこむ。
二つ目のバレルから出ていった散弾の弾道は、私の狙った箇所には届かずゾンビの胸に吸い込まれていった。
が、その圧倒的な破壊力に死体は耐えることはできなかった。
背骨を砕かれゾンビが吹き飛び、ドミノ倒しに他のゾンビも仰向けになっていく。
開閉レバーを押して機関部を開くと空のショットシェルが排莢された。
リロードする。
脳漿や頭蓋骨の破片、歯茎のこびりついた歯が地面に散らばった。
虚ろだが角膜は白く濁ってはなく、まだ生きていた頃を思わせる新鮮な死体の瞳が足元に転がってくる。
周囲にいる用心棒も、次々に銃で応戦を行う。
リボルバー、マスケット、レバーアクション式ライフルなど、使っている銃は様々だ。
弾丸の嵐がゾンビをあっという間に一掃するが、あざ笑うように奥から新たなゾンビの波が押し寄せてくる。
波状攻撃への対応が間に合わず、速度の乗ったゾンビ達の体当たりが第一のバリケードを破壊した。
生き血を求めるかのようになだれ込む死者の群れ。
弾の撃ち尽くした銃を持って逃げる人。
残った弾を撃って応戦する人。
鈍器を振り回してゾンビの頭を砕く人。
生き残りと死者が入り乱れ、大混戦に発展していく。
私もハンドガンに持ち替えて、後ろに構築されている弾を第二のバリケードに向かって下がっていく。
男たちの悲鳴と銃声をかき消すように、男の低い叫び声が聞こえた。
見えたのは2mは軽々と超えてそうな、筋骨隆々の大男である。
黒く変色した肌、肥大化した筋肉と、出血し肉と骨がむき出しになった頭部。
衣服は腰布のみ、肌は露出しており、所々に銃弾を受けて出血しているが、銃創をかばう様子もなく、また痛みに顔をゆがめる気配もない。
ゾンビだ。
巨大なゾンビが床に転がるゾンビを蹴散らし、バリケードを粉砕し、生き残りの用心棒へ殴りかかっていった。
銃弾など意に介さず、拳の一撃で用心棒の一人は吹き飛び、壁のシミへと変わる。
……ゾンビだけでも厄介だというのに……!
一瞬の躊躇もなく、人へ襲い掛かる大量のゾンビたち。
ゾンビ一体一体への対応に追われる用心棒を、巨漢ゾンビは敵味方関係なく、まとめてなぎ倒していく。
私は大男の頭部めがけて、ハンドガンを撃つ。
極限の集中力のおかげか、ピンポイントでゾンビの頭部に着弾したが、血肉の飛沫が上がりすこしよろめいただけ。
私は目を疑った。
ハンドガンでは火力が足りない。すぐさまショットガンに持ち替えた。
胸部に一発を撃ちこむとよろめいた。
銃口を少し下に向けて引き金を引くと、巨漢ゾンビの右膝が吹き飛び倒れ込んで、頭を無防備に晒す。
排莢し、リロード。向けて続けざまに頭に向けて散弾を叩き込むと、派手に中身をぶちまけて、動かなくなった。
○
もう、休みたかった。
昂った神経。手の震えや体の硬直が収まらない。
持久走よりかは楽だが、命のやり取りをする精神的な疲労が尋常ではない。
極限状態だ。
いつゾンビが向こうからやってくるか考えると、不安で不安で仕方なくなる。
恐怖心、孤立している感覚に、悲鳴を上げたくなる。
2つ目のバリケードに戻り、減った体力を回復しつつ、使った弾薬を補充する。
残ったゾンビの相手はほかの人に任せた。
考えるべきことは、次のネクロマンサーの行動である。
……情報が本当に足りない。
敵の戦力について仮定をいくつか。
人を殺すだけなら、毒ガスでも注入すればいいのだろうが、何故かそういう手段には出ないようだ。
単に技術や発想がないのかは分からないが、使うのはゾンビだけだ。
とはいえゾンビに三日三晩寝る暇もなく続けて攻撃されたら我々は簡単に限界を迎えるだろう。村人の死体も再活用しているようだ。
……死体をどこで、どうやってゾンビにしているのだろうか?
よくよく考えれば、バリケードの内側にいるだけではどのようにしてハイヴのネクロマンサーが動いているか、見たことも聞いたこともなかった。
シキに聞くか? ハルカに聞くか?
銃声が上層で移動して聞こえた。
誰かが、歩き回って戦っている。
サクラに貰ったが、マガジンに入りきらず使えなかった弾を補充したおかげで、まだ戦えないこともない。
死ぬかもしれない。
しかし、私は死んでも生き返る。
もしもこの村の人間が皆殺しにあったとしても、私だけが仲間外れだ。
最悪の結末を思い浮かべる。
もしシキのような呑気な人間ではなく、邪な目的を掲げた誰かに、不死の力を利用されるようなことにでもなったら?
「……くそッ!」
「おい! 兄ちゃんどこに行くんだ! おい!!」
私は周囲の制止を振り切って、バリケードの外に飛び出していった。
○
どうせ戦うなら、最後までできるだけ多くのゾンビを殺したほうがいい。
どうせ死ぬなら、誰もいない最前線の奥で死んだほうが都合がいい。
できることなら死にたくない。
だけど、二回死ぬのも三回死ぬのも同じだ。
どうせ死ぬときは一瞬なんだから。
音は立てずに、だができるだけ素早く死体で溢れる通路を進んでいく。
すると、ゾンビが彷徨う炊事場を堂々と、男が死体を担いでよろよろと歩いていた。
手始めにショットガンで腰の辺りを遠くから撃つ。
そういえばゾンビかどうか確認していなかったが、撃たれても悲鳴を上げなかったのでゾンビだ。
銃声に他のゾンビが集まってくるので、狭い通路に引き返し、ハンドガンに持ち替えて片っ端から撃退していく。
疲労困憊。心身ともに健全とは言えなかったが、銃弾の命中率が極端に下がることはなかった。
しかし、判断能力の低下は顕著に感じていた。
炊事場の奥に行くと、死体の下敷きになったゾンビが上半身だけをもがもがと動かし這いずっていた。
周囲には骨盤の破片が散らばっている。
……マジで死体の補充に来てるのか……。
私は近くに転がっている椅子をゾンビの頭に叩きつけ、ゾンビの頭を砕いた。
「誰!?」
いい仕事をしたと汗をぬぐっていると、聞きなれた女性の声がした。
保安官のキズナである。
「でかしたぞソラ君! お手柄だぞ!」
両手に持ったリボルバーを天に突きあげ、場違いなほど無邪気な笑顔をキズナは浮かべていた。
彼女の靴は血でべっとりとしていて、服のいたるところに返り血の点々が付着している。背中側には水平二連ショットガンを持っている。
大体どのくらいゾンビを倒したのか、感覚的に理解できた。
「ソイツが機能するとネクロマンサーが更に勢いづく。奴らに死体の補充をさせては駄目だ」
「厄介なのはこいつ以外にもいます?」
「見かけたら絶対に叩いてほしいのはこいつだけよ!」
キズナは振り返って背後に迫っていたゾンビを目にもとまらぬ速さで撃ちぬいた。
私は理解した。年季が違う……!
「ソラくん! 弾の準備は万全か!?」
「そこそこっす!」
「よろしい! 私についてきて!」
共闘する流れとなった。
まさかとは思うが、この村で一番戦えるのが私たち2人だけ?
○
即席のコンビネーションだが、キズナの圧倒的技量のおかげで案外うまく連携が取れたような気がする。
彼女が率先してゾンビを倒し、リロードの隙を私がカバーする。
どれだけ予備の弾薬を抱えているかは知らないが、弾切れを気にしている様子は見られなかった。
「ソラくん! 私弾切れ!」
「了解!」
キズナはローディングレバーを引き倒すと、ピンを引きシリンダーを外して、弾薬装填済みのスペアシリンダーに交換する。
リボルバーとは思えない刹那の早業に、私の援護なんていらないように思えた。
階を1つ上がるとより一層ゾンビの質と数が上がった。
ゾンビを蹴散らして突き進むと、村のなかでは一番出入り口に近い集会場に出た。
大量にたむろしている新鮮なゾンビと、遠くから聞こえる巨漢ゾンビの重なる咆哮。
キズナは二丁拳銃を二方向に構え、素早く、的確に遠距離から頭部を撃ちぬいていく。
その時、遠くから妙な音が聞こえた。
手持ち花火が燃えるような、妙に高く特徴的で長く持続する音。
手にダイナマイトを持ったゾンビが、私たち2人めがけて一目散に走ってきた!
「ネクロマンサーの本領発揮だ……! ここで押し返すぞ!」
発破用のダイナマイトをハイヴのネクロマンサーが持っていることは、今まで度々聞こえた爆発音から推測することは可能だった。
攻撃に転用することは意外だったが、動揺は少なかった。
とはいえ、新たな脅威の出現に判断を迫られる。
別方向からは、巨漢ゾンビが二体。
圧倒的な物量と火力が、私たちに襲い掛かる。
「ソラ君は普通のゾンビを倒して!」
キズナは私に指示を出すと、遠くにいるダイナマイトを持ったゾンビの頭を真っ先に撃ちぬいた。
その間にも迫る大量のゾンビ。キズナを守るべく、無駄弾なんて気にせずに片っ端から死人の頭に向けて私はトリガーを絞った。
巨漢ゾンビが足音を鳴らしながら広場を横切る。
その太い腕でテーブルを持ち上げると、私に向かって投擲したのだった。
キズナは動くことのできなかった私を突き飛ばし、崩れた姿勢のまま構えたショットガンを撃った。
狙ったのは巨漢ゾンビの一体、盛り上がった左の胸筋にソフトボール大の大穴が開いた。
その時、倒したゾンビが持っていたダイナマイトが爆発した。
吹き飛ぶ何人もの死者。
間近で炸裂した爆発音に、耳がイカれる。
平衡感覚もダメになっている。しかし私が前後不覚になっていても、ゾンビは機械のように私たちをめがけてやってくる。
キズナは何も影響を受けなかったかのように、ゾンビに向かって銃を撃ち続けていた。
銃声も何も聞こえない。
立ち上がるが、頭がふらつく。
ハンドガンは手放していなかった。
向かってくるゾンビに銃口を向けるが、照準が安定しない。
麻痺した頭でゾンビに向かって引き金を引き続けると、あっという間にマガジンが空になった。
リロードする暇はないように感じた。
ショットガンに持ち替える。
遠くに、ダイナマイトの火花が見えた。
ショットガンを構え、リアサイトでしっかりゾンビを狙って引き金を押した。
一発は外れた。二発目は当たった。ゾンビが崩れるように倒れた。
リロードするべく銃身を折ると、向こうから複数体ダイナマイトを持ったゾンビがやってきた。
キズナが私の近くに寄ってきて、肩を叩いた。
「弾切れた。ちょっと借りるよ」
彼女は私のリボルバーとショットシェルを勝手に持っていくと、私の肩を掴んで後ろに後退していった。
前から巨漢ゾンビが、ほかの死者をなぎ倒しながらこちらに向かってくる。
私たちは背後の狭い通路に逃げ込むが、ゾンビたちは通路を埋め尽くすように押し寄せてくる。
キズナが私のリボルバーで、正面の巨漢ゾンビの両目を素早く射抜いた。
続けて、水平二連ショットガンで膝を打ち砕き、動きを止める。
通路をふさぐように、巨漢ゾンビが倒れる。
キズナの双眸が私に向いた。
アイコンタクト。その意味するところは、簡単に理解できた。
私は間をすり抜けてくるゾンビを撃ち殺し、通路を死体の山を築き上げゾンビをせき止めるべく、撃って撃って撃ちまくった。
基本的なゾンビはともかく、巨漢ゾンビやダイナマイトを持ったゾンビは、お互いに被害を与えることがある。
原因は分からないが、とにかく利用できるものは利用するべきだ。
死体の山に足止めを喰らって、ゾンビの動きがわかりやすく鈍る。
乗り越えようとするゾンビを撃ちつつ、隣のキズナの合図を待つ。
ダイナマイトが爆発するまで、あと何秒?
次に備えるためにリロードしていると、その時がやってきた。
キズナは私の腕を掴んで、通路の脇にあった部屋に逃げ込み、扉を閉めた。
両耳に指を突っ込む。口を大きく開ける。目を残りの指で覆って、伏せた。
扉の向こうで、大爆発が起こった。
○
ゾンビの足音も銃声も聞こえなくなったのは、鼓膜が破れたからではない。
耳鳴りは収まり、高まった心臓と隣を歩くキズナの立てる音だけが聞こえる。
爆心地に行くと、壁や家具などは粉々に砕け散り、いたるところにゾンビの頭部や四肢、内臓が飛散していた。
爆風の影響で天井と床に大穴が開いていて、地形も変わっておりいたるところに瓦礫が山になり、砂煙も舞い上がり視界は劣悪だ。
「……すげぇなこれ」
凄いというのは、作戦が型にはまってきっちり大量のゾンビを全滅することができたということと、甚大な被害をもたらしたほとんどの要因はもともと私たちを殺すために差し向けられていたものであるという事実だ。
惨状を確かめるべく、私は前に進んだ。
「ちょっと。もう弾が全然ない! いったん引き返そう!」
「……すみません。あと少しだけ、先を見ておきたいんです」
「ダメだ――」
キズナが言葉を言い終わる前に、通路の上の瓦礫が崩れ、何かが振ってきた。
聞こえる、導火線の燃える音。
「――っ!」
決定的な人影や火花が見える前に、キズナは私の腕を持って走り出した。
低い体勢のまま、ゾンビが全力疾走でこちらに迫りくる。
数は何体? 私は後ハンドガンの弾は何発持っている?
引っ張られながら感覚的に狙いをつける。
撃った。一発、二発、三発。当たった。
もう一体に銃口を向ける。
被弾も厭わず、直進してくるゾンビに向かって撃ち続ける。
心ではわかっていた。
だが、諦めず足掻くことを決めた。
遠くに見えた導火線が、もう決定的に短くなっているのが見えた。
脳裏に浮かんだのは、元の世界の記憶だった。
両親のもとで生まれ育ち、幼稚園や小学校で友人と遊んだり、笑ったり、勉強に苦しんだり、テレビを見て笑ったり泣いたり――
分別のない記憶が洪水のように頭の中にあふれ、いっせいに再生が始まった。
走馬灯。
通常では考えられないほどの思考速度に時間認知が歪み、体感時間が無限に引き延ばされる。
目の前の危機的状況に、自分はもう死ぬのだ、と確信した。
最後の予備マガジンを手に取って、私は――




