この世界好き?
ゲームの中の私は、十八歳になった。
『サラ、ドレスの仕立てが上がってきたわよ』
お母様が、うれしそうに淡い桜色のドレスを広げる。明日は、王宮で開かれる社交界デビューのダンスパーティだ。
『おまえが嫁に行く日のことを考えると、父は胸が……胸が……』
『父上、まだデビューです。婚約者は決まっていますが、結婚はまだ先です』
眼鏡を押し上げながら、お兄様のルーカスが冷静にツッコむ。
部屋の隅には、いつものようにアルフレッドが控えていた。二十四歳になった彼は、すっかり立派な騎士だ。
『お嬢様。明日はくれぐれも、会場で芋の話をなさいませんように』
「しないよ! ……たぶん」
『たぶん、ですか』
画面の中で、家族が笑っている。
にぎやかで、あたたかくて、私はつい、画面に向かって「おやすみ」と言ってしまった。
◇
三月の中庭は、まだ少し寒い。
卒業式まで、あと一週間。ベンチに並んで座る紬と私の吐く息は、まだほんのり白かった。
「デビュー、明日なんだよ。ゲームの中で」
「知ってるわ」
「ドレスね、桜色なんだよ。お母様が選んでくれたの。すっごいかわいいの」
気づけば、私はゲームの中の家族の話ばかりしていた。お父様が過保護なこと。お兄様が苦労人なこと。アルが相変わらず嫌味なこと。
紬は、ずっと黙って聞いていた。
それから、ぽつりと言った。
「ねえ、咲良。あなたは、この世界が好き?」
「え?」
この世界。
ゲームの世界のことだと思って、「大好きだよ!」と答えようとした。でも、紬の目を見て、言葉が止まった。
紬が聞いているのは、たぶん、こっちの世界のことだ。
「……好き、だよ」
口から出た声が、思ったより小さかった。
「叔母さんたちは優しいし。友だちもいるし。バイト先の店長も、いい人だし」
うん。好きだ。嫌いじゃない。
でも。
「でもね。お父さんもお母さんも、もういないし。大学も、諦めちゃったし。卒業したら働くけど、自分に何ができるのかも、よくわかんないんだ」
笑って言おうとしたのに、うまく笑えなかった。
「なんか、どうしたらいいかなーって。ずっと思ってる」
ひゅう、と冷たい風が吹いた。
紬は何も言わなかった。ただ、私の手に、そっと自分の手を重ねてきた。
その手は、あの携帯みたいに、ほんのりあたたかかった。
◇
「……昔ね、おばあちゃんが、よくお話をしてくれたの」
なんでそんなことを話し始めたのか、自分でもわからない。
「寝る前に、おとぎ話。遠い遠い国のお話。聖女様がいて、騎士様がいて、悪い魔物がいて。……細かいところは、もう覚えてないんだけど」
ゲームの地図を初めて見たとき、懐かしいと思ったのは、そのせいかもしれない。
「おばあちゃんとおじいちゃん、すごく仲良しでさ。おじいちゃんはね、髪が真っ白なんだけど、お日さまに当たると、ちょっとだけピンク色に見えたの」
そうだ。思い出した。
縁側で、おじいちゃんの膝の上に乗って、私は言ったんだ。
──おじいちゃんの髪、桜色だね。
そしたら、おじいちゃんはうれしそうに笑って、おばあちゃんのほうを見た。おばあちゃんも、笑っていた。
「……そっか。だから私、ピンクにしたかったんだ」
ぽつりとつぶやいて、隣を見る。
紬が、泣いていた。
「え、ちょ、紬!? なんで!? 私、変なこと言った!?」
「……いいえ」
紬は涙をぬぐいもせずに、首を横に振った。光の加減で色の変わる瞳から、ぽろぽろと雫がこぼれていく。
「ありがとう、咲良。……話してくれて」
それから紬は、まっすぐ私を見た。
初めて会ったあの日と同じ、ずっと探していたものを見つけたみたいな目で。
「ねえ、咲良。どうしたらいいかわからないなら」
重ねられた手に、ぎゅっと力がこもる。
「──あっちに行って、あの世界を助けて」




