↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重
瘴気と戦争

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/69

第三部 閑話 逃げ道 (ライザ)

 お嬢様が北へ行って、十日。

 私は、北側の診療所で、芋の皮をむいていた。

 今日は、非番の日だ。でも、お嬢様もイザベラ様もいない診療所が気になって、結局、朝から来てしまった。お嬢様に「任せてください!」って、胸を叩いたんだもの。

 ……それに。

 屋敷にいると、つい、考えてしまうから。

「──ライザ先生、この芋も?」

「そうそう! ぜんぶむいちゃって! ……あと、私は先生じゃないからね!」

 子どもたちが、きゃあきゃあ笑いながら、芋をかかえて走っていく。

 イザベラ様が「先生」と呼ばれていたから、その代わりに私が「先生」になってしまったらしい。子どもって、そういうところ、ちゃっかりしてる。

 私は、笑いながら、またひとつ、芋を手に取った。

 ──そのとき。

「──手伝うよ」

 すぐ横から、声がした。

 やわらかい、ゆったりした声。

 ……知ってる。ぜったい、知ってる声。

 おそるおそる、顔を上げる。

 地味な灰色の外套。帽子を深くかぶって、そのすきまから、金色の髪が、ちょっとだけのぞいている。

 その人は、私の隣の木箱に、ちょこんと腰を下ろして、もう、芋をひとつ手に取っていた。

「……で、で、殿……!?」

「しーっ。今日は、ただの手伝いの、セドだよ」

 その人は、人差し指を唇に当てて、にこりと笑った。

 いつもの完璧な笑顔だった。でも、ちょっとだけ、いたずらっ子みたいな笑い方だった。

「た、ただのセドさんは、そんなきれいな金色の髪してないです!」

「うん。だから、帽子をかぶってきたんだけどね」

「ちょっと、はみ出てます!」

「あらら」

 殿下は、まったく気にした様子もなく、小刀で芋の皮をむきはじめた。

 ……うまい。

 王子様なのに、皮が、するすると、一本につながっていく。

「……殿下、どうして、芋の皮むきなんか……」

「練習したからね」

「練習!?」

「王宮の厨房で。この三日間。……厨房長に、ものすごくいやな顔をされたけど」

 ……三日間。

 王子様が。王宮の厨房で。芋の皮むきを。

 なんで。

 どうして、そんなこと。

 診療所に来るために? 私の隣で、芋をむくために?

 ……いやいやいや。

 そんなこと、あるはずがない。

 私は、ぶんぶんと首を振って、芋に向き直った。

 そのあいだに、自分の芋の皮が、ぶちっと切れた。

◇

 ふたりでむいた芋は、いつもの倍の速さで、籠いっぱいになった。

 殿下は、そのあとも、水を運んだり、子どもたちに手の洗い方を教えたりしていた。子どもたちは、すっかり「セドにいちゃん」と呼んで、なついていた。

 ……セドにいちゃん。

 王子様を。

 もう、どうしたらいいのか、わからない。

 夕方。診療所の片づけを終えて外に出ると、殿下が、入り口の横の壁にもたれて、待っていた。

「……送っていくよ。公爵家まで」

「えっ、い、いえ! ひとりで帰れますから!」

「うん。知ってるよ」

 殿下は、にこにこしながら、私の隣に並んで、歩きはじめた。

 ……知ってるよ、じゃなくて。

 夕焼けの下町を、ふたりで歩く。

 市場の前を通ったとき。屋台のおばさんたちが、ひそひそ話しているのが、耳に入ってきた。

「──聞いたかい。第二王子さまのご縁談、隣の国のお姫様と、そろそろ決まるんじゃないかって」

「そりゃあ、王子さまだもの。きれいなお姫様がお似合いだよ」

 ……ちくっ。

 胸の奥が、小さく、痛んだ。

 隣を歩いているのに。その人が、すぐそこにいるのに。

 足が、つい、止まっていた。

「……ライザ?」

「……殿下。ご縁談、たくさん来てるんですよね」

 口が、勝手にしゃべっていた。

「隣の国のお姫様とか。……こんなところで、芋なんかむいてて、いいんですか」

 殿下は、立ち止まって、私を見下ろした。

 夕焼けの中で、青い瞳が、ほんの少しだけ、細くなった。

「──全部、断ったよ」

「……えっ」

「隣の国のも。……全部。ひとつのこらず」

 ……。

 胸の奥のちくっが、すうっと、とけていくのがわかった。

 ……なんで。

 なんで、今、ほっとしたんだろう。

「……どうして、ですか」

「芋を半分こする約束が、まだだから。……君が言ったんだよ。芋畑で。『今度また、半分こしましょうね』って」

 ……あ。

 言った。たしかに、言った。

 どうしていいかわからなくて、なんて言えばいいかわからなくて、とっさに口から出た、あのひとこと。

「僕はね、ライザ。あれを、君からもらった、いちばん最初の返事だと思ってるんだけど。……ちがった?」

「だから、あの約束が果たされないかぎり、ほかの誰との縁談も、受けるつもりはないよ」

 殿下は、にこりと笑った。

 いつもの、完璧な笑顔。

 なのに、その青い瞳だけは、少しもまばたきをしないで、じっと、まっすぐに、私だけを見ていた。

「……それにね、ライザ」

 殿下が、一歩だけ、近づいた。

「君が今、いちばん気にしていること。……身分とか、お嬢様に申し訳ないとか、王宮の人たちがとか。それから、お母さんのこととか」

 ……どうして。

 どうして、それを。

「ひとつずつ、片づけているところだから。……安心していいよ」

 殿下の声は、どこまでもやさしかった。

 やさしくて、ゆったりしていて。

 なのに、なぜか、背中が、ぞくりとした。

「……逃げても、いいよ。ライザは、足が速いからね」

 殿下は、夕焼けを背にして、もう一度、にこりと笑った。

「でも、逃げる場所は、もう、あまり残ってないと思うけどね」

◇

 公爵家の裏口で、殿下と別れたあと。

 私は、厨房に、ものすごい勢いで飛びこんだ。

「──お母さん!!」

「おや。おかえり、ライザ」

 お母さんは、大鍋をかきまぜながら、振り向きもせずに言った。

「……お母さん。殿下、ここに来た?」

「来たよ」

「……いつ!?」

「この前。あんたがお嬢様のお供で、診療所に行ってたときにね」

 お母さんは、おたまを置いて、やっと振り向いた。

 そして、にんまりと、笑った。

「……あたしはね、口は出さないって約束したから。何も言いやしないよ」

「そ、そんな……!」

 ……お母さんも。

 そういえば、この前、ルーカス様が、めずらしく私を呼び止めて、「非番の日は、診療所に顔を出すといい。子どもたちが喜ぶ」って言った。……殿下は、どうして、今日が私の非番の日だって、知っていたんだろう。

 大叔母様も。おととい、急にお部屋のお茶に呼ばれて、「あなた、お母様のこと、どう思っているの?」なんて、聞かれた。

 奥様も。廊下ですれちがうたびに、にこにこして、「あら、ライザ。もうすぐね」って。何が、もうすぐなんだろう。

 旦那様なんて、私の顔を見るたびに、ハンカチを握りしめて、目をうるませている。

 ……みんな。

 みんな、知ってる。

 もう、どこもかしこも。

 ──逃げる場所は、もう、あまり残ってないと思うけどね。

 あの声が、耳の奥で、やさしく、ゆったりと、よみがえる。

 私は、厨房のすみっこにしゃがみこんで、両手で、真っ赤な顔を覆った。

 ……お嬢様。

 早く、帰ってきてください。

 私、もう、どうしたらいいのか、わかりません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。