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ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重
瘴気と戦争

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第三部 百年かかるぞ

「──お嬢。また、眉間にしわ寄ってるぞ」

 村から先は、馬車の通れる道がない。だから、ここからは、ひとりずつ馬に乗っていくことになった。

 馬の上で、ぼんやりしていたら、すぐ横から声がした。

 マークだった。自分の馬を、私の馬に並べて、のんびりと手綱を握っている。

 魔獣が北側の診療所を襲撃した時には、トマスさんの前に乗せてもらっていたのに。いつのまにか、ひとりで乗れるようになっていた。

 北の村へ向かう、三日の道。

 先頭には、王宮騎士団の第二小隊。そのいちばん前で、白と紺の背中がふたつ、並んで馬を進めている。

 ……それを見ないようにしていたら、いつの間にか、眉間に力が入っていたらしい。

「……寄ってないよ」

「寄ってる。三本。……あと、フードから、また髪が出てる」

 マークは、馬上からひょいと手を伸ばして、私のフードの端を、ぎゅっと引っ張った。

「桜色は、目立つんだよ。このあたりの村の連中に、でかでかと『王都の聖女が来ました』って触れ回る気か」

「……ごめん」

「謝るようなことじゃねえよ」

 マークは、懐から小さな袋を取り出して、中の干した果物を、ひとつつまんで、私の手のひらに放りこんだ。

「それ食っとけ。昨日から、ほとんど食ってねえだろ」

「……見てたの?」

「見てるのが仕事だからな」

 ……そういえば、そうだった。

 干した果物は、ちょっとだけ酸っぱくて、それから、じんわりと甘かった。

「……おいしい」

「だろ。ばあちゃんの特製だ」

「マークのおばあさん、元気? 井戸の輪、まだ続けてるかな」

「続けてるどころか、北側の連中を仕切ってんよ。『あたしが一番弟子だ』って、えらそうによ」

「ふふっ……」

 思わず、笑っていた。

 笑ったら、肩に入っていた力が、少しだけ、ゆるんだ。

 マークと話していると、いつもそうだ。

 はじめて会ったときは、貴族のお嬢様なんか信用できるかって顔をしていたのに。今では、口は悪いけど、いちばんに、私のことを「聖女」として、まっすぐに見てくれる人になっていた。

「……マーク。ありがとうね」

「なにがだよ」

「……いろいろ」

「お礼は全部終わってからにしろって、何回言えばわかんだよ、お嬢は」

 マークは、そっぽを向いて、鼻を鳴らした。

 ふと、先頭のほうを見ると。

 黒い髪の背中が、ちょうど、こちらを振り返ったところだった。

 目が合う前に、すっと、前を向き直した。

 ……気のせい、かな。

◇

(野営の夜 ──アルフレッド)

「──マーク。少し、いいか」

 焚き火から離れた、馬をつないだ木立の陰で。

 馬の世話をしていたマークを、呼び止めた。

「……なんだよ。改まって」

「……公爵家のご令嬢との距離を、考えろ」

 マークの、馬をなでる手が、止まった。

「……は?」

「馬上からフードに触れる。手のひらにものを渡す。……他の騎士たちも見ている。あの方に、噂が立つ」

 自分の声が、思ったよりも、低かった。

 マークは、しばらく、じっと私の顔を見ていた。

「……噂、ねえ」

 緑の瞳が、すうっと細くなる。

「それ、騎士団の連中が気にしてんのか。……それとも、あんたが気にしてんのか」

「……………」

「……は? まさか、あんた。俺が、お嬢に気があるとでも思ってんのか?」

 答えられずにいると、マークは、ぽかんと口を開けて。

「……ぶっ」

 ふき出した。

「……何がおかしい」

「いや、だってよ。俺が? お嬢に? ……ねーよ。天地がひっくり返っても、ねーよ」

 マークは、腹を抱えて、ひとしきり笑った。

 それから、ふっと、笑いを引っこめた。

「……あいつのことは、聖女としちゃ、認めてる。ばあちゃんを助けてもらったし、北側の連中も、子どもも。……だから、あいつがぶっ倒れないように、見てる。それだけだ」

「…………」

「てかよ。あんたこそ、どうなんだよ」

 マークの緑の瞳が、じろりと、私を見た。

「あの女と、いい感じなんだろ。紺色の」

「……は?」

「この間の夜。井戸のとこで。あの女が、あんたにあったかいもん持ってきて、ふたりで黙って空見てただろ。……見たぜ」

 マークは、一度、言葉を切った。

「──お嬢と、一緒にな」

 ……。

「……一緒に、だと?」

「お嬢はな、あの夜、あんたに声かけに行ったんだよ。眠れねえって、ひとりで。……で、あの女が、あんたのそばに座ってんの見て。家の陰で、しばらく立ちどまって、それから、黙って引き返した」

 ……。

 頭の中が、真っ白になった。

 あの夜。私は、井戸の前で、北の空を見ていた。カミラが、何も言わずに、温かい器を置いていった。それを、何も考えずに、受け取った。

 その、すぐ後ろに。

 あの方が、いた。

「……カミラとは、そういうのではない」

「あんたがそう思ってても、向こうがどうかは知らねーよ。……それに、お嬢からどう見えてるかは、もっと知らねーだろ」

 ……。

 言い返せなかった。

 マークは、馬の首を、ぽんと叩いてから、こちらに向き直った。

「あのな。俺は、市民の生まれで、貴族のことなんてよくわかんねーけどよ」

 緑の瞳が、まっすぐだった。

「好きなら、身分なんか関係ねーだろ」

「…………」

「言わなきゃ、伝わんねーし。しかもよ」

 マークは、焚き火のほうを、あごでさした。

 そこでは、桜色の髪が、納得いかない顔でトマス殿に何か言い返しながら、豆のスープをおかわりさせられていた。

「あいつ相手に、回りくどいことなんかしてたら、百年かかるぞ。……自分のことになると、あれだけ鈍いやつ、王都中さがしても、いねーよ」

「…………」

「それだけだ。俺は、もう寝る」

 マークは、ひらひらと手を振って、焚き火のほうへ歩いていった。

 そして、一度だけ、振り返らずに、言った。

「──あんた、今、あいつにどんな顔させてるか、ちゃんと見とけよ」

 木立の陰に、私だけが残された。

 焚き火の向こうで、桜色の髪が、トマス殿に、二杯目のスープを押しつけられて、笑っていた。

 ……笑っている。

 でも、王宮の中庭で見た、あのきれいな、つくった笑顔だった。

 こちらを、一度も見ない。

 ──家の陰で、しばらく立ちどまって、それから、黙って引き返した。

 私は、自分の胸の内ポケットに、そっと手を当てた。

 お嬢様からの手紙と、干し芋の包み。

 ……何を、しているんだ。私は。

◇

 三日目の夕方。

 北の森の、すぐ手前の丘の上から、その村が見えた。

 小さな村だった。石積みの家が、十軒ほど。

 でも、そのまわりに。

 人がいた。

 何百人も。村の広場から、あふれるように。畑のあぜ道にも、森の入り口にも。

 みんな、北を向いて、ひざまずいていた。

 北の空。すぐ頭の上に見える、あの細い線に向かって。

「……せいじゃさま。せいじゃさま。せいじゃさま……」

 何百もの声が、同じ拍子で。同じ高さで。低く、低く、地鳴りのように。

 鑑定の目を開くまでもなかった。

 ひざまずいた人たちの背中から、桃色と黒とがもつれたもやが、糸のように立ちのぼり、そのすべてが、北の空の細い線へと、ゆらゆら、吸いよせられていく。

 井戸の輪と、同じだった。

 みんなの光が、結界へと昇っていく。

 ただ、ひとつだけ、ちがう。

 結界に届いた光は、細い線を、縫い合わせるのではなく。

 内側から、じわじわと、押し広げていた。

「……新月まで、あと、二日だ」

 隣で、マークが、低くつぶやいた。

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