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ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重
瘴気と戦争

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第三部 井戸のそばの夜

 集会所の炉の火が、ぱちぱちとはぜていた。

 大鍋の中では、トマスさんが作った、豆と根菜のスープが、ぐつぐつと煮えている。村の人たちが、お礼にと分けてくれた食べ物と、私たちが王都から持ってきた干し肉。

「──どうぞ! 警護隊仕込み、トマス特製です!!」

「……ただの豆のスープだよな」

「豆のスープです!!」

 王宮騎士団の騎士たちが、くすくす笑いながら、器を受け取っていく。

 第二小隊は、今夜、この村に泊まることになった。羊の魔獣が出たばかりなのだから、当然だ。

 ……当然だけど。

 私は、器を両手で包んだまま、炉の向こう側を、そっと見た。

 アルが、壁に背をつけて、座っていた。

 その隣に、当たり前のように、カミラさん。

「──ちょっと。それ、私のパンでしょう」

「お前が、さっきいらないと言っただろう」

「いらないとは言ってないわよ。『あとで』って言ったの」

「……半分でいいか」

「いいわよ。あんた、だんだんわかってきたじゃない」

 ……半分。

 私は、器の中のスープを、じっと見つめた。

 豆が、ひとつ、ぷかりと浮いていた。

「……サラフィーナさん。食べないと、冷めますわよ」

 隣で、イザベラ様が、小さな声で言った。

「……うん」

「……さっさと言えばいいのに。あなたも、あの人も」

「……い、言うって、だから、だれに、なにを……」

「…………はぁ」

 イザベラ様は、それ以上何も言わずに、深い深いため息をついた。

 それから、すっと自分のスープを飲んで、ちらりと、炉の向こうではなく、王都のある南のほうの暗い窓を見た。

 ……イザベラ様も、まだ、疲れてるのかな。

◇

「──サラフィーナ様。少し、よろしいですか」

 食事のあと。井戸の水で器を洗っていると、後ろから声をかけられた。

 紺色の短い髪。カミラさんだった。

 カミラさんは、自分の器を手に、私の少し横に、ひざをついた。いっしょに器を洗うつもりらしい。

「……はい」

「先ほどの羊のこと。……正直、驚きました。王宮でお目にかかったときは、守られていらっしゃるだけの方だと、思っておりましたので」

 まっすぐな言葉だった。失礼なはずなのに、不思議と、いやな感じはしなかった。

「……よく、言われます」

「でしょうね」

 カミラさんは、少しだけ笑った。それから、器を洗う手を止めた。

「……アルフレッドのことです」

 井戸の水面に、松明の火が、ゆらゆらと映っていた。

「彼は、もともと口数の少ない男ですが。……村をまわって、あの光を注がれた人たちを見るうちに、ますます、何か考えこむことが増えました。家族の顔がわからなくなった母親の前で、ずっと、立ちつくしていたこともあります。夜も、ほとんど眠っていないようです」

 ……。

「何も言いません。弱音も、ひとつも吐かない。……でも、私は、それでいいと思っています」

 カミラさんは、井戸の水面を見つめたまま、言った。

「何も言わなくても、隣で、その背中を支える。……それが、組んでいる者の役目ですから」

 ……背中を、支える。

「それに」

 カミラさんが、ようやく、私のほうを見た。深い青の瞳が、まっすぐだった。

「あれほどの腕を、ひとつのお屋敷の護衛のまま終わらせるのは、もったいない。……サラフィーナ様も、そう思われませんか」

「……え」

「彼なら、もっと上へ行けます。王宮騎士団の、そのずっと上まで」

 カミラさんは、器を持って、すっと立ち上がった。

「……失礼いたしました。おやすみなさいませ、サラフィーナ様」

 紺色の髪が、夜の向こうへ、すたすたと遠ざかっていく。

 私は、洗いかけの器を持ったまま、動けなかった。

 ……守られてばかりじゃ、だめだと思っていた。今度は、私がアルを支えたいと思っていた。

 でも。

 私は、アルの背中を、支えられているんだろうか。

 ──待っていてください。

 ──待ってる。ずっと、待ってるから。

 あの夜、そう約束した。うれしかった。今も、うれしい。

 でも、それは、アルを、公爵家に。……私のところに。ずっと、縛りつけておくことに、ならないだろうか。

 彼なら、もっと上へ行けます。

 井戸の水が、冷たかった。

◇

 夜が更けて、村が静まりかえったころ。

 私は、眠れなくて、そっと集会所を抜け出した。

 村の真ん中の井戸。桃色の布をかけた、粗末な祭壇。

 その前に、ひとつの影が、剣を抱いて座っていた。

 ……アル。

 声をかけようとして、足が止まった。

 井戸の向こうから、もうひとつの影が、湯気の立つ器を持って、近づいてきた。

 紺色の、短い髪。

 カミラさんは、何も言わずに、その器をアルの横に置いた。アルも、何も言わずに、それを取った。

 カミラさんは、アルの隣ではなく、少しだけ離れた井戸のふちに、腰を下ろした。そして、ふたりとも、黙ったまま、北の空を見上げていた。

 何も言わなくても、隣で、その背中を支える。

 ……私は、家の陰で、しばらく、その背中をふたつ、見ていた。

 それから、そっと、来た道を引き返した。

 今、私が行ったら。きっと、アルは、立ち上がって、「サラフィーナ様。夜風はお体にさわります」と言う。そして、私を見送ったあと、また、ひとりで、眠らないまま、考えこむ。

 ……それなら。

「──行かねえのか」

 家の角を曲がったところで、闇の中から、小さな声がした。

 行商人の格好のマークが、壁にもたれて立っていた。

「……マーク。いつから」

「今、戻ったとこだ。……で、行かねえのか」

「……うん。今夜は、いい」

「……そうかよ」

 マークは、それ以上、何も言わなかった。

 緑の瞳が、いつになく、硬かった。

「……聖者の行き先が、わかった」

「……どこ?」

「ここから、北へ三日。国境沿いの、いちばん奥の村だ。……北の森の、結界の、ほとんど真下にある村だよ」

 マークは、一度、唇をかんだ。

「そこに、あの爺さんが治して回った村々の連中が、少しずつ集められてる。……『次の新月の夜、女神の奇跡を見せてやる』って、そう言ってな」

 ……結界の、真下。

 桃色の光を注がれた、たくさんの人たち。

 ふと、井戸のまわりの、あの輪を思い出した。

 手をつないで、守りたいものを思い浮かべる。たくさんの小さな光が、結界へと昇っていく。

 もし。

 それと同じことを。

 桃色と黒の光を注がれた人たちで、やったら。

「……結界を、内側から、壊すつもりだ」

 自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。

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