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ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重
第二部 結界編

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第二部 閑話 つないだ手 (ライザ)

 お嬢様が、目を覚まさない。

 北の森から帰ってきて、今日で、十日。

 朝、お部屋のカーテンを開ける。お嬢様のお顔を、お湯でしぼった布で、そっとふく。桜色の髪を、ゆっくりとくしでとかす。窓辺の花を、新しいのに替える。

 お嬢様の好きな花は、わかっている。花屋さんのきれいな薔薇より、野原に咲いている、小さくて丈夫な花。あと、芋の花。芋の花は、花瓶にはちょっと飾りにくいけど。

「……お嬢様、今日はいいお天気ですよ」

 返事はない。

 でも、毎朝、話しかける。お嬢様が目を覚ましたときに、いちばんに「おはようございます」を言うのは、私だから。

 ……たぶん。

 扉の外に、一日じゅう立っている人がいるので、ちょっと、あやしいけど。

◇

 公爵家の侍女の仕事は、お嬢様のお世話だけじゃない。

 お客様のお茶の支度。お屋敷じゅうの花の手入れ。奥様のお友達へのお返事の代筆。いろいろある。

 お嬢様が眠っているあいだにも、公爵家には、たくさんのお客様が来た。お見舞いの貴族の奥方たち。北側の人たちから届く、野の花の束。

 その日の午後も、奥様のお客様に、応接室でお茶をお出ししていた。

 どこかの伯爵家の、きれいな令嬢がふたり。ひそひそと、でも楽しそうに、話している。

「……それにしても、セドリック殿下のあの夢中ぶり、ご覧になった?」

「ええ。北の森で、あんなに必死なお顔で。やっぱり、婚約者のサラフィーナ様のためなのよねぇ」

「お似合いよねぇ。王子様と、桜色の聖女様。絵本みたい」

 ……ちくっ。

 紅茶を注いでいた手が、ほんの少しだけ、ぶれた。

 あ、あぶない。こぼすところだった。

 いつもなら、こんなこと、絶対にないのに。

「……失礼いたしました」

 ちゃんと笑顔で、お辞儀をして、応接室を出た。

 廊下に出てから、私は、自分の胸のあたりを、そっと押さえた。

 ……なんでだろう。

 殿下とお嬢様がお似合いなのは、本当のことだ。お嬢様が幸せになるのは、私のいちばんの願いだ。

 なのに。

 どうして、今、ちくってしたんだろう。

◇

 その夜。

 お嬢様の寝台のそばの椅子で、縫い物をしながら、私は、北の森のことを思い出していた。

 ──手を、つないで!

 お嬢様がそう叫んだとき、私の隣にいたのが、たまたま、殿下だった。

 だから、何も考えずに、手を差し出した。「殿下も、どうぞ!」って。

 殿下は、一瞬だけ、私の手を見つめて、それから、そっと握り返してくれた。

 ふるえていた。殿下の指が。

 王子様なのに。いつも、あんなに、よゆうで笑っている人なのに。

 ……あのとき、私、「あれ?」って思ったんだ。

 なにが「あれ?」なのかは、わからなかったけど。

 だって、すぐに結界の光が、ぶわぁってなって、それどころじゃなくなったから。

 私は、針を止めて、自分の右手を見つめた。

 殿下とつないでいたほうの、手。

 ……まだ、ちょっと、あたたかい気がする。十日もたってるのに。

 そんなはず、ないのに。

◇

 いろいろ、思い出してしまう。

 診療所で、狼から私をかばって、背中を大けがした殿下。

 あのとき、抱きこまれた腕の中は、すごくあたたかくて、すごく、心臓の音が速かった。たぶん、私のじゃなくて、殿下の。

 薬を飲んでくださいって押しつけたら、やっぱりちょっと苦い顔をして、それでも全部飲んでくれた。

 泣いてた。九つのあの日と、おんなじ顔で。

 ──芋を、踏ませたくなかったから、かな。

 あれ、どういう意味だったんだろう。

 香草茶を選んだときも。お嬢様に相談して、それから、厨房で、なんだかすごく時間がかかった。いちばんいい葉っぱを選んで、あっためて、よく眠れるように。手紙も、何度も書き直した。いつもなら、一回で書くのに。

 ──目が、少しだけ赤かったな。

 お見舞いのお茶を届けてくれたルーカス様が、そう教えてくれた。私の手紙を読んだあと、殿下が、しばらく窓のほうを向いていらっしゃったって。

 ……やっぱり、どこかお加減が悪かったのかな。それとも。

 わからないことばっかりだ。

◇

 ふと、前に、お嬢様に聞かれたことを思い出した。

 ──ライザ。好きって、どういうの?

 私は、そのとき、すぐに答えた。自信たっぷりに。

 ──一緒にいると、胸がぎゅってなる人です!

 ──その人のためなら、なんでもしたくなっちゃう人です!

 …………。

 針を持ったまま、動けなくなった。

 一緒にいると、胸がぎゅってなる人。

 その人のためなら、なんでもしたくなっちゃう人。

 ……いちばんいい葉っぱを選んで。手紙を何度も書き直して。

 ……つないだ手が、十日たっても、まだあたたかい気がして。

「……あれ?」

 声に出して、つぶやいていた。

 いやいやいや。

 私は、ぶんぶんと、頭を振った。

 だって、殿下は王子様だ。お嬢様の、婚約者だ。私は、厨房のマルタの娘で、お嬢様の侍女だ。

 そんなこと、あるはずがない。

 あっていいはずがない。

 ……ただ、恩返しをしたいだけだ。かばってもらったから。それだけ。

「……そう。そうに決まってます!」

 小声で、自分に言い聞かせて、縫い物に戻る。

 でも、針は、何度も、同じところを、行ったり来たりした。

◇

「……お嬢様。早く、起きてくださいね」

 私は、眠っているお嬢様の手を、そっと握った。

「お嬢様に、聞いてほしいことが、ちょっとだけ、あるんです。……たぶん、たいしたことじゃないんですけど」

 窓の外で、ふくろうが、ほうと鳴いた。

 扉の向こうで、今夜も、あの人が立っている気配がした。

 ……アルさんも、お嬢様のことを考えると、胸がぎゅってなるのかな。

 ……なるんだろうな。あんなに、ずっと立ってるんだもん。

 そう思ったら、なんだか、少しだけ、うらやましかった。

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