↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重
第二部 結界編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/65

第二部 普通の日々

北側の小さな診療所は、あっという間に、小さくなくなった。

「お嬢様ーっ! 今日も列が、路地の角まで続いてますーっ!」

「角まで!?」

 倉庫の入り口から、ライザの元気な声が飛んでくる。

 あの朝から、十日。

 病人は、もうあまり来なくなった。その代わりにやってくるのは、「水の沸かし方を教えてほしい」「手はどう洗えばいいのか」という人たちだ。北側だけじゃない。南の下町からも、東の市場からも、噂を聞いて人が集まってくる。

「沸かした水は、冷ましてから、蓋をしてしまってください。それと、手は、指のあいだと、爪の先まで!」

「爪の先まで!」

「はい、爪の先まで!」

 子どもたちが、私の真似をして、ごしごしと手をこすり合わせている。

 倉庫の奥では、警護隊の若い騎士たちが、大鍋で水を沸かしている。その先頭には、もちろんトマスさん。

「ローゼンベルク桜色聖女様! 本日の水、三十樽、沸きました!!」

「三十樽!? ありがとう、トマスさん! あと名前はもういいよ!」

「はっ! では、省略して、桜色様!」

「そこ残すの!?」

◇

 薬のほうは、魔術師団の塔が引き受けてくれた。

「いやあ、面白いねぇ。草を煮るだけで、こんなに効くとはねぇ」

 ギデオン様は、塔のいちばん上の部屋で、煮えたぎる鍋をのぞきこみながら、うれしそうに目を細めていた。

「熱の加え方、草の摘みどき、煮詰める時間。ぜんぶ、レンズでのぞいて、紙に書き留めておいたよ。これで、団員の誰が作っても、同じ薬ができる」

「誰が作っても、同じ……」

 それは、すごいことだ。

 私がいなくても、薬が作れる。私がいなくても、誰かが救われる。

 ゲームの中の九歳の私が、ずっとほしかったものだ。

「……あの、ギデオン様。こちらの方は……?」

 私は、部屋のすみっこの作業台を見た。

 銀色の髪をきっちりまとめた令嬢が、小さな鍋の前で、真剣な顔で草を刻んでいた。

 イザベラ様だ。

「……な、何かしら」

「イザベラ様も、薬を作ってくれてたんですか?」

「……私の力では、井戸ひとつ浄化するのに一晩かかるわ。でも、草を煮るだけなら、力はいらないでしょう」

 イザベラ様は、草を刻む手を止めずに言った。

「……それに。神殿にいても、もう、祈ることもあまりないもの」

 その声が、少しだけ、さびしそうに聞こえた。

 小さいころから、毎日毎日、聖女になるために祈ってきた人。

「……イザベラ様の切り方、すごくきれいですね」

「……当然でしょう。祈りの儀式で、聖なる草を刻む練習なら、何年もしてきたわ」

 イザベラ様は、つんとそっぽを向いた。

 でも、その口元が、ほんの少しだけ、ゆるんでいた。

 ……そのとき。

「──作業台の、本日分の薬草だ」

 後ろから、落ち着いた声がした。

 お兄様だった。両腕に、薬草の束をどっさりと抱えている。

「……ローゼンベルク様が、自ら運ばれることはないでしょう」

「公爵領から届いた分を、数と状態を確かめてから渡したかっただけだ。……段取りの話だ」

「……そう。段取りの話なのね」

 お兄様は、薬草の束を、作業台の上に、ゆっくりと置いた。

 イザベラ様は、その束を、しばらく黙って見つめていた。

 いちばん上に積まれた草だけ、他の草よりも、ひとつひとつの葉がそろっていた。たぶん、いちばんいいものだけを、そこに選んである。

「……ありがとうございますわ」

「……ああ」

 それだけ。

 二人とも、それだけ言って、それぞれの仕事に戻っていった。

「……おや。おやおや」

 鍋の向こうで、ギデオン様が、うれしそうに白い眉毛を上げていた。

 ……だから、何が「おや」なんだろう。

◇

「……お嬢様。塔の階段で、今日もつまずかれるおつもりですか」

 帰り道。らせん階段を下りながら、前を歩くアルが、振り向きもせずに言った。

「つまずかないよ! そんな、毎回つまずいてるみたいな……」

「先日は八十七段目、その前は十二段目で、つまずかれそうになっておられましたので」

「数えてたの!?」

「階段とお嬢様は、どうも相性がよろしくないようですので」

 ……この人、もう完全に、いつものアルだ。

 いつもの嫌味で、いつもの無表情で、いつもの位置。前を歩く背中は、大きくて、まっすぐで。

 その背中を見ているだけで、胸の奥が、きゅっと、なる。

 ……だめだ。もう、気のせいにできない。

 でも、だからといって、どうすればいいのかもわからない。

 アルは、私の護衛だ。私には、婚約者の殿下がいて、求婚してきたユリウス様がいて。アルは、「お嬢様がどなたと結ばれようと、護衛としてお仕えするだけです」って言った。

 ……そっか。

 アルにとっては、私は、「お仕えするお嬢様」なんだ。

 そう思ったら、胸の奥のものが、少しだけ、ちくりと痛んだ。

「……お嬢様。八十七段目です」

「えっ、わっ!」

 考えごとをしていたら、つま先が、段差にひっかかった。

 前につんのめる前に、もう、大きな手が、私の腕をつかんでいた。

「……三歩手前で、申し上げましたが」

「……聞いてなかった。ごめん」

「でしょうね」

 いつもの無表情。いつもの声。

 でも、つかまれた腕が、なぜか、なかなか離されなかった。

◇

 その夜だった。

「──お嬢様っ!!」

 扉をノックもせずに飛びこんできたのは、窓からじゃなく、玄関からでもなく、厨房の裏口からだった。

 マークだった。

 息が、切れているどころじゃない。額から血が流れて、服の袖が、大きく裂けていた。

「マーク!? そのけが……!」

「俺のことはいい! 北側に、魔物が出た!!」

 ──え。

「狼だ。五匹、いや、もっと。北の森で見たやつと同じ、目が赤いやつだ。城壁の内側に、だぞ! どうやって入ってきたのか、わかんねえ……!」

 後ろで、アルが、音もなく剣を掛けるのがわかった。

「……それで、狼は?」

「街の中を、まっすぐに走ってく。まるで、はじめから、どこへ行くか知ってるみたいに。……倉庫だ。診療所に向かってる!」

 背中が、すうっと冷たくなった。

 ──次は、薬ではなく、もっと、あなたにとって大切なものを狙うでしょう。

「……今、診療所には、誰がいるの」

 自分の声が、遠くに聞こえた。

 マークが、唇をかんだ。

「……熱の下がりきらない子どもが、三人。それと、夜の食事の支度をしてた、……あんたんとこの侍女だ」

 あんたんとこの、侍女。

「──ライザが、まだ、中にいる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。