キャラ作り
「ねえ紬、昨日さ、なんで私の名前知ってたの?」
次の日の中庭。唐揚げをつまみながら聞くと、紬はきょとんとした顔をした。
「出席のとき、先生が呼んでいたでしょう」
「あ、そっか」
なんだ。そりゃそうだ。
ちなみに、呼び捨てでいいと言ったのは紬のほうだ。私も「紬」と呼ぶことになった。たった一日で、名前で呼び合う仲。私、けっこうコミュ力あるのでは?
◇
「それで、咲良。このゲーム、やってみたい?」
「え、いいの!?」
思わず身を乗り出す。お弁当箱がひっくり返りそうになって、慌てて押さえた。
「でも、それ紬のゲームでしょ。私がやっちゃっていいの?」
「あなたにやってほしいの」
紬は、なぜかとても真剣な顔で言った。
「じゃあ、まずはあなたを作るわね」
「私を?」
「この世界で動く、あなたの分身よ」
紬が画面をすいすいと操作する。キャラクター作成の画面が出てきた。わ、本格的。
「生まれは……そうね。公爵家くらいが動きやすいかしら?」
「公爵家!? いきなり超お嬢様じゃん」
「身分が高いほうが、できることが多いもの。領地もあるし」
「なるほど……領地経営……響きが最高……」
「特技は何がいい?」
「えっ、選べるの? じゃあ鑑定! ゲームといえば鑑定だよ。レアアイテムとか、いいものと悪いものが見分けられるやつ!」
「レアアイテムを見分ける力? いいわね、付加しておくわ」
紬は楽しそうに、画面に何かを書きこんでいく。
「外見はどうする? そのままでいい?」
「うーん……」
私は自分の真っ黒な髪をつまんだ。地味。とても地味。せっかくのファンタジーなんだから。
「髪の色だけ、ピンクにしたい!」
画面の上で、紬の指が、ぴたりと止まった。
「……ピンク?」
「うん。なんかね、ピンクがいいなって。桜みたいな、やさしいピンク」
自分でもよくわからない。でも、ピンク以外は考えられなかった。
紬は、少しのあいだ黙っていた。長い睫毛が伏せられて、表情が見えない。
「……あんまりいないから、目立つわよ?」
「いいよ、目立ってなんぼだよ!」
「……そう。ふふ、そうね」
紬は小さく笑って、また指を動かし始めた。その声が、ほんの少しだけ震えていた気がした。
「名前はどうする?」
「えー、迷うなあ。かっこいいのがいいけど、自分の名前とかけ離れてると感情移入できないし……」
「じゃあ、こういうのはどうかしら」
紬が画面を見せてくれる。そこには、こう書かれていた。
──サラフィーナ。
「呼ぶときは、サラ。あなたの名前と同じ響きよ」
「……え、めっちゃいい」
サラフィーナ。サラ。
口の中で転がすと、まるでずっと前から自分の名前だったみたいに、しっくりきた。
◇
「それから、これ」
キャラ作りが終わると、紬は携帯ごと、私の手に乗せた。
「え、待って待って。携帯ごと? それはさすがに困るでしょ。連絡とか」
「困らないわ。この携帯、これしかしてないの」
「これしか……?」
「ええ。だから、あなたが持っていて」
手のひらの携帯は、思っていたより軽くて、ほんのりあたたかかった。
「……わかった。大事にする。めっちゃ大事にする」
「ありがとう、咲良」
紬は、あのやわらかい笑顔で言った。
「あの世界を、よろしくね」
◇
その夜。
叔母さんたちがお風呂に入っている隙に、私は物置部屋──もとい、自分の部屋で、布団にもぐりこんだ。
紬の携帯の画面を、そっとタップする。
ゲームが始まった。
最初に聞こえたのは、赤ちゃんの泣き声だった。
画面の中は、豪華な部屋。天蓋つきのベッドのそばで、男の人と女の人が、小さな赤ちゃんをのぞきこんでいる。
男の人は、金の刺繍の服を着た、背の高い人。桜色の髪を後ろになでつけて、琥珀色の目をしている。女の人は、栗色の髪をゆるく結った、やさしそうな人。ベッドの足もとでは、薔薇色がかった栗色の髪の、五つくらいの男の子が、背のびをしてのぞきこんでいた。
赤ちゃんの頭には、ほんのりピンク色の産毛が生えていた。
……あ、これ、私だ。
女の人が、赤ちゃんを大切そうに抱き上げる。その目には、涙が浮かんでいた。
男の人が、震える声で言う。
『この子の名前は──サラフィーナ。我がローゼンベルク家の、宝だ』
ゲームのキャラなのに。ただの画面なのに。
どうしてだろう。
抱きしめられた赤ちゃんを見ていたら、胸の奥が、じんわりとあたたかくなった。




