声をかける
一週間もすると、紬さんのまわりには誰もいなくなった。
意地悪をされているわけじゃない。ただ、話しかけても返ってくるのがいつも「画面の中の国」の話だから、みんな少しずつ、どう接していいかわからなくなったんだと思う。
「紬さんってさ、話しかけづらくない?」
「わかる。きれいすぎて緊張するし、ずっとゲームの話だし」
友だちの会話に、私は「あはは」と曖昧に笑った。
わかる。わかるけど。
窓際の席で、紬さんは今日もひとりで携帯を見ている。背筋はぴんと伸びていて、少しも寂しそうには見えない。
でも、ひとりでいる人がひとりでいたいとは限らない。
それを私は、たぶんよく知っている。
◇
昼休み。
友だちに「ちょっと用事」と手を振って、私はお弁当を抱えて中庭に出た。
いた。
ベンチの端に、紬さんがちょこんと座っている。お昼ごはんは食べていないみたいで、膝の上には携帯だけ。
心臓がちょっとだけ早くなる。何て話しかけよう。いきなり隣に座ったら変かな。でも、ここで回れ右するほうがもっと変だ。
「あの、紬さん。隣、いい?」
紬さんが顔を上げた。
また、あの目だ。光の加減で色の変わる、不思議な瞳。それが、ほんの少しだけ見開かれる。
「……どうぞ」
「やった。ありがと!」
私は勢いよく座って、お弁当のふたを開けた。今日のおかずは唐揚げと、甘い卵焼き。
「紬さん、お昼食べないの? 唐揚げいる?」
「……いいの?」
「いいよいいよ。叔母さんの唐揚げ、めっちゃおいしいんだよ」
紬さんは唐揚げをじっと見つめてから、そっと口に入れた。もぐもぐと噛んで、それから小さく目を細める。
「……おいしい」
「でしょ!」
なんだ。ちゃんと笑うんじゃん。
◇
「ねえ、それって何のゲーム?」
唐揚げを二つ食べたところで、私はとうとう聞いてしまった。だって、ずっと気になっていたのだ。
紬さんは少し迷うようにしてから、携帯の画面をこちらに向けた。
「……わ」
思わず声が出た。
画面いっぱいに広がっていたのは、中世ヨーロッパみたいな世界の地図だった。お城があって、森があって、川が流れている。でも、ところどころの畑は茶色く枯れていて、村の井戸のアイコンには小さな黒いもやがかかっていた。
「この世界をよくしたいの。でも、何をしてもなかなかうまくいかなくて」
「これ、作物が育たないのって、土がやせてるんじゃない? あと井戸のこれ、絶対水が悪いやつだよね。お腹壊すやつ」
「……わかるの?」
「わかるよ! こういうの大好きだもん。こっちの畑は、同じものばっかり植えてるから土が疲れてるんだと思う。マンガで読んだことある。順番に違うもの植えるといいんだって」
気づけば私は、画面に顔を近づけて夢中でしゃべっていた。
不思議だった。
初めて見るゲームのはずなのに、この地図を見ていると、胸の奥がきゅっとなる。どこかで聞いたことのあるお話の中に、迷いこんだみたいな。
……なんだろう、これ。懐かしい?
「……やっぱり、そうなのね」
紬さんが、小さな声で何かつぶやいた。
「え? なんて?」
「なんでもないわ」
紬さんは首を横に振って、画面を自分のほうに戻した。それから、まっすぐ私を見る。
「ねえ。明日も、ここに来てくれる?」
「え、うん! もちろん。続き、もっと見たいし」
「よかった」
紬さんは、ふわりと笑った。
クラスの誰も見たことがないだろう、やわらかい笑顔だった。
「じゃあ、また明日ね。咲良」
予鈴が鳴る。紬さんは立ち上がって、校舎のほうへ歩いていく。
私はお弁当箱を抱えたまま、ぽかんとその背中を見送った。
……あれ?
私、紬さんに名前、言ったっけ?




