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ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重
序章

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声をかける

一週間もすると、紬さんのまわりには誰もいなくなった。

 意地悪をされているわけじゃない。ただ、話しかけても返ってくるのがいつも「画面の中の国」の話だから、みんな少しずつ、どう接していいかわからなくなったんだと思う。

「紬さんってさ、話しかけづらくない?」

「わかる。きれいすぎて緊張するし、ずっとゲームの話だし」

 友だちの会話に、私は「あはは」と曖昧に笑った。

 わかる。わかるけど。

 窓際の席で、紬さんは今日もひとりで携帯を見ている。背筋はぴんと伸びていて、少しも寂しそうには見えない。

 でも、ひとりでいる人がひとりでいたいとは限らない。

 それを私は、たぶんよく知っている。

◇

 昼休み。

 友だちに「ちょっと用事」と手を振って、私はお弁当を抱えて中庭に出た。

 いた。

 ベンチの端に、紬さんがちょこんと座っている。お昼ごはんは食べていないみたいで、膝の上には携帯だけ。

 心臓がちょっとだけ早くなる。何て話しかけよう。いきなり隣に座ったら変かな。でも、ここで回れ右するほうがもっと変だ。

「あの、紬さん。隣、いい?」

 紬さんが顔を上げた。

 また、あの目だ。光の加減で色の変わる、不思議な瞳。それが、ほんの少しだけ見開かれる。

「……どうぞ」

「やった。ありがと!」

 私は勢いよく座って、お弁当のふたを開けた。今日のおかずは唐揚げと、甘い卵焼き。

「紬さん、お昼食べないの? 唐揚げいる?」

「……いいの?」

「いいよいいよ。叔母さんの唐揚げ、めっちゃおいしいんだよ」

 紬さんは唐揚げをじっと見つめてから、そっと口に入れた。もぐもぐと噛んで、それから小さく目を細める。

「……おいしい」

「でしょ!」

 なんだ。ちゃんと笑うんじゃん。

◇

「ねえ、それって何のゲーム?」

 唐揚げを二つ食べたところで、私はとうとう聞いてしまった。だって、ずっと気になっていたのだ。

 紬さんは少し迷うようにしてから、携帯の画面をこちらに向けた。

「……わ」

 思わず声が出た。

 画面いっぱいに広がっていたのは、中世ヨーロッパみたいな世界の地図だった。お城があって、森があって、川が流れている。でも、ところどころの畑は茶色く枯れていて、村の井戸のアイコンには小さな黒いもやがかかっていた。

「この世界をよくしたいの。でも、何をしてもなかなかうまくいかなくて」

「これ、作物が育たないのって、土がやせてるんじゃない? あと井戸のこれ、絶対水が悪いやつだよね。お腹壊すやつ」

「……わかるの?」

「わかるよ! こういうの大好きだもん。こっちの畑は、同じものばっかり植えてるから土が疲れてるんだと思う。マンガで読んだことある。順番に違うもの植えるといいんだって」

 気づけば私は、画面に顔を近づけて夢中でしゃべっていた。

 不思議だった。

 初めて見るゲームのはずなのに、この地図を見ていると、胸の奥がきゅっとなる。どこかで聞いたことのあるお話の中に、迷いこんだみたいな。

 ……なんだろう、これ。懐かしい?

「……やっぱり、そうなのね」

 紬さんが、小さな声で何かつぶやいた。

「え? なんて?」

「なんでもないわ」

 紬さんは首を横に振って、画面を自分のほうに戻した。それから、まっすぐ私を見る。

「ねえ。明日も、ここに来てくれる?」

「え、うん! もちろん。続き、もっと見たいし」

「よかった」

 紬さんは、ふわりと笑った。

 クラスの誰も見たことがないだろう、やわらかい笑顔だった。

「じゃあ、また明日ね。咲良」

 予鈴が鳴る。紬さんは立ち上がって、校舎のほうへ歩いていく。

 私はお弁当箱を抱えたまま、ぽかんとその背中を見送った。

 ……あれ?

 私、紬さんに名前、言ったっけ?

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