↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/53

第二部 書庫からの脱出

「……こちらへ」

 ユリウス様が、ランプを片手に、いちばん奥の本棚の前に立った。

 棚のいちばん下の段。古い本と本のあいだに手を差し入れて、何かをぐっと引く。

 がこん、と、重い音がした。

 本棚の横の壁が、ほんの少しだけ、奥へとへこんだ。

「隠し通路……!?」

「子どものころ、ここでよく隠れんぼをしたんです。妹と。……祖父は、たぶん忘れている」

 ユリウス様は、無表情のまま言った。でも、「妹と」と言ったときだけ、声が少しだけやわらかかった。

「神殿の裏庭の、古い井戸のそばに出られます。……日記は、お持ちください」

「えっ、でも、これは神殿の……」

「読める者が誰もいない場所に置いておくより、ずっといい。……それに」

 ユリウス様は、切り取られたページのある四冊目を、そっと私の腕に押しつけた。

「これ以上、切り取られたくはないでしょう」

 廊下の向こうから、足音が近づいてくる。こつ、こつ。ゆったりと。

「……ユリウス様は?」

「私は、残ります」

「でも、それじゃあ……!」

「新月の夜に、神官がひとりで定めを調べていた。それだけのことです。……妹が、北の森でしたのと、同じことをするだけですよ」

 イザベラ様。「私が、残るわ」と言って、要石の前にひざまずいた、あの背中。

 この兄妹は、二人とも、本当に。

「──お嬢様」

 扉が開いて、アルがすべりこんできた。そして、一瞬で部屋じゅうを見回して、壁のへこみに気づいた。

「……通路ですね。参りましょう」

「でも、ユリウス様が……」

「お嬢様」

 アルは、日記を抱えた私の腕ごと、そっとつかんだ。

「この方が、ご自分で決められたことです。……無駄にされるおつもりですか」

 ……それは。

 北の森で、イザベラ様に言われたことと、同じだ。

 私は、ぎゅっと唇をかんで、ユリウス様に頭を下げた。

「……ありがとうございます。ユリウス様」

「お礼を言われる筋合いは、ありませんよ」

 イザベラ様と、まったく同じことを言う。

 やっぱり、この兄妹は、似ている。

◇

 隠し通路は、狭かった。

 狭いというか、ものすごく狭かった。

 子どものころのユリウス様とイザベラ様なら、たぶんちょうどいい幅だったんだろう。でも、大人の私と、もっと大人で肩幅の広いアルが並んで通るには、どうしたって、ぎゅうぎゅうだ。

「……お嬢様。日記を抱えたまま、もう少しそちらへ寄っていただけますか」

「これ以上寄れないよ! 壁だよ!」

「では、日記を減らされては。四冊も抱えていらっしゃる」

「全部大事なの!」

「そうおっしゃると思いました」

 真っ暗な中で、アルの声だけが、いつもどおりに淡々としている。

「……それと、お嬢様。日記を抱えたまま転ばれて、泥でも付けられましたら、初代聖女様に化けて出られますよ。『絶対読むな』と書いた日記を読まれたうえに、泥まみれにされては」

「なんで知ってるの!?」

「扉の前におりましたので」

 ……ぜんぶ聞こえてたんだ。

 じゃあ、もしかして。

 求婚の返事も。

「……アル。もしかして、そのあとの話も……」

「…………」

 答えはなかった。

 その代わり、闇の中で、アルのいるほうから、ほんの小さな、ゆっくりとした息を吐く音が聞こえた。

 ため息じゃなかった。

 たぶん、ずっと止めていた息を、ようやく吐いたような、そんな音だった。

「──お嬢様。足元に段差が」

「えっ、わっ!」

 言われた瞬間に、つま先がひっかかった。日記ごと、前につんのめる。

 地面にぶつかる前に、ぐいと、腰を引き寄せられた。

 背中に、硬くてあたたかいものがぴったりとくっついている。

 ……アルの、胸だ。

 どく、どく、と、速い音が聞こえる。たぶん、私のじゃない。いや、私のも。どっちがどっちの音なのか、もうわからない。

「……申し上げたはずです」

 頭のすぐ上で、低い声がした。

「日記を抱えたまま転ばれると、と」

「……ちゃんと聞いてたよ。足が、間に合わなかっただけ」

「では次からは、段差の三歩手前で申し上げます」

「……お願いします」

 そう言ったのに、腰に回された腕は、なかなか離れなかった。

 私も、離して、とは言わなかった。

 真っ暗でよかったと、生まれて初めて思った。

◇

 そのとき。

 通路の壁の、どこか小さなすきまから、声がもれてきた。

 書庫の、声だ。

「──ユリウス」

 穏やかな、老人の声。

 アルの腕が、ぴたりと固まった。私も、息を止めた。

「新月の祈りを抜けて、こんなところで何をしていたのかね」

「……定めを、確かめていました。王家に答えを示すには、元となる書物を、この目で見ておくべきだと思いましたので」

「そうか。……それで、何か、見つかったかね」

 少しの、間。

「……いいえ。何も。私には、古い神の字は読めませんので」

 嘘は、ついていない。

 ユリウス様は、本当に、自分では読めない。

 でも、切り取られたページのことも、もう私が読んだことも、ひとことも言わなかった。

「そうか。なら、いい」

 穏やかな声だった。

 なのに、その声を聞いた瞬間、背中が、すうっと冷たくなった。

「……ところで、ユリウス。扉の前の床に、うっすらと泥がついているね。神官の靴ではない。……騎士の、重い靴の泥だ」

 ……っ。

 ユリウス様は、答えなかった。

 答えないまま、長い沈黙が流れた。

「……まあ、よい。今夜は、休みなさい」

 足音が、ゆったりと遠ざかっていく。

 そして、その足音が、もうほとんど聞こえなくなったころ。

 それは、独り言のように、小さく、でもはっきりと聞こえた。

「──あの小娘。あの女と、同じ目をしている」

 あの女。

 五十年前、若い神官だったこの人の求婚を断った、おばあちゃん。

 闇の中で、アルの腕が、私を抱える力を、ほんの少しだけ強くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。