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ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重


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第一部 忘れ物

応接室の空気は、冬の朝みたいに冷たかった。

 窓を背にして、ひとりの青年が立っている。

 銀色の髪。イザベラ様と同じ、月の光を溶かしこんだような色。背が高くて、縁に金の刺繍をした白い神官の衣を、一筋のしわもなく着こなしている。

 瞳は、イザベラ様より少し濃い、夜明け前の空みたいな紫だった。

「突然の訪問をお許しください。サラフィーナ嬢」

 完璧な礼。完璧な声。セドリック殿下の「完璧」とは、また違う。こちらは、笑ってすらいない。

「神殿のユリウスと申します。オルドヴィンの孫で、イザベラの兄です」

「……サラフィーナ・ローゼンベルクです」

 心臓の音が、うるさい。

 私の右後ろにはアルがいる。左には、お兄様が座っている。「娘ひとりで会わせるわけにはいかない」と、お父様より先に立ち上がったのだ。

「忘れ物をお届けに上がった、とうかがいましたが」

 お兄様が、先に口を開いた。

「ええ」

 ユリウス様は、懐から小さくたたんだ白い布を取り出して、テーブルの上に置いた。

 細い指が、布をひらりと開く。

 中にあったのは、一房の髪だった。

 窓からの朝の光を受けて、やさしく、やさしく光る、桜色の髪。

「北の森の奥、聖域の枝に、引っかかっていました」

 ユリウス様は、淡々と言った。

「この色の髪を持つ方を、私は王都でひとりしか存じ上げません」

 ──あんまりいないから、目立つわよ?

 紬の声が、頭の奥で、ものすごく遠くに聞こえた。

 紬。ごめん。本当に目立った。

◇

 しばらく、誰も何も言わなかった。

 沈黙を破ったのは、ユリウス様だった。

「昨日、北の森の聖域で、妹のイザベラを保護しました。妹は、『弱った結界を案じて、ひとりで祈りに来た』と申しております」

 ひとりで。

 イザベラ様は、約束どおり、私たちのことを言わなかったんだ。

「……イザベラ様は、今どうしているんですか」

「神殿の、祈りの塔におります」

 ユリウス様の声は、少しも揺れなかった。

「聖域は、神官以外の者が足を踏み入れてはならない場所。聖女候補といえども、祖父の許しなく入ったことは、『聖域を穢した罪』にあたります。その罪が裁かれるまで、塔から出ることは許されません」

 ものすごい音がした。

 お兄様が、テーブルの縁をつかんだ音だった。

「……妹を、閉じこめておいて。それを、そんな顔で口にするのか」

 低い声だった。いつもの、冷静な苦労人のお兄様の声じゃなかった。

 ユリウス様の紫の瞳が、ゆっくりとお兄様に向けられた。

「……ローゼンベルク卿は、ずいぶんと私の妹を気にかけてくださるのですね」

「…………」

「そういえば、妹は昨日、ひどく冷えていたはずなのに、少しも凍えていませんでした。……不思議なこともあるものだと、思っていたところです」

 お兄様とユリウス様のあいだで、空気がきしりと小さな音を立てた気がした。

 こわい。

 北の森の入り口で、お兄様とイザベラ様がにらみ合っていたときより、ずっとこわい。

◇

「……どうして、その髪を、オルドヴィン様に見せなかったんですか」

 私は、思い切って聞いた。

 だって、そうだ。この髪を見せられていたら、今ここに来ているのはユリウス様じゃない。神殿の兵士だ。

 ユリウス様は、初めて、ほんの少しだけ黙った。

「……妹の力では、あの道は作れない」

 やがて、そう言った。

「柱から要石まで、一本。瘴気が、形もなく消えていた。聖女候補として何年も祈ってきたあの子でさえ、井戸ひとつ浄化するのに、一晩かかる。……あの道を作れる者は、五十年前に姿を消した聖女以来、この国にはいないはずでした」

 紫の瞳が、まっすぐ私を射抜いた。

「あなたが、何者なのか。それを、私は自分の目で確かめたかった」

 ──強い力を持つ者の言葉を、そのまま信じすぎないで。

 紬の言葉が、ふと頭をよぎった。

 この人は、オルドヴィン様の孫だ。神殿の人だ。でも、自分の目で確かめたいと言った。祖父の言葉を、そのまま信じるのではなく。

 ……もしかして。

「──では、本題に入りましょう」

 でも、その「もしかして」は、次の言葉で、あっさりとふさがれた。

「三日後。神殿の大聖堂で、『聖女の審問』が開かれます」

「審問……?」

「王都では今、『新しい聖女が現れた』という噂が広がっている。祖父はそれを、神殿の権威を揺るがすものと考えています。ゆえに、王家と貴族、民の前で、聖女を名乗る者が本物かどうかを、神殿が見極める」

 ユリウス様は、白い布で、桜色の髪をそっと包み直した。

 それを、自分の懐にしまう。

 ……返してくれるんじゃないんだ。忘れ物、って言ったのに。

「その審問の場に、聖域を穢した者も、あわせて裁かれることになっています」

 立ち上がりながら、ユリウス様は、何でもないことのように付け足した。

「あなたが来なければ。──審問にかけられるのは、イザベラひとりです」

 完璧な礼をして、ユリウス様は扉に向かった。

 その背中に、私は何も言えなかった。

 ただ、扉の取っ手に手をかけたその一瞬。

 取っ手を握る細い指の関節が、白く浮き出るほど、強く握りしめられているのが見えた。

 まるで、何かを、必死にこらえているみたいに。

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