↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重
聖女の再来

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/65

第一部 北の森へ

夜明け前の北の森は、ひんやりとしていた。

「人数が、多すぎませんこと?」

 森の入り口で待っていたイザベラ様が、紫の瞳を細めた。

 地味な灰色の旅装に、銀色の髪をきっちりまとめている。その前に並んだのは、私、アル、マーク、トマスさん。そして。

「案内役と、護衛が二人。妹の担当が私だ。必要最低限だと思うが」

 眼鏡を押し上げながら、お兄様が言った。

 却下だ、と言っていたお兄様は、結局いちばんに旅支度を整えていた。自分の分だけじゃなく、全員分の水と、地図と、懐中時計と、なぜか予備の靴下まで。

「妹の担当……?」

「この子が暴走したときに、止める役だ」

「お兄様、紹介の仕方!」

 イザベラ様は、お兄様を頭のてっぺんからつま先までじろりと見た。

「ルーカス・ローゼンベルク様。お噂はかねがね。王立学院を首席で卒業されたとか」

「それはどうも。こちらも、イザベラ嬢のお噂はかねがね。幼いころから、神殿で一日も欠かさず祈ってこられたとか」

「…………」

「…………」

 なんだろう。

 どちらも褒めているはずなのに、空気がぴりぴりしている。

◇

「では、道順を確認する」

 お兄様が、倒した丸太の上に地図を広げた。

「警護隊の討伐路をたどって、昨日トマス殿から聞いた地点まで。そこから先は、石の柱に沿って西へ回りこむ。日没までには必ず森を出る」

「西はだめよ」

 イザベラ様が、すかさず言った。

「西側には、神殿の見張り小屋があるの。東から入るべきですわ」

「東は沢地だ。足場が悪い。妹の足では、日没までに戻れない」

「見張りに見つかるより、ずっとましですわ。……段取りが杜撰ですわね」

「あなたこそ、もう少し融通を利かせてはどうだ」

「…………」

「…………」

 にらみ合う二人のあいだで、火花が散っている。

「……なあ、お嬢様」

 マークが、私の耳元でこそっと言った。

「あんたんとこの兄貴と銀髪のお嬢様って、もともと仲悪いのか?」

「たぶん、今日が初対面……」

「初対面でこれかよ」

 結局、道はマークが決めた。「真ん中に、猟師しか知らない獣道がある」。二人はそろって黙りこんだ。

◇

 森の奥へ進むほど、空気が冷たくなっていった。

 朝なのに、日の光が届かない。木々の葉が、どこかくすんだ色をしている。

 鑑定の目で見ると、もう間違いなかった。木の幹の影、草むらの底、小川の水面。あちこちに、薄い黒いもやが、霧みたいにただよっている。

「……っ」

 隣で、イザベラ様が、自分の腕を抱くようにして立ち止まった。顔色が、真っ青だ。

「イザベラ様?」

「……平気よ。少し、寒いだけ」

 寒いんじゃない。たぶん、感じているんだ。この森じゅうの瘴気を。私が「見える」よりも、ずっとつらい形で。

 声をかけようとした、そのとき。

 ふわりと、イザベラ様の肩に、濃い色の上着がかけられた。

 お兄様だった。

 何も言わずに上着をかけて、何も言わずに地図に目を戻して、そのまま先に歩き出していく。

「……ちょっと。これは何のつもり」

「顔色が悪い。倒れられたら、日没までに戻れない」

「……やっぱり段取りの話なのね」

「そうだ」

 お兄様は、それきり振り返らなかった。

 イザベラ様は、お兄様の背中をしばらく見ていた。それから、肩にかけられた上着のえりを、きゅっと握りしめた。

 何か言いかけるように、小さく口を開いて。でも結局、何も言わずに、また前を向いて歩き出した。

 ……やっぱり、寒いのかな。

 私は首をかしげて、それから先を急いだ。

◇

「──止まってください」

 先頭を歩いていたアルが、剣の柄に手をかけた。

 同時に、トマスさんも、大きな体を私の前にすべりこませる。

 草むらが、がさりと揺れた。

 うなり声。獣のにおい。そして、鑑定の目にもうつる、羊毛みたいにもこもこと詰まった、真っ黒なもや。

 狼だ。三匹。ふつうの狼よりひとまわり大きくて、目が赤く光っている。

「魔物だ! 瘴気をまとってる!」

「お嬢様、お下がりください」

「ローゼンベルク聖女様、お下がりを!」

「その呼び方、今はいいから!」

 狼が一匹、地面を蹴った。

 アルの剣が、光った。いや、光ったようにしか見えなかった。速すぎて。狼は空中で体をひねって着地し、そのまま低くうなる。剣を受けたはずなのに、倒れない。

「……硬い」

 アルが、小さく舌打ちした。

 瘴気だ。あのもやが、狼を鉄みたいに強くしている。ゲームの熊の魔物と同じだ。あのときも、もやを払ってから、アルが倒した。

「アル! あの黒いの、私が払う!」

「……無茶をなさらないでくださいね」

「するよ!」

「でしょうね」

 ゲームと、まったく同じやりとり。

 なのに、今は全然、笑えない。心臓が、耳の奥でどくどく鳴っている。画面の向こうじゃない。本物の牙が、本物のアルに向かっている。

 私は両手を広げて、狼たちに光を向けた。

 でも、黒いもやは、ゆらりと揺れただけだった。

 濃すぎる。井戸のときみたいに、直接触れないと届かない。

 触れないと。

 考えるより先に、足が動いていた。

「お嬢様!?」

 アルの剣をかいくぐって飛びかかってきた一匹に、私は自分から駆け寄った。赤い目。むき出しの牙。生臭い息。

 怖い。すごく怖い。でも。

 ──消えて!

 両手を、狼の首元の毛皮に押し当てる。手のひらが焼けるように熱くなって、光が弾けた。黒いもやが、悲鳴のような音を立ててはがれていく。

 次の瞬間、ものすごい力で後ろに引き倒された。

 アルの腕だった。私を胸に抱えこむようにして背中で守りながら、片手の剣がひらめく。もやを失った狼は、今度こそ地面に倒れた。

 残りの二匹のもやも、薄れていた。触れた一匹から、光が広がったのかもしれない。トマスさんの剣が一匹を倒し、最後の一匹は、きゃんと鳴いて森の奥へ逃げていった。

「……ふぅ」

 へなへなと座りこもうとして、できなかった。アルの腕が、まだ私をつかんだままだったから。

「お嬢様」

 低い声。

「……今、何をなさったのですか」

「え、えっと、もやが濃くて、触らないと払えなくて……」

「狼の、牙の前に。ご自分から、飛びこんで」

 アルの声が、かすかに震えていた。丁寧な言葉なのに、ちっとも落ち着いていない。

「……ごめん」

「おけがは」

「ないよ」

「…………」

 灰色の瞳が、私の顔を、手を、腕を、ひとつずつ確かめるように見る。それから、アルは長く、長く息を吐いた。

 いつもの、呆れたため息じゃなかった。

 もっと違う。もっと……何かを必死にこらえているような。

「……次からは、必ず私の後ろから手を伸ばしてください。お嬢様の手が届くところまで、私が必ずお連れします」

「……うん」

 つかまれた腕が、少しだけ痛かった。

 でも、離してとは、言えなかった。

◇

「……ここだ」

 それから、どれくらい歩いただろう。

 トマスさんが立ち止まった先に、それはあった。

 白い石の柱。大人の背丈より少し高い柱が、木々のあいだに等間隔で並んでいて、ずっとずっと左右へ続いている。柱の表面には、羽を広げた小鳥の紋章が彫られていた。

「聖域の境よ」

 イザベラ様が、かすれた声で言った。お兄様の上着を、まだぎゅっと握りしめている。

「この先に、要石があるはず」

 私は、柱のあいだから、その向こうをのぞきこんだ。

 そして。

 息が、止まった。

 こちら側の森は、薄いもやがただようだけだった。

 でも、柱の向こうは。

 真っ黒だった。

 木も、草も、空も、全部。墨を流しこんだみたいに、どろりとした黒いもやに塗りつぶされて、何も見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。