↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/57

第一部 月明かりの共犯者

「……ローゼンベルク様」

 イザベラ様は、かすれた声で私の名前を呼んだ。

 それから、はっとしたようにフードを深くかぶり直す。もう遅い。銀色の髪は、月明かりの下でしっかり見えてしまった。

「な、なぜあなたがここに」

「えっと……それは、こっちも聞きたいというか」

 夜中に、黒マントで、北側の井戸。

 どう見ても、私たちは同じことをしに来ている。

 イザベラ様もそれに気づいたのか、ぎゅっと唇をかんだ。その手のひらには、まだ消えかけの光がちらちらと残っている。

「……見ていたのね」

「ご、ごめんなさい」

「笑えばいいわ」

「え?」

「聖女候補が、こんな夜中にこそこそ井戸に手をかざして。一晩かけても、少ししか消せないのよ。……笑えばいいじゃない」

 イザベラ様の声が、震えていた。

 お茶会のときの、氷みたいな顔じゃない。今にも泣き出しそうな、悔しそうな顔だった。

◇

「笑わないよ」

 私は、イザベラ様の隣にしゃがみこんだ。

 後ろでアルが一歩動く気配がしたけれど、何も言わなかった。マークは腕を組んで壁に寄りかかり、ライザは……なぜかパンの袋を胸に抱えて、はらはらした顔をしている。

「イザベラ様は、この井戸がおかしいって、自分で気づいたんでしょう?」

「…………」

「神殿は『井戸の手入れのせい』って言ってるのに。それでも、おかしいって思って、こんな夜中に、ひとりで来たんでしょう?」

「……お祖父様は、結界は完璧だとおっしゃるわ」

 イザベラ様は、井戸のふちを見つめたまま言った。

「五十年前、北の森で、お祖父様が命がけで張られた結界ですもの。……あれは決して破れない。だから瘴気が王都に入ってくるはずがない。体調を崩す者がいるのは、その者たちの不摂生のせいだ、と」

「でも、イザベラ様はそう思わなかった」

「……感じるのよ」

 ぽつりと、こぼれるような声だった。

「この井戸からも、あのお茶からも。冷たくて、にごっていて、いやな感じがする。小さいころから、そうだったの。私だけ。お祖父様に言ったら、『聖女候補が弱音を吐くな』って」

 小さいころから。

 見えないけれど、感じる。誰にもわかってもらえないまま、ずっと。

 それって、どれだけ心細かっただろう。

「イザベラ様。手、貸してもらってもいいですか」

「……何をするつもり」

「一緒にやりましょう」

 私はイザベラ様の手をとって、自分の手と重ねて、井戸のふちに置いた。冷たい手だった。夜風の中で、ずっとここにいたんだ。

 ──きれいになって。

 手のひらが、あたたかくなる。

 光が、私の手から、重ねたイザベラ様の手を通って、井戸の底へと流れこんでいく。イザベラ様の手から出ていた小さな光も、それに混ざって、ひとつになっていく。

 黒いもやが、ほどけるように消えた。

「…………」

 イザベラ様は、自分の手を見つめたまま動かなかった。

「……消えたわ」

「はい」

「いやな感じが、全部。……あんなに、一晩かけても、少ししか消せなかったのに」

 紫の瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。

「どうして」

 イザベラ様は、私をにらんだ。にらんでいるのに、涙がどんどんあふれてくる。

「どうして、あなたなの。私は、小さいころからずっと、聖女になるために、毎日毎日祈ってきたのに。どうしてあなたは、ダンスのついでに、ポットを抱きしめたついでに、こんなに簡単に……っ」

 言葉が、続かなくなった。

 私は、何も言えなかった。

 だって、本当のことだから。私は、ゲームで十八年分、ボタンを押してきただけだ。イザベラ様みたいに、本物の毎日を祈って過ごしてきたわけじゃない。

 だから、ずるいって言われても、仕方ない。

「……でも」

 私は、重ねたままの手を、少しだけ強く握った。

「イザベラ様の光、ちゃんと混ざってましたよ」

「……え」

「イザベラ様の手を通したら、光がすっと奥まで届いたんです。ひとりでやるより、ずっと楽でした。……それに、私は見えるから気づけただけです。見えないのに、ずっとひとりで感じて、誰にもわかってもらえなくて、それでもこんな夜中にあきらめずに来てたのは、イザベラ様のほうです」

 イザベラ様が、ぽかんと口を開けた。

 それから、真っ赤になった。耳まで、首まで、真っ赤に。

「な、な、何を言っているの、あなたは!」

「ほんとですって」

「慰めなんて結構よ!」

「慰めじゃないですって!」

「……お嬢様方、声が大きいです」

 アルの低い声に、二人そろって口をつぐんだ。

◇

「……今夜のことは、誰にも言わないで」

 イザベラ様は、ごしごしと袖で涙をふいて、フードを深くかぶり直した。

「あなたが井戸を浄化して回っていることも、私は見なかったことにするわ。お祖父様にも、言わない。……今夜のところは」

「ありがとうございます、イザベラ様」

「お礼を言われる筋合いはないわ。……共犯になっただけよ」

 共犯。

 なんだか、ちょっとかっこいい響きだ。

 イザベラ様は立ち上がりかけて、ふと動きを止めた。それから、迷うように何度か口を開いては閉じて、ようやく、小さな声で言った。

「……北の森の奥に、結界の要石があるの」

「要石?」

「結界を支えている、大きな石よ。五十年前に、そこで結界が張られたと伝えられているわ。でも、神殿の者以外は、決して近づいてはいけないことになっている。私でさえ、行ったことはないの」

 北の森。夜空に走っていた、あの黒いひび。

「井戸がおかしいのは、北側ばかり。……要石に、何かあったのかもしれない」

 イザベラ様は、そこで言葉を切った。

 フードの奥から、紫の瞳が、まっすぐ私を見た。

「……サラフィーナ、さん」

 初めて、名前で呼ばれた。

「もし、私があそこへ行くと言ったら。……一緒に、来てくださる?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。