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ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重


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第一部 お茶会と銀の令嬢

「サラ様、いらっしゃいませ。お待ちしておりましたわ」

 屋敷の玄関で、栗色の巻き髪の令嬢がふんわりと手を振った。

 ミレーユ・ヴェルネ。ヴェルネ子爵家のひとり娘で、小さいころからの友だちだ。たれ目で、しゃべり方はおっとりとていねいで、いつもにこにこしている。

 ただし、ゲームでよく知っている。この子は、王都いちばんの情報通だ。どこの家の経営がおもわしくないか、誰と誰がこっそり会っているか、全部知っている。

「それでぇ、今日はとっても楽しみにしてたの。だって、噂の聖女様とお茶ができるんだもの」

「ミレーユ!?」

「うふふ。大丈夫ですわ、今日のお客様は五人だけ。みなさま、口の固い方ばかりですもの。……あ、でもおひとりだけ、予定外のお客様がいらっしゃっていますの」

「予定外?」

 ミレーユは、にこにこしたまま、声をひそめた。

「イザベラ様ですわ。ご自分から、参加したいとおっしゃいましたの」

◇

 中庭の円卓で、イザベラ様は背筋をまっすぐ伸ばして座っていた。

 銀色の髪。紫の瞳。近くで見ると、ひんやりするほどきれいな人だ。氷で作った人形みたい。

「……ごきげんよう、ローゼンベルク様」

「ご、ごきげんよう、イザベラ様」

 それだけ言うと、イザベラ様はふいと目をそらした。

 ……嫌われてる。これは絶対、嫌われてる。

 だって、イザベラ様は聖女候補だ。そこに、いきなり「新しい聖女」の噂が飛びこんできた。しかもその噂の主は、薔薇園を芋畑にした公爵令嬢。私がイザベラ様でも、たぶんむっとする。

「さあ、みなさま。お茶にしましょう」

 ミレーユの合図で、侍女たちが白いティーポットを運んできた。ふわりと、紅茶のいい香りが広がる。

 そして。

 ポットの注ぎ口から、うっすらと、黒いもやが立ちのぼっていた。

 ……うそでしょ。

 薄い。舞踏会の騎士の腕より、ずっと薄い。でも、間違いない。赤ちゃんのころ、ミルクのお湯から立ちのぼっていたのと同じ、あの黒だ。

 これ、水が悪い。

 王都の、しかも子爵家のお屋敷の水が。

 侍女さんが、ひとりずつカップにお茶を注いでいく。ミレーユ。伯爵家の令嬢。男爵家の双子。イザベラ様。

 まずい。このままじゃ、みんな飲んじゃう。

 薄いから、一杯くらいならたぶん大したことはない。でも、大したことがないかどうかなんて、私にはわからない。

「あ、あのっ!」

 私は勢いよく立ち上がった。全員の視線が、いっせいに集まる。

「ポット、すごくかわいいですね! ちょっと触ってみてもいいですか!?」

「……えぇ?」

 ミレーユのたれ目が、まん丸になった。

 うん、わかる。自分でも何を言っているのかわからない。でも、もう後には引けない。

 私は侍女さんからポットを受け取ると、「わあ、すてきな絵付け、どこの工房ですか、もう本当にかわいい」と大げさに言いながら、両手でしっかりと包みこんだ。

 ──きれいになって。

 手のひらが、ほんのりあたたかくなる。

 光がこぼれないように、できるだけ小さく、小さく。ポットの中で、黒いもやがすうっと溶けていくのがわかった。

 ついでに、もう注がれてしまったカップにも。ポットを返すふりをして円卓をぐるりと回り、「このカップもおそろいですか? かわいい!」と、ひとつずつのふちにそっと指を触れていく。

 伯爵家の令嬢が、ちょっと引いている。双子が顔を見合わせている。

 いいんだ。変な人だと思われても。お腹を壊すよりずっといい。

 最後に、イザベラ様のカップ。

 指先がカップのふちに触れた、その瞬間。

 細い指が、私の手首をつかんだ。

「──今、何をなさったの。ローゼンベルク様」

 イザベラ様が、紫の瞳でまっすぐ私を見上げていた。

 どきりとした。

「な、何も……カップがかわいくて……」

「ごまかさないで。……さっきまで、このお茶からは、いやな感じがしたの。うまく言えないけれど、冷たくて、にごったような」

 え。

「それが、あなたが触れたとたんに、消えた」

 イザベラ様の小さな声は、ほかの令嬢たちには聞こえていない。ただ、つかまれた手首が、少しだけ震えていた。

 この人。

 見えてはいない。でも、感じているんだ。瘴気を。

「……イザベラ様」

 私は、ほかの人に聞こえないように、できるだけ小さな声で聞いた。

「そのいやな感じ。他の場所でも、感じたこと、ありますか?」

 イザベラ様の瞳が、ほんの一瞬、揺れた。

 それから、ぱっと手を離して、つんとそっぽを向いた。

「……あなたに答える義理はありませんわ」

 そう言って、カップを口に運ぶ。

 一口飲んで、小さく、本当に小さく、つぶやいた。

「……おいしい」

 その耳が、うっすらと赤くなっていた。

◇

「それで、サラ様」

 お茶会の帰り際。玄関まで見送ってくれたミレーユが、にこにこしながら言った。

「うちのティーポットの、どこがそんなにお気に召したのかしら」

「うっ」

「うふふ。おっしゃりたくないなら、よろしいんですの。ただ、ひとつだけ、お教えしますわ」

 ミレーユは、ほんの少しだけ声を落とした。

「あのお茶のお水、うちの裏の井戸から汲んだものですの。でも、ここひと月くらい、使用人たちがよくお腹を壊すようになりましたの。うちだけではありませんわ。王都の北側のお屋敷は、どこもそうですの」

「……北側?」

「えぇ。北の森にいちばん近いあたり」

 北の森。

 ゲームで、熊の魔物が出たのも北の村だった。トマスさんが魔物にやられたのも、森の討伐だ。

 そして紬は言っていた。

 結界が、ほころびはじめている。

「……ミレーユ。それ、神殿には報せた?」

「もちろんですわ。でも、『結界は完璧である。井戸の手入れを怠ったせいだろう』と、それだけ。……ふしぎですわね。井戸なんて、毎年ちゃんときれいにしていますのに」

 ミレーユは、ふんわりと笑った。

 そのたれ目の奥が、少しも笑っていないことに、私はそのとき初めて気づいた。

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