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ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重


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第一部 王子の取引

「セドリック殿下が、お見えです」

 執事のその一言で、公爵家は大混乱になった。

「な、なんだと!? 先触れもなしにか!?」

「父上、落ち着いてください。殿下が先触れなしに来るのは、子どものころからいつものことです」

「そうだったな!」

 お兄様が、少しも落ち着いていないお父様をなだめている。

「サラ、お茶の支度を。庭がいいわ。殿下は昔から、うちの庭でお茶を飲むのがお好きだから」

 お母様だけが、いつもどおりにこにこしていた。

 うちの庭。つまり、芋畑だ。

 王子様は、なぜかそこがお気に入りらしい。

◇

「やあ、サラフィーナ嬢。今日の君は、花を探しに来た蝶も迷ってしまいそうだね」

 芋畑を見下ろす東屋で、殿下は今日も完璧な笑顔でそう言った。

 花はない。ここにあるのは芋だ。蝶も迷うだろう。

「……ありがとうございます、殿下」

 もうわかった。この人の褒め言葉は、挨拶の一種だ。「こんにちは」と同じくらいの意味しかない。

「お茶をお持ちしましたー!」

 トレイを抱えたライザが、元気よくやってきた。

 その瞬間、殿下の背筋が、ほんの少しだけ伸びた気がした。

 ……気のせいかもしれない。

「殿下、今日のお茶は公爵領のハーブを混ぜたものです! お嬢様が森で見つけた、すっごく体にいいやつです!」

「そうかい。それは楽しみだ」

「あと、お砂糖は三つまでです! 殿下、小さいころ五つも入れてたでしょう! 虫歯になりますよ!」

「ライザ!?」

 王子様に向かって、虫歯。

 私は青ざめた。なのに殿下は、怪しむどころか、ふっと口元をほころばせた。

「……よく覚えているね」

「覚えてますよ! あのとき私、お砂糖壺ごと取り上げたんですから!」

「うん。取り上げられた」

 殿下は、砂糖をきっかり三つだけ入れた。

 ……あれ?

 今の殿下の顔。舞踏会でも、さっきの挨拶でも見たことのない、やわらかい顔だった気がする。

 そっか。殿下、お砂糖が好きなんだ。

 私は、ひとりで納得した。

◇

「──さて」

 ライザがおかわりのお茶を取りに戻っていくと、殿下はカップを置いた。

 空気が、変わった。

「舞踏会の続きを聞かせてもらおうか。婚約者殿」

 笑顔はそのままなのに、青い目が、すっと細くなる。

 東屋の柱のそばで控えていたアルが、わずかに身じろぎしたのがわかった。

「……なんのことでございましょう」

「とぼけなくていいよ。あの後、君は神殿に呼ばれた。デビューした令嬢のうち、君だけが。そして今、王都では『新しい聖女』の噂で持ちきりだ」

「……」

「君が何者なのか、無理に聞くつもりはない」

 殿下は、芋畑のほうへ目をやった。

「ただ、ひとつ知っておいてほしい。この国の王家は、神殿に逆らえない」

「……父からも、そう聞きました」

「五十年前、結界を張って国を救ったのは神殿だ。だから王家は、神殿に頭が上がらない。神殿が治癒にどれだけ金を取ろうと、金のない者を追い返そうと、口を出せない」

 金が足りないって、断られた。

 マークの言葉が、また胸によみがえる。

「──でもね、サラフィーナ嬢」

 殿下の声が、少しだけ低くなった。

「王宮の書庫にある五十年前の記録。結界を張った日の記録だけが、なぜか何枚も、きれいに切り取られているんだ」

「……え」

「結界を張ったのが、本当に神殿なら。誇らしげに残しておけばいい記録だ。なぜ消す必要がある?」

 強い力を持つ者の言葉を、そのまま信じすぎないで。

 紬の声が、頭の奥で響いた。

「そこで、取引をしよう」

 殿下は、またにっこりと笑った。舞踏会で見せた、あの悪い顔で。

「僕は、君の秘密を守る。代わりに君は、僕が神殿を調べるのを手伝う。どうかな」

「……なんで、私なんですか?」

「神殿がいちばん欲しがっているものを、君が持っているからだよ」

 殿下は、さらりと言った。

「それに」

 ふっと、東屋の外を見る。その先では、たぶんライザが、お湯を汲むために厨房とのあいだを行ったり来たりしている。

「君が神殿に連れていかれたら、この家の誰かが泣くだろう。……それは、見たくないんだ」

 この家の、誰か。

 お父様かな。お父様なら、絶対に泣く。ハンカチを三枚くらい使って泣く。

 殿下って、意外とうちの家族のこと、よく見てるんだな。

「……わかりました。その取引、お受けします」

「話が早くて助かるよ」

 殿下は満足そうにうなずき、それから柱のそばのアルに目をやった。

「そこの護衛くんも、よろしく。さっきから、まるで僕を斬りたそうな目で見ているけれど」

「気のせいでございます、殿下」

 アルは、微動だにせずに言った。

「私は護衛ですので。お嬢様に近づくものは、すべて警戒いたします。たとえ婚約者であっても」

「それは心強い」

 にこにこ。無表情。にこにこ。無表情。

 ここだけ、気温が下がった気がする。

◇

「おかわり、お持ちしましたー!」

 ライザが戻ってきて、凍りかけていた空気が一瞬でとけた。

 殿下はそのお茶をゆっくり飲み干してから、立ち上がった。

「では、今日はこれで。また近いうちに来るよ」

「また来るんですか?」

 ライザが、きょとんと首をかしげた。

「殿下って、本当にお嬢様のことが大好きなんですね! 小さいころから、しょっちゅういらっしゃいますもんね!」

 殿下が、ほんの一瞬だけ、固まった。

 それから、完璧な笑顔で、ゆっくりと言った。

「……そうだね。そういうことにしておこうか」

 どういうこと?

 私とライザは、そろって首をかしげた。

 東屋の柱のそばで、アルが、ものすごく何か言いたそうな顔で、空を見上げていた。

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