↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームの中のお嬢様に転生したら、嫌味しか言わない護衛騎士が、十二年わたしだけを見ていたらしい  作者: 八重


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/57

第一部 神殿からの招待状

目が覚めたら、天蓋つきのベッドの上だった。

 ふかふかの枕。つるつるのシーツ。窓の外では、小鳥がちゅんちゅん鳴いている。

 私はゆっくり起き上がって、自分の髪をひとふさつまんだ。

 ピンク。

「……夢じゃなかった」

 物置部屋の、せんべい布団じゃない。叔母さんの卵焼きのにおいもしない。

 胸の奥が、ちくりと痛んだ。

 でも、その痛みをじっくり考える暇もなく、扉が勢いよく開いた。

「お嬢様、おはようございます! 昨夜は最高でしたね! 王宮じゅうの視線を独り占めでしたね! 私は控え室にいたので見てないんですけど!」

「見てないのに!?」

「わかりますよ、お嬢様のことなら!」

 ライザは今日も元気だった。

◇

 朝食の席は、いつもより少しだけ静かだった。

 理由は、お父様の手元にある一通の手紙だ。

 白い封筒に、金色の封蠟。そこに押されているのは、羽を広げた小鳥の紋章だった。

「神殿からだ」

 お父様が、低い声で言った。

「大神官オルドヴィン様の名で。……社交界にデビューした令嬢に、女神スラーシュの祝福を授けたい。ついては三日後、神殿へお越しくだされたし、と」

 オルドヴィン。

 その名前を聞いた瞬間、昨夜のあの笑顔が、頭に浮かんだ。

「それって、デビューした令嬢全員に届くんですか?」

「いや」

 答えたのは、お兄様だった。眼鏡の奥の目が、冷ややかに細められている。

「友人に確かめた。昨夜デビューした令嬢は十二人。招待状が届いたのは、サラだけだ」

「うっ」

「それと、昨夜オルドヴィン様の隣にいた銀髪の令嬢。あれはオルドヴィン様の孫娘で、イザベラ嬢だ。次の聖女候補と噂されている」

 聖女候補。

 だから、あんなににらまれてたのか。

「サラ。昨夜、何かあったのかい?」

 お父様の声は、やさしかった。やさしいからこそ、ごまかせなかった。

 私は、フォークをそっとお皿に置いた。

「……警護の騎士さんの腕に、黒いもやがまとわりついていて。すごく具合が悪そうだったから、ダンスのついでに、ちょっとだけ……払いました」

 沈黙。

 お母様が、ティーカップをそっとソーサーに戻した。かちゃり、という小さな音が、やけに大きく響いた。

「ダンスの、ついでに」

 お兄様が、ゆっくりと繰り返した。

「王宮の、大広間で。何百人もの貴族がいる前で。神殿の大神官が見ている前で。ダンスの、ついでに」

「ごめんなさい……」

「さすがお嬢様ですっ!!」

 壁際で控えていたライザが、目をうるませて叫んだ。

「ライザ、今は黙っていなさい」

「はいっ! でもさすがですっ!」

 そのさらに奥で、アルが目を閉じていた。たぶん、心の中で「だから無茶をなさるなと」と言っている。聞こえる。すごく聞こえる。

◇

「断ることは、できないのですか?」

 おそるおそる聞くと、お父様は重いため息をついた。

「神殿の招きを断れる者は、この国にはいない。王家でさえ、だ」

「王家でさえ……?」

「五十年前の魔物との戦いで、結界を張って国を救ったのは神殿だ。それ以来、この国は神殿に守られている。……そう、伝えられている」

 お父様は、最後の一言だけ、少し言いたくなさそうに付け足した。

 それから、執事を呼ぶ。

「離れの叔母上に、使いを出してくれ。至急、こちらにお越しいただきたいと」

◇

 大叔母様のヒルダがやってきたのは、その日の夕方だった。

 細い杖をついた、小柄なおばあさま。真っ白な髪をきっちりと結い上げて、背筋は定規を入れたみたいにまっすぐだ。

 ゲームの中では、敷地の離れにひとりで住んでいて、母屋に顔を出すのは年に一度、新年の挨拶のときだけの人だった。いつも厳しい顔をしていて、お父様でさえ背筋を伸ばしていた。

「グレン。あなたがこの私を至急で呼びつけるなんて、二十年ぶりね」

「申し訳ありません、叔母上」

 お父様が、子どもみたいに肩をすくめた。公爵より強い人、初めて見た。

 大叔母様は、事情を一とおり聞くと、黙って私の前に立った。

 灰色がかった青い瞳が、私の顔をじっと見つめる。それから、ゆっくりと、私の髪へと移った。

 しわだらけの指が、私のピンクの髪を、そっとすくい上げる。

「……兄上と、同じ色。生まれたときからそう思っていたけれど。大きくなって、ますます似てきたわね」

「兄上……?」

「あなたのおじいさまの弟。あなたには大叔父さまにあたるわ。エドガー。……この家では、あまり話されない名前だけれどね」

 お父様が、わずかに目を伏せたのがわかった。

 エドガー。

 ゲームの中では、一度も出てこなかった名前だ。なのにどうしてだろう。その名前を聞いた瞬間、胸の奥が、ふっとあたたかくなった。

「神殿へは、行きなさい」

 大叔母様は、きっぱりと言った。

「叔母上!」

「断れば、あの一族はもっと強引な手を使うわ。これは招待じゃない。確かめようとしているのよ、この子が何者なのか」

 大叔母様は杖で、こつんと床を叩いた。

「ただし、ひとりでは行かせない。私がついていくわ」

 それから、私にだけ聞こえるくらいの小さな声で、こう付け足した。

「……五十年前にも、同じ光を見たことがあるのよ」

「え?」

「あなたの指先からこぼれた光。あたたかくて、やさしい色の光。──あの人も、そうだった」

 あの人。

 大叔母様はそれ以上何も言わずに、窓の外を見た。

 夕焼けに染まる芋畑の向こう、ずっと遠くの空を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。