第2話「迷惑系マイチューバー②」
首のない死体を前に、世界は数秒間フリーズした。
残った四人のスカイドットのメンバーは、叫ぶことも逃げることも出来ず、ただ口を半開きにして立ち尽くしていた。
アスファルトに転がる生首。
朱色に染まった路面。
そして――
その中心に立つ、血を浴びた少女。
血の臭いがするはずなのに、妙に清潔感がある。
感情の見えない瞳だけが、こちらを真っ直ぐ見ていた。
長い黒髪が揺れる。
その姿は綺麗というより――
「危険」だった。
「……え、あ……?」
最初に声を漏らしたのは、震える指でスマートフォンを握り締めた男だった。
「ツ、ツバサ……? な、なに……これ……?」
少女はゆっくりと首を傾げた。
まるで意味の分からない質問を投げかけられた子供のように。
「首が取れただけですが?」
あまりにも平坦な声だ。怒りも興奮も、達成感すらない事務的な報告。
「な、なに言って……! お前、人を……人を殺したんだぞ!!」
「はい」
即答だった。否定も言い訳もない。
「あなた達は警官を殺そうとしました。なので私が先に処理しました。それだけです」
「そ、そんなの……そんなの……!!」
「法がある? 裁判がある? ええ、知っています」
少女は血に濡れた指先で、自分のこめかみを軽く叩いた。
「でも、それが機能していないから、あなた達は今ここにいますよね?」
ぐらり、と男の一人が後ずさる。
「ち、違う……俺達は……動画で……」
「動画で警官を殺す予定だった」
淡々と遮られる。
「しかも収益目的。反省の余地なし。再犯率、極めて高い」
少女は四人を順に見回した。
まるで書類にチェックを入れるような視線で。
「だから一人、見せしめにしました」
「ひっ……!」
誰かが悲鳴を上げた。
「……おい」
かすれた声が割って入る。
「……やめろ……」
地面に伏していた鳴神が、体を起こしていた。
首元に残る圧迫の痕を押さえながら、ふらつく足で立ち上がる。
「……もう十分だ……」
少女の視線が、初めて鳴神に向いた。
そして、ほんの僅かに――
興味を示すように、目が細められた。
「生きてましたか」
「……警察だ……。これ以上は……事件になる……」
「もう事件です」
きっぱりと言い切る。
「あなたが殺されかけ、私はアレを殺した。終了です」
「……それを決めるのは……お前じゃない……」
鳴神はそう言いながらも、自分の言葉に力が無いことを自覚していた。
少女は一歩、鳴神に近づく。彼女は背伸びをして鼻先がくっ付かんばかりに顔を寄せる。
「では、誰が決めるんですか?」
濁りのない、透明な瞳に真正面から見据えられ、鳴神は反射的に顔を逸らした。
「あなたですか?」
鳴神は言葉に詰まった。
「……俺は……」
「あなたは何も出来ませんでした」
少女は無感情に冷たく言い放つ。けれど僅かに、初めて瞳が悲し気に揺れた。
「無能力。装備も制限されている。法に縛られている。あなたが出来るのは、せいぜい殴られ役です」
鳴神の胸がぎしりと軋む。言い返す余地もなかった。
「……それでも……俺は……」
「逃げませんでした」
少女は、ほんの一瞬だけ言葉を区切った。
「普通は逃げます。泣き叫びます。命乞いをします」
少女は鳴神を見つめたまま、言葉を続ける。
「あなたは逃げなかった。守ろうとした。結果は無様でしたが」
胸の奥が、妙に熱くなる。
屈辱と安堵が、同時に込み上げてくる。
「さて」
少女は残った四人に向き直る。
「では、残りの処理に移ります」
「ま、待て!!」
鳴神は思わず叫んだ。
「……全員、殺す気か……!?」
少女は少しだけ考えるように首を傾げ――
「いいえ」
あっさりと否定した。
「あと一人です」
「……は?」
「さて、貴方達の中で炎の能力持ちがいますよね?誰か教えてくれれば他に用はありません。良かったですね、お家に帰れます」
少女はちらっと鳴神の制服の焦げ跡に目を向けながら無感情に言った。それを聞いたスカイドットの三人は何の迷いもなく同時に拓也を指差す。
「はっ!? お、お前ら裏切る気か!? お前らだってノリノリで撮影してたじゃねぇかよ!!」
「う、うるせぇ! 全然ノリノリじゃねぇし! 無能力者相手に火球デカすぎ思ってたわ!」
「そ、そうだそうだ! 弱い者いじめ反対!」
スカイドットの三人は少女に媚びへつらう白々しいセリフを吐きながら、ペコペコ頭を下げながら後ずさる。そしてある程度の距離が出来ると一目散に逃げだした。
「醜いものを見てしまいましたが――死ぬべきあと一人がわかりました」
「ひっ…!」
無感情な少女の視線を受け、拓也は能力を使う事も忘れ地面に座り込んでしまった。何故か体に力が入らない。絶対に勝てないと思わせる何かが少女にはあった。
「た、た、助けてくださいっ!! し、死にたくない…! お、俺は殺そうとなんてしてないです! そ、そうですよね!」
拓也は泣きながら鳴神に縋りつく。
「これから殺すかもしれない。貴方はそれだけのことをした。わかりましたか?」
少女のその言葉を最後に、夜風が吹き抜ける。
次の瞬間――
また一つ、悲鳴が途切れた。
鳴神は、その光景から目を逸らせなかった。
恐怖。
嫌悪。
理解。
そして――
否定しきれない納得。
全てが胸の中で、ぐちゃぐちゃに混ざり合う。
少女は血を払うように軽く手を振り、再び鳴神を見る。
「次に会う時は」
夜の闇へ溶けていきながら、告げた。
「あなたは、私を捕まえに来る側ですね」
その声は、どこか楽しげだった。
「それでも逃げませんか? 正義さん」
名前を呼ばれた瞬間、鳴神の心臓が跳ね上がる。
返事をする前に――
少女の姿は、もうそこにはなかった。
残されたのは、二つの死体と、沈黙と。
そして鳴神の胸に芽生えた、決して抱いてはいけない感情だった。




