第1話「迷惑系マイチューバ①」
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「すみません警察です。近隣の住民から苦情が入ってます。こんな深夜に騒いだら迷惑でしょう」
「あ? サツぅ? サツ如きが誰に口きいてんのぉ?」
「お前の生涯年収、俺達の一月の収益だけどww」
「ははっ! マジウケる! 社畜おつで~すww」
(はぁ…………)
嫌な予感が的中してしまった。
ESP対策課三年目になる鳴神正義はうんざりとして心の中で深い溜息を吐く。
コンビニ前で若者が騒いでいると通報を受けてから嫌な予感はしていたのだ。
「ん? 何その目? マイチューブの時代を創る俺達に一般人が何様?」
五人組の一人の調子に乗り切った顔が鼻先まで近づいて来る。男の息は非常に酒臭く堪らず顔を叛けた。
鳴神は横目で見る彼らの顔に見覚えがあった。
新進気鋭の五人組マイチューバ―『スカイ・ドット』
この寒路市を中心に活動する動画配信グループであった為、その手の話題に明るくない鳴神も存在は知っていたのだった。
動画配信の広告費で若くして分不相応な富を手に入れてしまえば、調子に乗るのも無理もないのかもしれないと鳴神は同情の目を向ける。
「気に食わねぇなぁ。皆、こいつに分からせてやろうぜぇ。俺らの【ESP】でさぁ!」
「……ESPで他者を害する行為は重罪になります。酔っているとはいえ――」
「はっ! うっせぇわ! 誰が俺達を捕まえられるてんだよぉ! あぁん!?」
【extrasensory perception】略称ESP。
20XX年にこの原因不明の特殊能力が人類に発現してから十年。
炎を生み出す者。
空を飛ぶ者。
念力で物体を遠隔操作出来る者。
常識では考えられない超常的な力を持つ人間が次々と現れた結果、日本の治安はここ数年で見る影もなく荒れ果ててしまった。
外国の銃社会が可愛く見えるほどの大きな力を突如として不特定多数の人間が得てしまったのだ。そして自由と権利を重んじる日本政府は、このESPに対する方策を後手後手に回してしまい……。
ESPの使用を制限する法こそ出来たものの実際は形だけ。ESPを使った犯罪の抑止力には大してならなかった。
結局人間は、未知の超常的な力の持つ魔力に抗う事が出来なかったのだ。
「おい! 動画回すぞ! ちょっと炎上すっかもだけどサツがビビって逃げ回る様ってレアじゃね?」
「配信者の鏡だねぇ! じゃあ拓也のESPでド派手にキメてこうか!」
また、このスカイドットのような動画配信者達も治安の悪化に一役買ってしまっていた。ESPを持つ配信者にとってそれは可視化された金脈だ。界隈は倫理と品性を欠いたESP関連動画で溢れてしまっていたのであった。
「行くぜぇ! 必殺・焔玉ぁッ!!」
サッカーボール大の火球をメンバーの一人がキメ顔で生成する。人気漫画から引用したのであろう必殺技名をカメラ目線で恥ずかしげもなく叫ぶあたり、酔っているとはいえ流石は動画配信者であった。
(面倒だな……。ただ単に制圧するだけならば簡単だ・・・。だが周囲への被害を考えると一度やられた振りをしてさっさと満足して貰うのが賢明か)
現時点でのESP所持者は全国で10万人程度、全人口の約0.1%と言われている。
他人に強い影響を及ぼせるレベルとなるとそこからさらにパーセンテージは下がる。
警察組織もその低確率の例外ではなく、ESP持ちは極めて少ない。
鳴神自身も何の能力も有していない普通の人間であった。
「食らいやがれぇッ!!」
なので眼前に迫る火球をもろに受けてしまえば致命傷は免れない。
かと言って避けてしまえば彼らをより刺激する事になり、攻撃が激化する事は自明の理である。
(はぁ……。面倒だ。もっとシンプルにぶっ飛ばせれば楽なものを……)
鳴神はもはや仕事に対するモチベーションが今やそこまで高い方ではなかった。
ただ市民に対する迷惑行為を黙って見過ごせるほど面の皮が厚くもない。
「ふっ!!」
火球を目前にして鳴神は体を高速で回転させると、耐火加工の施された制服で巻き取りつつ風圧で鎮火を試みる。そして地面に叩きつけられる瞬間にしっかりと受け身をとり衝撃を地面に逃がした。この身体能力の高さこそ、鳴神が無能力者にして最前線でESP保持者の取り締まりを行える理由であった。
けれど傍から見れば火球が直撃し激しく吹っ飛んだようにしか見えない為、スカイドットのメンバーは揃って歓声を上げる。
「はっはぁ! 流石タクちゃん! 良い画が撮れたぜ~」
これで少しは満足しただろうか。
鳴神は地面に伏しながら本日何度目かの溜息を吐く。
油断している今ならば素早く麻酔銃を撃ち込み鎮圧、署に連行する事は簡単だ。
だがESP所持者からは、能力という武器そのものを取り上げる事が出来ない。
拘束しようが何をしようが彼らが能力を使用すると思えば何時でも使用出来てしまうのだ。
実際に拘束されたESP保持者が交番で暴れ、大きな被害が出た事件は一つや二つではない。
迷惑行為はやめさせなければならない。
けれど悪戯に刺激してはならない。
御上もESP所持者を特別な存在として何かと優遇している節がある。
下手をすれば罰せられるのは鳴神の方なのだ。
人権を重んじてESP関連の細やかな法整備が遅れた結果、鳴神ら治安維持部隊の人権は地に落ち切ってしまっていたのであった。
(俺は一体何をしているんだ……? こんな連中のサンドバックになる為に警察に入ったのか?)
違う。
鳴神は鮮明に覚えていた。
小学校低学年の頃、同級生に正義という名前を冷やかされて母に文句を言ってしまった時だ。
『えー。正義って名前私はカッコいいと思うけどなぁ。いつも弱い人の味方って感じでさ。そんで私はいつでも正義の味方・・・・・だからね!』
母はそんな自分にサムズアップして明るく笑ってくれた。
それから何となく、自分も誰かの味方でありたいと思うようになり……。
日々体を鍛えながら警察官を目指すようになったのだ。
弱者の味方である象徴の制服に袖を通した時、少し目頭が熱くなったのを今でも覚えている。
それが今や、権力の糸で縫われた制服を身に纏った操り人形に成り果ててしまったのだから皮肉なものだと、鳴神は自分で自分を嘲笑った。
「……おい。ちょっと動画止めろ。やっぱなんかあいつの眼、気に入らねぇわ」
「ははっw そう言うと思ってもうカメラ止めてるよんっ」
「流石分かってんじゃん。ちょっとエンタメの域を超えて痛めつけたくなっちゃったからさ~」
(目付きの悪さは生まれつきだっての……。これ以上まだやる気なのか?)
火球の直撃でド派手にぶっ飛ばしておいてそれをエンタメだと宣うマインドに心底呆れながら、鳴神は一層痛む奥歯を抑え顔をしかめる。
「上級国民である俺達に無能力の一般人が生意気なツラ向けてんじゃねぇよ!」
メンバーの一人が鳴神へ向け拳を握り込む。
すると鳴神の体は宙に浮かぶと同時に、首が万力の様な力で締め付けられる。
「ぐっ……!? はっ……!」
ギリッ……ギリリリリ……。
見えない力で鳴神の首が締め上げられる。
恐らく念力を操る類の能力だろう。凄まじい力だ。
これは最早、事件を丸く収めるとかそんな次元の話ではない。
このまま行けば殺されてしまう。そう思った。
その時――
「クズ野郎は速やかに死んでください。わかりましたか?」
――朦朧とする意識の中……。
鳴神は透明感と殺意が同居する、不思議な声を聞いた。
「よーしツバサ! そのまま捻り上げちま――」
ゴロン。
「え――」
鳴神の拘束が解けたと同時に、世界が朱色に染まる。
「ツバサッ!?!?」
澄んだ少女の声が聞こえて直ぐの事であった。
ツバサと呼ばれたメンバーの首。
それが無残にもアスファルト上に転がっていたのは。
「ん? 弱い? まぁ、いいけど」
突如として現れ――朱色に染まった彼女は日常の所作を行った後のように、まるで家から出て鍵を閉めた後かのような、自然な表情でそこに存在していた。
その表情に――
その風貌に――
その佇まいに――
そしてその美しさに――
鳴神は心が震え上がった。
それは恐怖とか喜びとか単純な感情ではない。
震えて湧き立つ。ざわつく。奥がむず痒くて思わず唇の端が吊り上がる。
そんな正確に言語化することの叶わない……摩訶不思議な感情であった。
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