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優しい雨の唄

 冷たい雨が、私の全身をグッショリ湿らせる。

 スカートの裾から滴り落ちる雫は、冷たく冷たく、地面に真っ黒な濃いシミを作っていく。

 橋の上から見下ろした川は、酷く荒れ果てて、茶色く濁った水が、橋を乗り越えて私を攫ってしまいそう。


 8年前から、私の心に降り注ぐ冷たい冷たい無機質な雨は、ずっと変わらない。

 今日も、あの日と同じ飴が、私の中で、降り注いでいる。


 このまま荒れ果てた川に身を投げ出してしまえば、楽になることができるのだろうか。きっと楽になるまでは酷く辛い時間に耐えなければならないけれど、それはいつまで冷たい雨に身を打たれるかわからない今と、どちらがひどく苦しいのだろうか。


 水を絞れそうなほどに濡れ、酷く重たくなったワンピースの紐が私の肩に食い込む。

 重さを感じない体も、酸素を必要としない体も、酷く息苦しくて地面に倒れてしまいそうだ。それでもこの場で倒れ込むことは許されない。もし倒れ込んだら、笑顔を張り付けた不気味な人形に、無理矢理立たされてしまうから。


 座ることも許してくれない人形は、私とまったく同じワンピースを着ているのに、私と違って感情に左右されない。

 人形に向かって私が酷い言葉を浴びせかけても、変わらない笑顔のまま私を立ち上がらせる。不気味で、残酷な人形。


 雨が、私に降り注ぐ雨の粒が大きくなった。雨の温度が1度下がる。

 体温がない私の身体だけど、これ以上冷たい雨にさらされてしまえば、いつかは凍えてしまうのだろうか。


 これ以上雨が冷たくなってしまったら、今度は雪が降るのだろうか。あたり一面真っ白になって、私は雪に埋もれてしまうのだろうか。私が雪に埋もれてしまったら、別の私が生まれるのだろうか。


 風が出てきた。今日の風は、いつもより強い。

 この世界に風が出てくるようになったのは、1か月前から。

 私の心が酷くかき乱されるときに吹き始める、身も切り刻まれそうなほど鋭い風。

 今日の風は、雨で濡れた私を更に痛めつけるかのようだ。

 雨に濡れた髪が、私の頬を叩く。冷たい大きな雫も私の顔を、体を叩く。刃の様な風は、私の身体に小さなヒビをつけていく。


 ピシッと、音を立てて私の腕に陶器の様なひび割れが入る。

 最初のひび割れは、どんどん広がって、私の全身に広がっていく。


(ああ、これでようやく楽になれる)


 私の身体がヒビだらけになって、小さな破片がポロポロと地面に落ちていく。

 顔をあげて、空を見上げた時、パリンッと大きな音を立てて、私は崩れ落ちた。


 私の視界に、鼠色の雲の隙間から差し込む、白い光の筋が映っている。見る見るうちに雲は遠ざかり、雲の向こう側に隠れていた青い青い、明るい空が姿を現した。

 割れてしまった私の抜け殻が、私の足元に出来上がった、透明でキラキラ輝く川に流されていく。

 真っ青な空を、鏡のように映しだす川は、どこまでも綺麗。

 いつの間にか晴れてしまった私の心も、この川のようにどこかすっきりしている。


 私の身体に、細かい温かい雫が降り注ぐ。

 雲はないのに、私の周りには雨が降っている。


 温かくて優しい、春の陽射しの様な温かい雨の唄に、新しい私の身体は包まれている。

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