<魔剣士シルベール編>第17話「ルーンタトゥーの秘密」
魔剣士シルベールと僧侶フェイト、2人きりの冒険パーティー。
2人が迷い込んだ森には、知りたくもない、何かが居る。
荒野の広がる、バイアルド中央部。
乾燥地に混ざって森が所々広がる。森はバイアルドの命の源であり、神聖な場所でもある。
南のバイアルドと、北のバルスタッド王国には、祖先を同じくする両国には、共通の伝統がある。
それが世に名高い、「狂戦士」。またの名を、バーサーカーという。
只、死を恐れぬ蛮勇と言うのではない。彼らの戦いは実に合理的である。
そうでなければ、大いなる過去において、古代魔法王国の猛攻に相対することなど出来なかっただろう。
その戦い方と言うのが、全身にルーンタトゥーを施すというものだ。
完全防御までは行かないが、かなりの退魔効果を持つ。
極限まで己を鍛える蛮勇と、退魔のタトゥー。
そして、それを支えているのが、古よりこの地で権力を持つ、<魔女>である。
彼女らは、森の秘儀にて、ヒミツの薬品を多種にわたり練り上げ、戦士にタトゥーを施す。
戦士以外にも呪術や薬品の調合を依頼する者も後を絶えないが、最大の顧客は、バーサーカー達である。ルーンタトゥーの効果はその緻密さと秘儀の技量による。
世界最高の魔女は、無尽蔵で潤沢な金を溜めており、一族の後進や数少ない弟子に秘術を伝えるのだ…。
尚、魔女は女に限られている。施術できるのは、老婆だけである。らしい。
―――――――――
夜、魔剣士シルベールと僧侶フェイトの2人は森に迷い込んだ。
冒険者にとって、森は危険でまた、魅力ある所。少なくとも、荒野よりは良いと言うモノも居るが、荒野の方が視界は開けている。
迷い込んだのだ。これは不可抗力と言える。
この森には数か所、侵入を警告する杭が撃ち込まれていたが。
森は広いのだ。知ったことか。
地元の民も、バーサーカーも、殆どの者は近寄らない。
魔女が所有を宣言する森だ。ヒミツが多々隠されている。ためらうことも無く、侵入者を排除する。
森を彷徨い少したって、フェイトは、不快な音の主をすぐに見破った。だが、見破ったとてどうなるモノでもない。
不快で大きな羽音。恐ろしい羽音。
ギガント・ビーの群れが、襲って来たのだ。
1匹でも、通常の人間なら、恐怖に逃げ出す。…生きていればだが。
30cmの体長。そして、5cmもある、毒針。
通常サイズのスズメバチに追われても怖いというのに。
シルベールの剣から、巨大な焔が渦巻いた。
恐怖の群れを焼き落す。
森の中で炎とは、だれも望まない。そこに居る者にとっては巨悪である。
だが、この怖ろしい群れを一瞬で排除するにはほかに方法は無かった。
直後だ。シルベールには、殺意が感じ取れた。
フェイトには、悪意が感じ取れた。
張りつめる森の空気。
「し、シルベール!逃げよう!」
森の怒りに恐れをなし、2人は逃げる。
…だが、どっちから来た!?どっちへ行けばいい!?
「星が見える所まで逃げよう!」
2人は、再び駆け出す。
もしや。よもや。
数々の冒険を潜り抜けたはずの2人にとって、最大の危機かも知れない。
まだ、至る所で、ハチの羽音は聞こえている!
「きゃ!!」
フェイトが、転んだ。
いや、転んだのではない。
フェイトは、ものすごい速度で引き摺られて行く。
シルベールは、瞬間、その方向の奥へ斬撃を飛ばして、「斬った」。
フェイトの体が止まる。
ムチのような、何かが蠢いて引っ込むのが見えた。
木が…。
巨木が、ずりずりと、他の木を押しのけながら、移動してくる。
根は巨大な虫の足の様に蠢き、幹には、そのゴツゴツした文様が老人のような顔を作っていた。
動く、巨木。
「も、森の王!トレント!?」
四方から、枝が触手の様に伸び、2人を捕らえようと追ってくる。
シルベールは、見えぬ程の速度で剣を振るう。
衝撃波が、枝を薙ぎ払う。だが枝は、すぐに再生していく。
「コイツ!炎じゃないと、無理だ!」
「だ、ダメだよシルベール!もっと怒らせる!」
2人は最早、方向も何もないが、逃げるしか手立ては無かった。
走る。とにかく、悪意から、怒気から逃げる。
「フェイト、怪我は大丈夫か!?」
手荒く引きずられのだ。多少の怪我は当然あるだろう。
「だ、大丈夫だよ!わたし、僧侶だから!」
ロクな回答ではないが、シルベールは強く手を握って、共に奥へ走る。
だから。
逃げ伸びた先で見つけた、ほんの少しの地面の割れ目…。
そこから内部に広がる空間を見つけた時、入ってみるしかなかった。
奥に広がる、洞窟へ入るしか、なかったのだ。
巨木が来ないであろう、地下へ。
ハチが入って来ないかどうかは、希望的観測と言うか、賭けでしかなかったが。
―――――――――
静かな洞窟だった。
2人は息を殺し、周囲を最大限の警戒を持って伺う。
此処なら、火をつけてもトレントは来ないだろう。
松明を灯す。
だが、すぐに必要なくなった。
その美しさに、2人は息をのむ。
ついさっきまで逃げて走るばかりの2人だったが、その全てを忘れる程、美しい光景だった。
洞窟の壁と言う壁、天井という天井。
星の様に、夜空が瞬いている。
今で言えば、壮大なプラネタリウム。
真っ暗である筈の洞窟に、青い蓄光。
「綺麗…。」
こころ奪われるフェイト。しかし、彼女はすぐに、その正体に気付いた。
星の瞬きは、動いていた。
フェイトは松明を壁に近付ける。
…虫!?
青い燐光を放つ虫が、飛び回っている。
外見はカナブンに近い。小さな甲虫だ。
まだ、奥に洞窟は続いているが、それどころではない!!
「し。シルベール!虫!!虫が!!」
「こ、コイツ等なんだ!?まさか肉食か!?」
虫は、間違いなく2人にまとわりついている。
いや、言いたくないが既に、体に引っ付いている。
肉食ならば、もう噛まれているだろう。
「に、肉食じゃないけど、間違いなく寄ってきてる!」
フェイトの見立てでは、自分よりシルベールに寄ってきている。
「シルベール!シルベールに寄ってきてるよ!!」
「こんなんにモテても意味ねえな!洞窟を出るぞ!」
再びハチやトレントに追われるかもしれいが。やむを得ない。生理的にも。
しかし…彼らが背を向けて走り出せない事態になってしまった。
奥から。
いや、すぐ目の間に、現れたのだ。恐ろしい獣が。
ソレは、青白く光っているため、あっという間に判別できた。
4つ足の、獣だ。
「虎!?」
外見は、虎の様だった。しかし、牙が…巨大な2つの牙が、突き出ている。
サーベルタイガー。不慣れなパーティーなら手に負えない魔獣。通常の虎に比べ大きさは1,5倍。その牙は、鉄の鎧すら壊す。
シルベールは、松明を足元に捨て、盾と剣に魔力を流す。
蒼白く輝く、シルベールの月の魔力。
その瞬間、シルベールの視界は度を増して悪くなった。
虫共が、顔面にすら無数にはい回る。
だが、そんなことは虎には関係ない!
巨大な虎は、その僅かな距離を駆けだす。
…襲って来る!
シルベールは、虫に阻まれた視界の中でも冷静に、剣を振るった。
「翔斬撃!」
三日月の光が、虫に当たり、虎へ届く。
勝利を確信する。
―――!!
月の斬撃は、確かに虎へ届いたはずだ。
だが、まるで霞んで消えるように、魔力は粉の様に散った。
「ば、バカな!俺の魔剣を!」
「シルベール!盾を!!」
フェイトの言葉は、掻き消えずシルベールに届いた。
目の前の巨大な爪をギリギリ盾で弾く。
弾いたのだ。
しかし、いつもと違い、その盾は小さい。
いつもなら、魔力で、ラージシールドの様に膨れる光の紡錘形が。
せいぜい、スモールシールド。
だが、弾く事は出来た。
「シルベール!この虫!魔力を吸ってる!!」
「なんだと!?」
「シルベールの魔力を吸ってるの!斬撃は無理!」
冗談だろ!?本当はそう叫びたかった。
でも彼は知っているのだ。相棒の分析力は、賢者より、神託より、信じられる。
では、どうする!?
「シルベール!炎!!」
そうだ、それしかない。
シルベールは、盾に、剣に、炎を纏わせた。
飛ばすのではなく、纏わせた。
虫が、離れる。魔力とは言え、炎は嫌がるらしい。
向きを変え、虎が再び飛び掛かる。
盾にあまりに重い衝撃。
ギリギリ耐える。しかし、本来ならここで突き立てたかったタイミングで、剣を動かすことも出来なかった。
シルベールはの剣技は、筋力値ベースはない。
父母のせいにしたくはないが、幾ら鍛えても、マッチョな筋肉はつかなかった。細身にしなやかな、速さの筋肉しか、つかなかった。
シルベールの剣は、魔力に依存しているのだ。早さと、魔力。
それは盾についても同じこと。衝撃を吸収していたのは、バネの様な筋力でも、鋼のような分厚い肉でもない。魔力だ!
魔力を吸われている状態では、熊よりでかいサーベルタイガーの衝撃を吸収するのが、やっとだ!
剣に回す力などない!
「シルベール!気を付けて!この虎に魔法はきっと、効かない!その青さは虫と同じ!」
その理由など知る由もない。だが、この虎は確かに青い。虫と同じ光だ!
どうやって? どうやって勝つのだ!?
虎は、その無尽蔵にも思える体力で、あっと言う間にその弾かれた姿勢を立てなおし、飛び掛かってくる。
もはや、剣に回す魔力は殆どない。虫よけに、僅かにくすぶる程度の炎。
感触を確かめる余裕も無いが、足だの腰だのには、きっとまだ、虫が無数に取り付いているのだろう。
そして、まさか、まさか。
虫は、今現在も俺の魔力を吸い続けているのか!?
「シルベール!今から虫を追い払うから!」
シルベールには、フェイトが何を言っているのかよくわからない。
だが、信じる。
それまではー!
虎の一撃を、先程より魔力を込めて、弾く。少しでも、態勢を崩してくれ!
「“イメージ・サウンド!!”」
フェイトが呪文を唱える!
フェイトは、一度耳にした言葉を、単語を、音を記憶している。
周囲に、いや、フェイトの背後で、大きな羽音が聞こえる。
想像したくない、怖ろしい30cmの蜂の群れ為す音!!
その瞬間だ。洞窟は、暗くなった。
虫たちが、息を潜めた。光るのを辞めた。
同時に…シルベールは、自分の魔力が膨れるのを、感じ取った。
ぶん、っと振るった剣は、長さはそのまま、切れ味のみを増した。
「“シャープネス!”」
虎の体が、宙を舞い、シルベールを押しつぶそうとする。
盾で受け流すように左に避ける!魔力を取り戻したシールドは、態勢を崩す必要なく虎の攻撃を退けた。
シルベールはその瞬間にショートソードをその首筋に突き刺した。
虎の、咆哮。
怒りの咆哮は、すぐに、小さくなり、消えて行った。
倒れた虎の体は、まだ青く光り続けている。
「フェイト。助かった。お前のお蔭だ。」
「ううん。私一人で何とか出来るワケないでしょ?」
微笑んで、2人は抱き合おうとしたが、互いに、相手の顔、姿を見て、即座に離れた。
そして、駆け出し、洞窟を逃げ出した。
―――――――――
2人は、少々走って見つけた川に飛び込んだ。
此処にワニが居ようと、何とかするからとにかく飛び込んだ。
互いの体から離れて、虫がプカプカ浮き出している。
髪!服!カバン!
幸い、大慌ての2人に、ワニは寄って来なかった。
カナブンサイズの為、耳や鼻などに潜り込んだヤツまでは居ない。それだけは不幸中の幸い。
言うまでも無いが、全裸にならざるを得ない。
2人は全力で、身から虫を追いはらった。
少し下流で魚が跳ねているのは、美味しいご馳走が流れて来てるからだろう。
背中合わせの2人は、一息ついて、ようやく互いにハダカであることを意識したが…。
―――。
禁を破り、くるりと振り返って抱き合うには余りにも、ロマンスもムードも何もない。
2人は、とにもかくにも。びしょ濡れの服を着直した。
幸い、ハチは追って来ない。トレントも同じく。
「虫の、“ニオイ”のせいかも。森の生き物のニオイだから。」
「嬉しいような悲しいような、分析だな。」
「今、洗い流しちゃったわけだから…。即、抜けましょう!」
フェイトは、星を見た。
美しい星空は、今だけは虫の群れに見えて、イヤだった。
「あっちが南西。行きましょ、シルベール。」
「ああ。そう言えば、久しぶりに逃げ惑ったな。」
…実は、フェイトも少し思っていた。
この2年半。何度、“逃げる”冒険があったことか。
「あはは…!」
フェイトは笑って、笑いながら、少し涙を浮かべた。
―――――――――
近隣の街、「クゥワンロ」。
冒険者の宿、酒場。
「…森でハチに追われた?トレントに追われた!?」
「それがどうかしたか?」
酒を進めて来た、ルーンタトゥーをした男達が、驚いた表情を見せる。
「いや…よく…帰って来たな。」
シルベールは、男達に酒を勧めながら聞いた。
「どういうことだ?」
「ああ、魔女の森にはルーンタトゥーの原材料があるらしいんだが、絶対の秘密でなあ。奴らが森に入る時は、何やら体に塗って入るんだそうだ。」
「そうそう、そうしないと、蜂やらなにやらに襲われるらしいぜえ。」
虫が寄って来ない、塗り薬?
ルーンタトゥー…魔力を弾く、秘術の素材?
結局、虎が青かった理由だけは判らないが、フェイトの想像では、あの虎にとって虫が非常食である可能性…または、洞窟の奥に虫が湧く水場があったのかも知れない。幼虫が山ほど浮いている、水場が。
「ハイ、おまちどお。ここらの名物さ。」
シェフのお任せコースは、豪華な肉料理と共に、大きめのパン。そして、たっぷりの蜂蜜。
シルベールとフェイトは顔を見合わせて、苦笑いした。
―――続く。




