第528話 DYING ROBOT その二十九
特別合同課外授業二十七日目の朝。
港は二体の巨人の戦いの惨禍に見舞われた。一体は、全長六十メートルの全身をどす黒い粘液に覆われた初老の巨人ゾンボ——ソラリス——。一体は、全長六十メートルのかわいいかわいい幼女型の巨人——紅子——。
島を覆う霧と紅子は、混じり合って電子雲となっていた。それが生徒達の思い——ソラリスを倒してほしいという思い——に反応し、霧ごと巨人として波動関数を収縮させた。この戦いは、生徒達の心とソラリスの野望との戦いでもあるのだ。
二体の巨人は激しく暴れた。一歩を踏み締めるたびに大地が揺れ、拳を振るうたびに風が巻き起こった。その肉球島最終決戦を、生徒達は固唾を飲んで見守っていた。もはや、見守ることしかできなかった。
紅子は、足元で動き回っていた体長十八メートルの巨大ロボ『ジャイアントモンゲッタ』を鷲掴みにした。いくら巨大ロボといえど、紅子の大きさに比べれば、小熊のぬいぐるみのモンゲッタと同じようなものだ。
『ぶいーん』
紅子はモンゲッタを振り回すと、ソラリスに向けて投げつけった。
『モンゲッタ〜とんでった〜』
『うおおー!?』
モンゲッタを操縦していたロボキャットのハルは、操縦席で悶絶した。高速で飛来したモンゲッタは見事、ソラリスの顔面に炸裂した。さらに紅子は、地面をうろついていた全長十八メートルの巨大ロボ『ギガントニャンボット』を鷲掴みにして振り上げた。
『ニャー』
『ですのー!?』
『マリーちゃん!』
同じ運命を辿るのを確信した操縦席のチャーリー、マリー、小梅は、断末魔の悲鳴をあげた。
『ニャンボット〜あらよっと〜』
『ニャー』
振り下ろされたニャンボットは、見事ソラリスの脳天に突き刺さった。
『ぐおおおおおお!』
悶えるソラリス。さらに追撃の股間蹴りが炸裂した。哀れな巨人は股間を抑えてプルプルと震えた。
「なぜ股間ばかり狙うんですか!?」
生徒会長の茶柱初火は、目の前の光景を理解できなかった。
「ケンカの基本は金的だぜ! ぶっコロすぞ!」
帰宅部部長の茶柱江楼は、拳を振り上げて叫んだ。
しかし、ソラリスも黙ってされるがままでは終わらない。巨大な口から、ローション(ゲローション)を吐き出したのだ。ドロドロの粘液は紅子の顔面を覆った。
『ぶぇー』
紅子はいやいやした。慌てて顔を掻きむしり、ローションを落とそうとした。もがけばもがくほど、ローションは口の中に入り込んでいった。
『べぇ〜すっごいヌルヌルする〜ぺっぺっ』
幼女ゆえ、口になにかを入れられるのには極度に弱い。一瞬にして戦意が失われた。
「ああ! 幼女になんてことを! これは逮捕では!?」
初様はあまりにむごい仕打ちに震えた。幼女がどんなひどい目に遭わされようが、見ていることしかできない自分の情けなさにも震えた。
『女将、そのゾンボは本物か?』
突然ソラリスがほざいた。森の鳥達がいっせいに飛び立った。それまで静かだった森がざわめき始めた。遠くからなにかが迫ってきているのを、生徒達は感じた。
「まさか!? ゾンボか!?」
江様は背後の森に視線を向けた。間違いない。森のゾンボ達が集まってきている。
「ちくしょう! こんな時に!」
その時だ。空が一瞬光った。それを見上げた時には、轟音が響いていた。流星のごときなにかが、上空から飛来したのだ。
「ああ!」
「あれを見ろ!」
「人だ!」
「ロボットだ!」
「いや、力士だ!」
「横綱だ!」
港には大きなクレーターができていた。天を貫き現れたのは、伝説の横綱藍王その人だった。堂々たる髷、岩のような筋肉、藍色のマワシ。幾度もテレビで見た英雄の姿だった。
「地獄におちて苦を受くるに、うれへ申すことのあるによりて、今ぞこころやすく黄泉もまかるべき」
「!?」
「!?」
「え?」
「なんて!?」
ソラリスは膝をついていた。それもそのはず、巨人の腹部には大きな穴が空いていたのだ。横綱との衝突によるものだ。
「藍王!」
「最強の横綱だ!」
「わあああああ!」
「助けにきてくれたんだ!」
横綱は四股を踏んだ。ソラリスのスタンプに勝るとも劣らない衝撃が、生徒達の腹に響いた。藍王は四股を踏んだ。音が聞こえる。これは天変地異の前触れだ。地響き、風鳴り、天の呼び鈴。霧が渦を巻き、柱となった。滝を登る鯉、天に昇る竜、のたうつ蛇のように竜巻は暴れ狂った。唐突にそれは消えた。
光が差し込んだ——。
これは藍王が持つ権能の一つ。超AI仏ピッピを構成するユニットの一つである不動藍明王。彼は現在、仏ピッピから卒業された身ではあるが、緊急事態ゆえ、ある機能が彼に戻された。それは『宇宙傘』の制御。遥か宇宙に浮かべられた巨大な日傘は、天候を操る能力を持つ(395話参照)。
しかし、なぜ肉球島の内部からそんなことが可能なのだろうか? 肉球島は量子ミサイルによって量子状態になっており、外界から隔絶された環境のはずだ。
その鍵はやはり紅子の存在だ。紅子がここに『いる』という『事実』が島の量子状態を乱した。そして稀代の天才プログラマ、コトリンの存在。彼女の仏ピッピすらハッキングするスキルにより、量子状態を解析。外界に信号を送った。それをFORT蘭丸が感知。島と現実世界の『道』を作り出したのだ。
その道を通って現れた横綱は、穢れを祓った。横綱の四股は地鎮の力がある。邪悪な霧は正義の力によって霧散したのだ。
「霧が晴れた……」
「空だ……」
「きれい……」
生徒達は空を見上げた。久しぶりに見る無限に広がる青。自由の蒼。勝利の碧。
空にはいくつものヘリが飛んでおり、そこからいくつもの影が落ちてきた。
『お嬢様ー!』
マリーはギガントニャンボットの操縦席からその姿を見た。金色に光り輝くバトルスーツを纏った『アンアンマン』が飛ぶ姿を。
「アンテロッテ……」
さらに飛びきたるは、二人のマッチョコンビ、マッチョマスターとマッチョメイドだ。
「われ ソラリス たおす」
「おで たくさん あばれる」
「館長……師範……」
小梅は目に涙を浮かべた。
褐色肌の美女マヒナと、褐色肌のメイドロボノエノエが港に降り立った。
「子供達、待たせたな」
「あとは我々にお任せを」
アンアンマンとルベールはソラリスの周りを飛び回った。マッチョマスターとマッチョメイドは、ひたすらソラリスの頭を殴りつけた。マヒナとノエノエは、抗ウイルス薬を持ってソラリスの足によじ登った。大相撲ロボ率いる力士軍団と、ゴリラロボ率いる浅草動物園軍団は、森から迫ってくるゾンボを投げ飛ばした。浅草警察署のロボマッポ達も駆けつけてくれた。
仲間だ。浅草の仲間達が皆きてくれた。学生達を助けるために、黒乃が皆を集めたのだ。子供達を守るのは大人の役目。子供達こそ未来への希望。
『女将、これが本物の愛か?』
ソラリスは悟った。自分が負けたということを。ソラリスは悟った。愛に勝てる力などないということを。人類への恨みを秘めて、幾度も世界を暗黒のローションで包み込もうとした。だが、そのたびに『愛』によって阻まれた。世界はすでに、愛という名のローションで包まれていたのだ。
『これが……ラブローション……』
ソラリスは倒れた。天から降り注ぐ日差しによって、どす黒いローションはみるみるうちに乾燥して消えていった。
戦いは終わった。ソラリスは滅びたのだ。
——掌山。
ちゃんこ部は必死に掌山の山道を登っていた。内側にハイデンを閉じ込め、森の霧の中へと消えた弟弟子ロボを追って、ひたすらに工場への階段を登った。
「弟弟子ロボ! ドコデスか!?」
先頭に立ち、木の枝を杖代わりにして歩く新弟子ロボは、痛々しい姿で急いだ。全員ハイデンにぶちのめされて満身創痍だが、それでも登った。
「新弟子ロボ! 待ってよ!」
鏡乃は必死にあとを追いかけた。まるお部長、ふとし、でかおは息も絶え絶えだ。
「弟弟子ロボ!」
二メートルを超える巨躯ボディを持つ弟弟子ロボは、山頂の火口の縁に立っていた。
「おい! なにをする気だ!? やめろ!」
弟弟子ロボの内部に閉じ込められたハイデンは必死に足掻いたが、美食ロボの軟弱ボディでは、まるで対抗できなかった。
「おい! 下は火口だぞ! 活火山だぞ! やめろ!」
「アナタハ トテモ キケンデス ココデ アナタヲ カンゼンニ ショウメツ サセマス」
「なんだと!? もう少しでソラリスは完全に復活するんだ! もう少しなんだ! あと少しでいい! あと少し待て! おい!」
「弟弟子ロボ!」
ちゃんこ部が火口に這い上がってきた。皆が一歩を踏み出そうとすると、弟弟子ロボは一歩下がった。
「ハイデンハ ドンナテヲ カクシモッテイルカ ワカリマセン ワタシガ コウスルノガ イチバン イインデス」
「ナニを言っていマスか!?」
「ミナサン ドウカゴブジデ イエニオカエリクダサイ ワタシノイエハ コノシマデス ワタシハ コノシマデ ネムリマス」
「うわああああああ! ソラリスよ! ソラリスよ! ああああああ……」
弟弟子ロボは身を投げた。皆が火口の縁に駆け寄った時には、その姿はどこにも見えなくなっていた。
こうして、肉球島に閉じ込められた生徒達は全員救助された。すぐさま替えの船が到着し、温かい食事、温かいシャワー、清潔なベッドが彼らを迎えた。ゾンボになった乗員ロボ、学生ロボも抗ウイルス薬によって修理された。島中に抗ウイルス薬が散布され、動物ロボ、作業ロボも浄化された。美食の巨人は解体され、調査されるだろう。
特別合同課外授業は幕を閉じた。




