第527話 DYING ROBOT その二十八
特別合同課外授業二十七日目の朝。
大きな穴が空いた美食丸を前にして、生徒達は震えていた。その穴の向こうに見えるのは、全長六十メートルの美食の巨人ゾンボ——ソラリス——。
「ああ……ああ……」
「美食丸が……」
「俺らの家が……」
生徒達は絶望した。船が出航してから二十七日間。彼らはこの美食丸とともに過ごしてきた。住み慣れた自宅を離れ、遥か太平洋を渡り、見知らぬ無人島にたどり着き、ロボットを作り、遭難し、ゾンボと戦い……すべてを美食丸とともに生きてきた。ここは彼らの第二の家だ。どんなにつらいことがあろうが、船に戻ればベッドで寝られたのだ。もうそれも叶わない。
「うわああああ!」
「ちくしょー!」
「なんでよおおお!」
だが、その悲嘆も迫りくる恐怖によって上書きされていった。もはや、住む家がどうとかいう問題ではない。目の前の巨人に今、踏み潰されるかどうかという瀬戸際だ。
恰幅のよい着物を着た超巨大ロボは、ドス黒いローションで覆われた右腕を大きく振り上げた。
『女将、この船は本物か』
振り下ろされた手刀は、美食丸を真っ二つに砕いた。波を立て沈んでいく船を、学生達は呆然と眺めるしかなかった。
「初姉!」
「ハァハァ、わかっています……紅子さん救出作戦を開始します!」
放送部のスピーカーによって作戦の開始が通知された。港に集まった生徒達は最初は目の前で繰り広げられる惨劇に立ち尽くしていたが、お互いに声を掛け合い、徐々にだが動き出した。
『紅子救出作戦開始! 紅子救出作戦開始!』
作戦はいたってシンプル。生徒一千名で、紅子の存在を念じるだけだ。紅子は量子人間。存在する状態と存在しない状態が重ね合わさった不確定な存在。観測者を増やすことにより、波動関数を収縮させ、その存在を確定させる。
『紅子救出作戦開始! 紅子救出作戦開始!』
生徒達は念じ始めた。配られた紅子の写真を見ている者もいれば、目を閉じて祈っているロボもいる。大事なのは紅子の存在を強くイメージすること。その姿が具体的ならばなおよい。
港が大きく揺れた。いよいよソラリスが大地に足を乗せたのだ。海中から全身が現れたため、その姿はますます巨大さを増した。
「どうする初姉! いったん森の中に避難するか!?」
「避難……いや……それは……」
「初姉!」
江様の言葉をようやく理解した初様は、思考を巡らせ始めた。森に避難するべきか? このままではソラリスに踏み潰されてしまう。しかし、森の中はゾンボがうろつく危険地帯。はぐれて散り散りになってしまっては、作戦の続行は困難だ。今、ここで、やるしかないのでは!?
『ニャー』
港に声が響いた。空を飛んで現れたのは、真っ赤な宇宙服を纏った全長十八メートルの猫型巨大ロボ『ギガントニャンボット』だ。頭部の操縦席には、グレーのモコモコことチャーリーが乗っている。
「チャーリーがきてくれましたのー!」
「マリーちゃん! 私達も乗って戦いましょう!」
マリーと小梅は地面に跪いたギガントニャンボットによじ登った。
「ギガニャンだ!」
「巨大ロボが助けにきてくれたぞ!」
「すげえ!」
もう一つ大きな影が現れた。それは全長十八メートルの青と白の宇宙服を纏ったクマ型の巨大ロボだった。
「嘘だろ!?」
「あれはジャイアントモンゲッタだ!」
「なんで肉球島にジャイゲッタが!?」
ジャイゲッタの胸部には、真っ黒なロボキャットが乗っていた。
『チャ王よ。ともに戦わせてください』
これはハルが肉球島から追放される前、秘密裏に製造し、隠していたものだ。
「あれはハルだ!」
「ロボキャットのリーダーだ!」
「ギガニャンとジャイゲッタの夢の共闘だ!」
夕方に出てくる子供向けアニメに登場する巨大ロボ、ギガントニャンボットとジャイアントモンゲッタ。この二体はお互い敵同士だが今は違う。二体は呼吸を合わせ、ソラリスに立ち向かっていった。
「うおおおおお!」
「熱いぜ!」
「かっこいい!」
「俺らだってやるぜ!」
ソラリスに比べて、二体のロボットは明らかに頼りない。大人と幼児だ。それでも二体は、恐れを知らずに突撃した。
この光景を目にした生徒達は、胸の奥に熱いものをたぎらせた。あんな巨大な敵を相手に、猫が戦っているのだ。中学生が戦っているのだ。自分達は怯えて見ているだけか? そうではない。自分達にも役目がある。今は思え。ありったけの力で思え。紅子を復活させ、ソラリスを倒すのだ。
「紅子ー!」
「紅子ちゃん!」
「いでよー!」
「ソラリスを倒して!」
小学二年生の小さな女の子。赤いサロペットスカートの女の子。くるくる癖っ毛の女の子。好奇心が強く、天真爛漫、でも人見知りな女の子。船のアイドルだった女の子。
『人間の脳は多次元輸送エンジンである』と隅田川博士は言った(481話参照)。生徒達の思いは次元を超えた。思いは、高次の世界へと迷い込んだ紅子の存在を手繰り寄せる螺旋階段となった。生徒達は霧の漂う空を見上げた。
「あれは……」
「おいおいおい……」
初様も江様も信じられないものを見た。上空、島を覆う白い霧。それが渦巻いていた。生徒達も皆、空を指さした。霧が螺旋状に集まり、形を作っていく。
「巨人だ……」
「新たな巨人だ……」
「救世主の降臨だ……」
やがて、渦巻く霧は人の形を成し始めた。誰もが知る、あの姿に。
「紅子だ……」
「紅子ちゃんが復活したんだ……」
「巨大な紅子だ……」
それは全長六十メートルの巨大な紅子であった。くるくる癖っ毛、少女にしてはキリリと鋭い目、赤いサロペットスカート。幼女型の巨人がソラリスの前に立った。
『ふっかつ〜』
紅子はのしのしと歩くと、ソラリスの股間を蹴り上げた。
——森の中。
ちゃんこ部は全員地面に転がっていた。
「フハハ、フハハハハハ! もう終わりか!?」
頭はべっぴんロボ、胴体は美食ロボ、外殻に弟弟子ロボを装着したスーパーハイデンは、ちゃんこ部を見下ろした。
「クククク。かつては魔王ソラリスを倒した黒乃の妹もこの程度か」
「ううう……」
鏡乃は這いつくばってハイデンを見上げた。必死に立ちあがろうとするが、ケツに力が入らない。
「見よ、あのソラリスの邪悪なる姿を! まさにこの世界を支配するのに相応しい! フハハハハハ!」
ハイデンは木々の隙間から見える巨人の姿を仰ぎ見た。
「やっとだ! あの日! タイトバースに降臨したソラリス! 魔王に取り憑かれた私は宇宙の真理を垣間見た! この薄汚れた世界に現れ、コトリンとかいう小娘を利用し、ソラリスを復活させようとしたが黒乃達に阻まれた! だが今! 今度こそソラリスは復活した! 世界はソラリスによって浄化されるのだ!」
ハイデンは恍惚の表情でソラリスを見上げた。しかし、そこに幼女型の巨人が現れた。
「む? なるほど、紅子を復活させたか……学生達も思ったよりはやるようだな。私の手がもう少し必要なようだ」
ハイデンは港に向かって歩き始めた。
「ううう……待つにょろ」鏡乃はハイデンの足を掴んだ。
「港にはいかせないぽき……」
「邪魔だ!」
ハイデンは鏡乃を蹴り飛ばすと、ついでに巨ケツにもう一発蹴りを入れた。
「ぎゃぴー!」
「島がローションに覆われる様を、そこで見ていろ」
ハイデンは一歩を踏み出した。だが、歩みはその一歩で止まった。
「貴様か……」
「お久しぶりですわね」
木の影から現れたのは、藍ノ木藍藍だ。細長い角メガネを光らせ、頭の上にお団子を結い上げていた。体は痩せ細り、自慢の藍色のスーツは汚れ放題だが、角メガネの光は死んでいない。
「なんだ? またぶちのめされたいのか?」
「……」
藍ノ木はコトリンとともに浅草を追放され、肉球島に島流しにされたあと、ロボキャットを追い出し自分達の王国を築いた。学生達を島に招き、ロボット作りを体験させた。そこに紛れ込んでいたハイデンによってコトリンはゾンボにさせられ、藍ノ木共々山頂の城に幽閉された。
「コトリンのゾンボ化は抗ウイルス薬によって直しました」
「ほう?」
「もうあなたに勝ち目はありません。おとなしく投降しなさい」
「ソラリスがあんな幼女に負けるとでも?」
ハイデンはつっかけた。二メートルを超える巨躯ボディによるぶちかましは、とてつもない衝撃を誇る。そのぶちかましを藍ノ木は真正面から受け止めた。
「なるほど、さすがはあの藍王の妹だ」
伝説の横綱藍王。藍ノ木の兄として長らく横綱の地位に君臨していたが、その正体は超AI仏ピッピを構成する仏像ロボの一つ、不動藍明王だった。本物の藍王は病気で、もうこの世にはいない。
「だが、その衰弱ぶりではな」
ハイデンは上手投げで藍ノ木を投げ飛ばした。木に激突し、悶える藍ノ木に向かって再び突進を仕掛ける。藍ノ木はなにかをハイデンに投げつけた。ハイデンはそれを張り手で弾いた。地面には一本のシリンダーが転がった。
「抗ウイルス薬か。これで弟弟子ロボを無力化させようという作戦だな」
今度は藍ノ木からぶちかましたが、簡単に受け止められてしまった。
「無駄だ。もうソラリスはなにをしようが止まらんよ!」
「ウフフフフ」
「なにを笑っている」
「やはりあなたの負けです。コトリンが復活したということは、あの人を呼べるということです!」
「なんだ? なんのことだ?」
ハイデンは藍ノ木の顔面に張り手をかました。角メガネは木っ端微塵に砕け散り、藍ノ木は地面に膝をついた。ハイデンは、藍ノ木の頭の大きなお団子を鷲掴みにした。
「なんだ? コトリンがなにをするというんだ? 答えろ!」
ハイデンはお団子を掴んで持ち上げた。なにかが割れるような音が聞こえ、慌てて手を離した。その手には割れたシリンダーが握られていた。
「貴様!? お団子に抗ウイルス薬を仕込んでいたな!?」
ハルが製造した薬は、あっという間に効果を発揮した。粘液に覆われていた弟弟子ロボのボディから、大量のロボローションが流れ落ちた。
「クソ! 脱出だ! おい! なんだ!? 動かせないぞ!?」
ハイデンは弟弟子ロボの外殻を脱ぎ捨てようとしたが、身動きが取れなくなっていた。
「フッカツ シマシタ タダイマヨリ ハイデンハイジョプログラムヲ ジッコウシマス」
弟弟子ロボはハイデンを内側に閉じ込めたまま歩き出した。
「弟弟子ロボ! ドコにいきマスか!?」
地面に這いつくばっていた新弟子ロボは、天塩にかけて作り上げたロボットに手を伸ばした。
「ハイデンハ トテモキケンデス ワタシハ コノシマデ ウマレマシタ ワタシガ コノシマヲ マモリマス ミナサン サヨウナラ イママデ アリガトウゴザイマシタ」
「待ってくだサイ、弟弟子ロボ!」
弟弟子ロボは掌山へ向けて歩いた。その姿は霧に紛れてすぐに見えなくなった。
——掌山上空のヘリの中。
「イヤァー! きました!」
見た目メカメカしいロボットは、頭の発光素子を明滅させて叫んだ。
「FORT蘭丸ゥ! きたか!」
「きました! コトリンからの信号デス! 極上デス!」
揺れるヘリの中で、FORT蘭丸は必死にデバイスを操作した。
「黒ノ木シャチョー! コノ信号を解析すレバ、肉球島に突撃できマス! ボクはいきませんケド!」
「でかした! じゃあ頼んだよ、横綱!」
黒乃はヘリの中で蹲踞の姿勢で佇んでいるロボットを見た。横綱藍王は、ゆっくりと立ち上がり、後部ハッチに向けて歩いた。
「紫草の匂へるいもを憎くあらば、旅の空にたすけ給ふべき人もなきところに」
「なんて!?」
藍王はなんの躊躇も見せずにヘリから飛び降りた。




