第526話 DYING ROBOT その二十七
特別合同課外授業二十七日目の朝。
豪華客船美食丸は慌ただしさの極地にあった。
先日、ソラリス捜索隊によってこの船の真下、海の中にソラリスがいるという考察がなされた。船内で生成されたロボローションは、乗員ロボをゾンボに変えた。乗員ロボは緩やかに体内でソラリスの種を育み、海へ垂れ流す。船の下に溜まったローションはゆっくりと、確実にソラリスを育て上げていた。
美食丸だけではない。ゾンボは肉球島全域にいる。彼らが垂らしたローションはゆっくりと少しずつ海に流れ、ゆっくりと美食丸に集まってきていた。誰にも知られることなく。
これは考察に過ぎないが、すぐにそれを裏付ける事態が発生した。頻発する船の揺れだ。時折大きな波が立ち、埠頭に打ち上げた。今までこのような現象はなかったのだ。
「ソラリスが目覚めようとしているんだ!」
「大変だ!」
「間に合わなかったのか!?」
「船が沈没するかも!」
揺れに怯えた生徒達は恐怖の言葉を投げ合った。波が海面を伝わるように、恐怖も生徒の間を伝わった。一際大きい波が発生した。この揺れで大勢の生徒が床に転がった。
「やっぱりいるんだ!」
「この下にいるんだ!」
「きゃー!」
「逃げよう! 船から逃げるんだ!」
「逃げてどこにいくんだよ!?」
船内はパニック状態にあった。
——第十二デッキ、生徒会本部。
「初姉! いよいよやべーぞ!」
帰宅部部長茶柱江楼は叫んだ。
「わかっています」
生徒会長茶柱初火は、床に固定されたテーブルにしがみついた。ここは船の最上層。揺れも大きい。会議の参加者は皆テーブルをしっかりと掴んだ。
「マリーさん! 抗ウイルス薬はどうなっていますか!?」
「まもなく届くはずですのー!」
マリーも小さな体で必死に揺れに耐えた。現在、掌山の工場では抗ウイルス薬を製造中だ。怪盗ロボから抽出した浄化ローションを、ロボキャットのリーダーハルが解析して作り出したものだ。これがあれば、乗員ロボのゾンボ化を直せる。船を動かせるのだ。
「この様子では、間に合わないかもしれません」
「ちんたらしてたら、船が沈没しちまうぞ!」
しかし、この揺れはいったいなんだろうか? 美食丸は全長三百メートル、九万トン。いくらソラリスが強大だとしても、このサイズの船を揺らすことなどできるだろうか? ソラリスとはいったいなんなのか? さらに大きな揺れが襲った。下の層から生徒達の悲鳴が聞こえてきた。
「初姉!」
「……避難を開始します! すべての作戦を直ちに実行します!」
すぐさま放送部によって船外への避難指示が出された。時間がない。荷物を運び出すのは諦めた方がいいだろう。放送を聞いた生徒達は揺れに耐えながら通路を進んだ。まずは中学生からの避難となる。
「落ち着いて! しっかり掴まってタラップを降りて!」
「荷物は部屋に置いてくるように! 押さないで! おしゃべり禁止! そこ! 走らない!」
生徒会執行部が先導し、港へと進んでいく。
「いやだ! 俺は船を降りねーぞ!」
「監獄にいるやつらはどうするんだよ!?」
「ゾンボだって仲間なんだぞ!」
「島に降りてどこで暮らすんだ!?」
「美食丸は俺らの家なんだよ!」
渋る生徒も多い。だが、時間がない。その時、港で大きな歓声が上がった。
「きた! ロボキャットだ!」
「ロボキャットがきたぞ!」
霧が漂う森の中から走って現れたのは、百匹を超えるロボキャットの群だ。彼らの小さな背中には、小さな箱がくくりつけられていた。
「間に合いましたのねー!?」
マリーと小梅はロボキャットを抱き上げた。箱の中を確認すると、それはシリンダーの束だった。
「マリーちゃん! これが抗ウイルス薬ですか!?」
「ハルが作ってくださいましたのよー!」
これがあればゾンボ化を直せる。ロボキャット達は、生徒の隙間を縫ってタラップを駆け上った。船内で待ち構えていたのは帰宅部だ。彼らはシリンダーを受け取ると、第二デッキに走った。
「いくぜ、おめーら! 帰宅部の底力を見せつけろ!」
「「おー!」」
帰宅部はバリケードを突破し、第二デッキの乗務員用客室になだれ込んだ。通路には大勢のゾンボが唸り声を上げてさまよっていた。初様はその中の一体にシリンダーを叩きつけた。容器は割れ、中からドロリとした液体が溢れてゾンボにまとわりついた。すぐさま薬は効果を発揮し、ゾンボは倒れて動かなくなった。
「効いたぜ! どんどんいけ!」
「「わー!」」
帰宅部は次々にゾンボを浄化していった。
港では、生徒達が揺れる美食丸を不安げに眺めていた。ますます波は高くなり、埠頭は水浸しになった。
「なんですか、この波は!?」小梅は波飛沫からマリーを庇うように立った。
「これは……」
マリーは縦ロールを揺らした。撥水性の高い縦ロールから、海水が滴った。
「なにか……忘れていますの……わたくしは、なにかを知っているはずですの。なにかを見落としていますの」
「なにがですか、マリーちゃん!?」
港から大きな声が上がった。
「帰宅部だ! 帰宅部が出てきたぞ!」
「乗員ロボを背負っているぞ!」
帰宅部は疲労困憊といった様子で港に降りてきた。
「江楼!」
「初姉! 人手が足りねえ! 人員をくれ!」
「どうして乗員ロボを連れてきたのです!? 船を動かさないと……」
「見てのとおり、乗員ロボは動ける状態じゃねえ! 浄化はされているが、復活にはメンテナンスが必要だ! まだ中に大勢いるんだ! ちくしょう! 船は動かせねえ!」
「そんな……」
初様は一瞬立ち尽くしたが、すぐに気力を復活させた。そうだ。もう作戦は動き出している。後戻りはできない。船を失おうが、やるしかないのだ。
「ちゃんこ部とラグビー部、ボディビル部は乗員ロボの搬出に向かってください!」
「初様! ちゃんこ部の姿が見えません!」
「こんな時に、どこにいったんですか!?」
こうしている間にも、船の揺れはますます大きくなっていく。もう明らかだ。ソラリスは復活しようとしている。すべての生徒はそう確信した。
「せめて……中の乗員ロボだけでも救出しなければ!」
一方、ちゃんこ部は森の中にいた。
「おーい! 新弟子ロボ! どこー!?」
「新弟子ロボ! 出てこい!」
「弟弟子ロボは解体なんてしないから、出てくるッスよ!」
「ゾンボを直す薬があるッス!」
鏡乃、まるお部長、ふとし、でかおは霧の中をさまよっていた。弟弟子ロボはローションに侵され、ゾンボになってしまった。港の倉庫に隠れていたのだが、このドタバタに紛れていなくなってしまったのだ。
「あ! いた! 新弟子ロボ!」
「待て! 怒らないから戻ってこい!」
霧の中から微かに声が聞こえた。
「……て」
「新弟子ロボ!?」
「……にげてくだサイ」
「え!?」
なにかが飛んできた。その直撃をくらってちゃんこ部は吹っ飛んだ。
「いだだだ!」
「なんだ!?」
それは新弟子ロボだった。そして霧の中から現れたのは、二メートルを超える巨躯ボディの力士ロボであった。
「弟弟子ロボ!」
「よかった、無事だったんだな!?」
「無事じゃありまセン!」
「どした!?」
「弟弟子ロボは、ハイデンに乗っ取らレテしまいまシタ!」
「ええ!?」
弟弟子ロボはちゃんこ部に向かって突進してきた。四方に散ってなんとかかわしたが、勢い余った弟弟子ロボのぶちかましは、後ろにあった巨木をなぎ倒してしまった。
「ククク。ずんぐりむっくりだが、なかなかいい性能のボディだ」
「その声はハイデンなの!?」鏡乃は驚いた。
どうやらハイデンは、船の混乱に紛れて船外に脱出していたようだ。そして、弟弟子ロボの変形機能を使い、体内に入って操っているのだ。頭はべっぴんロボ、胴体は美食ロボの恰幅のよいボディ、そして外殻に弟弟子ロボを纏ったスーパーハイデンの誕生だ。
「いよいよだ! いよいよソラリスが復活する! 世界はローションの巨人によって支配されるのだ! フハハハハハハハ!」
「ローションの巨人!?」
スーパーハイデンの爆裂張り手が鏡乃を吹っ飛ばした。
港では信じられない光景が広がっていた。帰宅部が乗員ロボの搬出を完了した直後、生徒達は現実とは思えない光景を目にした。
「なにあれ……」
「おいおい、うそだろ……」
「これ現実……?」
美食丸の高さは海抜五十メートル。その背後に、なにかが迫り上がってきていたのだ。
「巨人だ……」
「巨人のゾンボだ……」
それは全長六十メートル、着物を着た恰幅のよい初老の巨大ロボだった。それが美食丸の向こう側から、こちらを睨みつけている。
「思い出しましたの……」マリーは震えて言った。
「あれは美食の巨人ですの……かつて黒乃さんとメル子と美食ロボさんが乗って、わたくし達と戦った超大型ロボですの(349話参照)……ソラリスの正体は、美食の巨人ゾンボだったんですの……」
美食の巨人ゾンボ——ソラリス——のボディは粘液に覆われていた。どす黒く渦巻くようなローションがまとわりついていた。生徒達はただそれを見上げることしかできなかった。
「避難……避難を……」
初様は恐怖のあまり、自分の声がかすれて誰にも届いていないことに気が付かなかった。江様の手のひらから鉄製のベーゴマがこぼれ落ちた。
ソラリスは、下駄を履いた右足を後ろに大きく振り上げ静止した。止まっていた時間はほんの数秒だったが、それを見ているものにとっては長い長い静寂の時間だった。次になにが起こるのか、ありありと想像できたからだ。
「伏せろー!」
誰かが叫んだが、その言葉のとおりに動けた者はほとんどいなかった。ソラリスの足は振り下ろされ、次に見えた光景は地獄だった。爆発したように鉄片が空を舞った。吹っ飛んだかけらは森の中に降り注いだ。美食丸の船体には大きな穴が空いていた。
距離が近かったのが幸いしてか、破片は上方に飛んで、目の前の港は無傷だった。次にソラリスは第十二デッキに手をかけた。巨大な手で生徒会本部を握りつぶすと、その中から小さななにかを拾い上げた。それは美食ロボの頭部だった。ソラリスの頭部のハッチを開け、美食ロボの頭を格納した。
初様はソラリスを見上げすぎて、尻餅をついてしまった。それによって我に返った初様は、やるべきことを思い返していた。
「ハァハァ、やるべきこと……ハァハァ、作戦……ハァハァ」
「初姉! しっかりしろ! ぶっコロすぞ!」
「ハァハァ、江楼。姉になんて口を聞きますか」
初様は立ち上がり、指示棒を伸ばした。
「ただいまより、紅子さん救出作戦を実行します!」
初様は声を振り絞った。




