09. オタ喪女とオネェと妹のお茶会
「今お茶を淹れるから、座って待ってて頂戴」
と半ば無理矢理レニーに椅子に座らされ、訪問早々問答無用で彼の妹と二人きりにされた。
テーブルを挟んで真向かいに座るアリシアちゃんは、整った愛らしい顔に穏やかな笑みを浮かべている。……が。ひとつだけ、気になることがあった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……気になりますか?」
「あっいや、その……」
「構いません。初対面の方は皆、疑問に思われるでしょうから」
特に気にした風もなく、アリシアちゃんはにこりと笑う。その両の目は、終始固く閉ざされたままだった。
目元にそっと細くて白い指を添えて、アリシアちゃんは滔々と語る。
「……前は、見えていたんですけど。1年程前に事故に遭って、それから見えなくなってしまったんです」
「……痛い、とかはないの?」
「ええ、見えないだけで。お医者さまが言うには、多分もう視力は戻らないだろうと」
私に気を遣わせない為か、あくまで軽い調子でアリシアちゃんは言う。もう受け入れてしまったことだというような雰囲気に、何も言うことは出来ない。―――何より、ここで不必要に私が憐れんだところで、彼女の心が傷付くだけだろう。
というか私たち、まだ自己紹介すらしてないからね?
「はーいお待たせ!カゴネちゃんは紅茶で良かったかしら?」
ティーセットを持って元凶がキッチンから現れた。
「あ、問題ないっす」
「そう?なら良かったわ。昨夜のうちにクッキーの生地を仕込んでおいたから、もうちょっとしたら焼けるわよ」
お茶請けまで用意して準備万端じゃないですかーヤダー。ちょっとレニーさん仕事が早すぎやしませんか?
手早くお盆の上に乗せた紅茶セット一式をテーブルに並べ、レニーは優雅に素早くオーブンの中身を確かめにキッチンへと舞い戻った。
「……いつもあんな感じ?」
「はい、大体は」
にこりと笑うアリシアちゃんは流石慣れてる。彼女の目が見えないということは家事の一切をレニーがこなしているのだろうし、騎士団を辞めた理由もその辺りが関係しているのかも知れない。オネェになった経緯は知らないが。
あまり詮索するのも良くないだろう、と思考を打ち切ったところで、焼きたてクッキーの良い匂いがキッチンから漂ってきた。
「上手く焼けたわー!さ、早速お茶にしましょ!」
いかなる機動力を以てしてか、ついさっき焼けたばかりであろうクッキーを綺麗に皿に並べてレニーは2分と経たずに帰還してきた。小皿に取り分けてある分はアリシアちゃんの分だろう。
ウキウキと美味しそうな匂いのするほんのり焼き色のついたクッキーをテーブルに並べてから、レニーはアリシアちゃんの隣に着いた。
「さ、じゃあ改めて紹介するわね。カゴネちゃん、この子がアタシの妹のアリシアよ。アリシア、彼女が昨夜話したカゴネちゃん」
「えーっとご紹介に預かりまして、籠音です」
「アリシア・ティファネルスです。兄が無理を言ったようでごめんなさい」
そりゃもう、何もかもが唐突でしたとも。しかしこの家に来るまで散々レニーには奢って貰ったので、そこは口をつぐむ。え?食べ歩きしたのにお茶とクッキーは入るのかって?馬鹿野郎乙女の胃袋には常に別腹が標準装備されているのだよ。
「まぁ、レニーにはちょっとお世話になったし」
苦笑いしてから、もしかしてレニーの言ってた先行投資はこれか?と思い至る。衣類に食材に食べ歩き。妹に会わせる為だけにしては多い気がするが。
「えーっと、レニーから何て聞いたの?一応彼……彼女?とは昨夜初めて会った筈なんだけど」
「その、最初は気になる女の子と会ったって言われて。とうとう兄さんにもそういう相手が出来たのかと思ったんですけど」
うん、そういう言い方だと誤解するよね。じろりとレニーを睨むと、両手でカップを持ち上げた当人はペロッと舌先を出して困り眉で笑う。やっちゃったじゃねぇよ。あざとい仕草で騙されねぇぞ。
「詳しく聞いたら、面倒見が良いのに容赦もない面白い人だって言うので、実は私もちょっと会ってみたかったんです」
聞き捨てならない言葉に思わず紅茶で噎せそうになる。ちょっと待て、容赦ないってなんだ。あいつら黙らせたのはレニーが来る前だぞ。面倒見の方はご飯作った一件だろうけど、容赦…………あ、あれだ。ガナルに一発蹴り入れたなそういや。
「妹さんの教育に良くないんじゃないの」
「あら、カゴネちゃんがそれ言っちゃう?それに細かいとこまでは話してないからセーフよ、セーフ」
そう言って紅茶を口に含むレニーに、アリシアちゃんは首を傾げる。うん、貴女は知らなくても良い世界だよ。
カチャ、とカップを品良くソーサーに置いて、「それでね」とレニーは切り出した。
「とりあえず、なんだけど。カゴネちゃんは暫定的にあの家が住処になるでしょ?裏に畑もあったけど、あれだけじゃ自給自足には心許ないし。一先ずは職探し、じゃないかしら?」
レニーに聞かれて、改めて今後のことを考える。
一番重要なのは勿論、帰り道の確保。
そこに至るまでの過程で必要になるのは、衣、食、住、この3つだ。
衣。元から着ていた通勤服兼仕事服と、レニーに貰ったこの一着。後で何かしらの礼をしなくてはならないし、この二着だけではいつまでもつか怪しい。頑張れば当分は何とかなる。
食。畑の作物を遠慮なく使えばこちらも当分は何とかなるだろう。但し無限ではない。これもいつまでもつかわからない。
住。昨夜までの状態ならいざ知らず、今のあの元あばら家なら何もなければ住むに困ることはない。そう、何もなければ。同居人のことや元の住人が誰だったのか、面倒な要素はあるが考えても始まらないのは確かである。
結論。何事も安定させるにはお金が要ると思います。
「せやね」
神妙に頷いて同意する。働かざるものなんとやら、と言うしね。
さて、何故レニーがこの話題を持ち出したかだ。駆け引きは苦手なのでスパッと言って貰えると助かる。
「それでね、提案なんだけど。もし良かったら、アタシが仕事でいない間、ここでアリシアの話相手になってくれないかしら?」
えっ。
私とアリシアちゃんの表情が重なる。どうやら彼女も寝耳に水のようだ。確かにスパッと言ってはくれたのは良いが。
「そんなに多くはないけど、お給金も出すわ。なんならご飯もうちで好きにしてくれて構わないし」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って」
驚く私たちに構わずどんどんと話を進めるレニーに、思わずストップをかける。幾らなんでも色々と急過ぎる。
レニーが素直に口を閉ざしてくれている間に額に手を当てて考える。正直、レニーは信用出来ると思う。昨夜から接している感じだと、根っからのお節介焼きの善人属性である可能性が高い。
しかし、それとこれとは話が別だ。彼とは昨日出会ったばかりの他人。幾ら異世界に来て最初に出会ったまともな人だからといって、ほいほい美味い話には頷けない。裏がないとは限らないのだから。
「うーんとね、まず一つ聞かせて?」
「ええ、どうぞ」
「単刀直入に言うよ。何で私?何度も言うけど、昨夜会ったばかりの他人だよね?」
レニーの交遊関係などは知る由もないが、わざわざぽっと出の私を指命せずとも他にも誰かいる筈だ。
「オンナの勘よ」
「…………………………さいですか」
スパッと言い切られて返す言葉がなくなる。オンナの勘ってか、オネェの勘ね。ある種女のそれより怖いやつだ。男は度胸、女は愛嬌、オカマは最強って言うもんね。
「…………ええと、お話するだけでお給金を受け取るっていうのは心苦しいものが……」
「あら、なら家政婦みたいなものだと思ってくれれば良いわ。ほら、専属のお世話係みたいな?」
ハウスメイドの一種ですか?
自分がメイド服姿になったところを想像する。………………寒気がしたよ。
まぁ服は冗談として、要はアリシアちゃんのお世話係が欲しいってことでいいんだろうか。けどアリシアちゃん、失明してからそれなりに時間が経っているようなことを言ってたけど。
「今までは、どうしてたの?」
確実にレニーだけでアリシアちゃんのサポートをしていた訳ではないと思う。騎士団の稼ぎがどれ程あったかは知らないが、働かなければ人間社会では生きてはいけない。それは異世界たるここでも同じな筈だ。
アリシアちゃんの手にクッキーの小皿を持たせてあげているレニーが、「ああ」と一つ頷く。
「ここ、騎士団関係者の住む集合住宅なのよ。それで、昔からの知り合いに助けて貰ってたって訳」
「なるほど」
それならば何故、盲目の妹と階段の多い場所に住んでいるのかが理解出来る。人の縁の繋がりは確かに心強いものだ。
「でも、いつまでもそうやって助けて貰う訳にはいかないからね。それで、良いハウスメイドでも雇えないかって探してたんだだけど」
たまたま私が、オネェのお眼鏡に叶ってしまったと。なるほどなるほど。
「ちなみに私、この国の常識も金銭感覚もわからないよ」
異邦人ですからね。
ふんぞり返って宣言する私に、レニーはばちんとウィンクを決めてくれた。
「あら、任せて。こうみえてアタシ、近所の子に勉強教えてたこともあるのよ」
家庭教師は任せろってか。
埋められた外堀に籠城する意味もなく、疑い深い私も降参せざるを得ないのだった。




