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『せ』のつく自由業始めました  作者: 旭日暮きと
オタ喪女聖女、爆誕。
8/13

08. オタ喪女、街に出る

無駄な装飾のないベージュのワンピースに、茶色のジャケット。袖口が少しヒラヒラしているけれど、邪魔にならない程度でそれほど気にならない。ワンピースの裾とジャケットの一部にはささやかな刺繍が施してあって、シンプルではあるがなかなかにお洒落だった。



「レニーってセンス良いね」

「あら、ありがと」


着替えた私を満足げに見て、レニーはにっこりと笑った。

ちなみにどこで着替えたかと言うと。綺麗になって初めて発見されたのだが、この家の2階である。いや確かに外から見れば2階建て相当の高さだとわかるのだけど、あばら家同然だった時には階段の存在など全く気付かなかった。多分崩れていたか物に埋まるかしてたんだろう。


そんな2階の適当な一室で着替えた後にレニーたちの前に現れた訳だが、何せ鏡もないので似合っているかどうかいまいちわからん。レニーだけは満足そうで、あとの奴らは興味なさげに一瞥したあと外に出て行きやがった。別に良いが。


「さ、着替えも終わったことだし!街に行きましょ!」


パンッと手を叩いてレニーが提案する。提案というよりほぼ強制イベントだ。


「レニー、案内してくれるの?」

「あらもっちろんよ!変なとこになんか連れて行かないから安心してちょうだい」


うふふ、と楽しそうに笑うレニーに反論は出来ない。ここまでしてもらってまだレニーを信用出来ないとは言えないし、引きこもっていては帰る云々の話も立ち消える。

有り難く案内してもらうべきだろう。


(この格好なら昨日よりは目立たないだろうし)


全てを前向きに捉えることに決めて、自分の手を引いて軽やかに駆け出すレニーと共に街へと繰り出した。




* * *




「トッレビアーーーン!!」


街に繰り出して数分、既に私は上機嫌である。いの一番にレニーに連れて来られた場所、王都どころか国中で一番賑わう場所と言われているらしい大市場。その一ヶ所で店を構えているレニーお勧めの串焼き屋の名物が殺人的に美味かったのだ。

脂の乗った柔らかな肉。見た目と食感は牛肉のそれに近い。一口大よりも少し大きめな身にかぶりつけば、柔らかな弾力とともにじゅわっと肉汁が塩胡椒の風味を纏って口いっぱいに広がる。柔らかな弾力と歯触り、そして肉汁に塩胡椒のコンボ。美味しくない訳がなかった。焼きたてのいい匂いも充分に食欲を刺激する。


「おいひい……これ何の肉?」

「ノリス牛ね。この国で牛肉と言えばノリス牛ってくらいには当たり前に流通してるの」


口いっぱいに頬張った肉の塊を咀嚼して飲み込みながら聞くと、同じく串焼きの肉を片手に持ちながらレニーが教えてくれる。

胡椒のピリッとした辛味と塩のシンプルな味付けがいい感じに肉の旨味を引き立たせている。こんなものを普通に庶民がお手頃価格で食べられるなんて、なんて素晴らしい国なんだ。


「全然臭みがないね」

「そりゃもう手塩にかけて育てられた牛たちだもの。うちの特産物のひとつなのよ」


アイデムタル王国名物、ノリス牛。この国の重要な基盤のひとつである彼らを軽んじる行為は、国民の間では暗黙のうちに禁じられているのだそうだ。塩焼きにするのはいいの?


「ステーキなんてもう最っ高なのよ!」


拳を握って力説するレニーは食べたことがあるらしく、うっとりキラキラした表情で過去に思いを馳せている。うん、やっぱり食べるんだ。

何とも言えない気持ちになって、冷めないうちに最後の一欠片を頬張ってしまう。美味しい。


そんな調子で食べ物屋の屋台を梯子する。香ばしい木の実を練り込んで焼いたふわふわのパン、柑橘類と似た果物を絞ったジュース、、野菜を煮込んだスープ、色んな種類がある蒸しパン。


ご飯が美味しい。大抵の庶民は手軽に買える。それだけで大変素晴らしいことである。


素晴らしい、が。


「こんなに奢って貰っちゃっていいの?」


ついつい差し出されるままに食べまくってしまったが、元手は全てレニーのポケットマネーである。返せと言われても返せるあてはない。


「あら、気にしなくてもいいのよ?ただの先行投資だし」

「なんの?」


不穏なことを言われた気がする。実は怖い人とかじゃないよね?変なお店連れてって体で払えとか言わないよね?もう食べちゃったものは返せないよどうしよう。


「さ、食材も買ったことだし家に行きましょうか」


いつの間に。

私が屋台で買って貰ったものをもぐもぐしているうちに、同じくもぐもぐしながらレニーは食材を買い足していたらしい。

食べかけのサンドイッチ片手にもう片方の手でぎっしり物が詰まった紙袋を器用に抱えて、市場の先を指さすレニー。ちっとも重さを感じさせない涼しい顔は、なるほど元騎士団所属という話も頷ける頑健さを思わせた。


ていうかお家に行く話、今日で決まってたんですね。善は急げですかそうですか。




* * *




レニーの家へ向かう道中、彼……彼女?とはぐれないように注意しながら、私はきょろきょろと街を見回していた。

灰色の長方形の石を規則正しく並べて整備された道。区画ごとに並び建つ建物。道沿いに等間隔に配置された街灯。

少し歴史を感じるが、手入れの行き届いた清潔感を感じる良い町並みだ。

排水もしっかりしているようで、道の両脇には蓋のされた排水路のようなものも見える。案外ちゃんとした街づくりがされてるようだ。


感心する私を振り返って、レニーはにこやかに語りかける。


「どう?ラズラリアの街の風景は」

「ラズラリア?」


なんだそのら行の多い名称は。


「あらごめんなさい、まだ言ってなかったわね。アイデムタル王国の王都、ラズラリア。それがこの街の名前よ」

「へぇー」

「で、どうなの?」


どう、と言われて私は再び周囲を見回す。

煉瓦造りの家、きちんと剪定された街路樹、笑顔で行き交う沢山の人々。


「うん、悪くないね」

「気に入って貰えて良かったわ」

「まぁ最初はどんなとこかと思ったけど、綺麗で活気もあって良い街に見えるよ」


昨夜初めて街に出た時はさっそくひったくりに遭いましたからね。

それでなくとも王宮からの大脱出劇(ひたすら走りまくっただけ)を繰り広げてきたんだから、街を見る余裕なんて全くなかった。


そんな私の心情を知ってか知らずか、レニーは面白そうに笑みを深める。


「ふふっ、ガナルたちに聞いたわ。盗られた荷物を奪い返しに乗り込んだんですって?随分と勇ましいのね」


いつの間に。

と思って、そう言えば着替えの最中レニーはガナルたちと一緒に待ってたなと気が付く。


「だって頭に血が上ってたし」

「あら、盗られる前にも何かあったの?」

「まぁ、色々と」


芹奈ちゃんは今頃どうしてるだろうか。理不尽な扱いを受けてないと良いのだが。


はぐらかした私の顔をじっと見て、深くは追求するまいと思ったのか、レニーは視線を前に戻す。


それから1分と経たず、とある建物の前でレニーは立ち止まった。


「ここよ」


そう言って建物を見上げるレニーの視線を、私も追いかける。

一軒家に住んでいるのかと思いきや、そこに建っているのは他の建物と同じく石で出来た集合住宅の類いであった。日本で言うアパートのようなものだろうか。


どこか暖かみのある灰色の建物の入り口には数段の階段があり、茶色の品の良いデザインで出来たドアを開けてレニーは入っていく。


「さ、どうぞいらっしゃいな」


笑顔で先導されて、私も階段に足をかける。レニーの後ろから家族連れが3、4人出て来たので道を譲ると、揃ってぺこりと笑顔で会釈された。

思わず会釈を返して見送ると、幸せそうな一家は私たちが歩いてきた道を並んで歩き出す。


この世界に来て初めて触れた暖かい雰囲気に、思わず無言で立ち尽くしていると、レニーが優しく声を掛けてくれた。


「カゴネ、こっちよ」

「あ、……うん」


慌ててレニーの後に続いて建物に入る。

木で出来た階段をいくつか上がり、3階の一室の扉の前で足を止めてレニーは微笑みかけた。


「妹がいるから、紹介させて頂戴ね」

「う、うん」


そうだった、レニー妹と住んでるんだった。

どんな妹だろう。レニーに似て美人だろうか。


レニーが鍵を開けて扉を開く短い間に想像を巡らせていると、鈴を鳴らすような可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。


「兄さん、お帰りなさい」

「ただいま、アリシア」


ふんわりとした赤いワンピースを着た、長いウェーブの金髪の美少女が私たちを出迎えた。

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