07. 劇的ビフォーアフター
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえてくる。
煩いな。朝はもっと静かにしてくれよ。
眠気がこびりつく頭で不機嫌に思っていると、体のあちこちが痛むことに気がついた。関節や首なんかは勿論、お尻に至っては固くて冷たいものに長時間座っていたかのような感覚だ。
もしやベッドに入る前に寝落ちたかと思って目を覚ますと、視界に入ったのは見慣れない石と木で出来たダイニングだった。木枠の窓から洩れる白い陽の光が爽やかな朝を告げている。
私はそれを、ぼんやりと見つめて呟いた。
「……………………夢じゃなかった」
絶望とまではいかないが、それなりにがっかりして迎えた異世界最初の朝だった。
* * *
「で、何騒いでんのよアンタら」
表でぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる声がいつまでも止まないので、仕方なく様子を見に外に出る。ちなみにレニーに借りたカーディガンは畳んで鞄の上に置いてきた。
私が顔を出すなり、ジャスパがあわあわと家を指差しながら言葉にならない声を洩らす。
「あ、あい、いいいいい、家が、あ、」
大丈夫かよオイ。
ヤクでもキマってそうな狼狽えぶりに若干引きつつ、「家」と聞き取れたので背後に建つあばら家を見上げる。
あばら家。だった筈だ。
しかし目の前で朝日に照らされて建つ石造りの家屋は、崩れかけもひび割れもしていない新築同然の立派な佇まいでそこに存在していた。
ゴシゴシ。手の甲で両の目を擦る。
いかん、まだ寝惚けてたかな。昨夜私がカチ込んだ家は間違いなくあばら家だった筈。寝る時もあちこちから隙間風とかあったくらいだし。
けれども改めて見上げても、やっぱり目の前にあるのは立派な石造りの新築家屋。私の記憶違いなんだろうか?
並んで首を傾げるだけの私とジャスパに、家の角からひょっこりと顔を出してガナルが大きく手を振る。
「おい、こっちもだ!」
呼ばれるがまま2人してガナルの元へ駆けて行くと、そこには昨夜散々水を汲んだ井戸があった。
ブサブサにささくれ立っていた筈の古びたロープは新品同様。穴が空いて崩れかけていた屋根は力強く立つ柱に支えられてまだまだ使える。水を汲む度軋んでヒヤヒヤさせられた滑車は油を差すまでもなく錆ひとつない。
そして何より、苔むした灰色の石で組まれていた井戸は、一片の緑色もなく衛生的な輝きを放っている。
一体何があったし。
「朝起きたら家の様子がおかしかったんで、外に出て見てみりゃこれだよ」
「ウィルズとラウロは」
「ん」
指差された方向を見ると、井戸を挟んで家の裏手に広がっていた草ぼうぼうの荒れ地が、見事に整地されて畑になっていた。しかも日本で見た覚えのある作物がきちんと区分けされて植えられている。
その端っこの方で、ウィルズとラウロは物珍しそうに作物を検分していた。
「おいガナル、これ何だか知ってっか!?」
「知らねぇよ! つかあんま得体の知れねぇもんに触るんじゃねぇ!」
ガナルはお母さんだね。
生温かい視線を送るとギロリと睨まれたので、目を逸らして畑の土を荒らさないようにウィルズとラウロに近付いてみた。
「どれどれ?」
「なんか細くて臭えのがあんだよ」
特に気になる訳でもなかったが、食べられる物なら朝ごはんに出来る。
何の気なしにウィルズが指差す先を見て、私は目をかっ開いた。
「葱!!!!」
いきなり豪快に未知の作物に飛び付く私を見て、2人はぎょっと後ずさる。
いやだって葱だよ葱。昨夜欲しくて堪らなかった葱。あったんなら使いたかった!
「食えんのか?それ」
「好き嫌いは別れるけど、私の故郷じゃ当たり前に食べてるよ」
「じゃあこっちの葉っぱも食えるのか?」
葱が植えられている隣の列を指差すラウロ。そこに生えているのは赤紫の大きな葉っぱ。
「紫蘇」
「シソ?」
「好き嫌いは別れるけど私の故郷じゃ当たり前に食べてる」
「またかよ」
2人の反応を見るに、葱も紫蘇もこの世界じゃ見ない作物なのかも知れない。まぁこんなファンタジックな世界観に、葱とか紫蘇が当たり前に流通していてもどんな顔したら良いのかわかんないんだけど。
私は立ち上がって、ぐるりと畑を一望してみる。一部わからないものもあるけれど、植えられているのはどれもこれも日本の食生活に馴染み深いものばかりだ。
「ねぇ、この中にアンタたちから見てわかる野菜とかってある?」
「あ?そーだな……」
ウィルズとラウロも立ち上がって畑をぐるりと見回す。
するとウィルズがある一ヶ所に目を止め、他の作物を踏み荒らさないようにそれに近付く。
「これ大根か?」
大根。あるのかこの世界。
「お前よくわかるな」
「……実家が農家だったんだよ」
衝撃の事実。何で王都でゴロツキなんかやってんだコイツ。
ウィルズはどこか慣れた手つきで大根の葉の根元に手をかけると、力を込めて一気に引き抜く。
出てきたのは、真っ白で太くて長い立派な大根だった。
「おー大物!」
「は?いや、これ大根か?」
「はい?」
引っこ抜いた本人が首を傾げる。どっからどう見ても大根だと思うんだけど。
「いや、大根ってもっと短くて丸っこくね?」
「それって蕪じゃ」
「蕪は完全に丸いだろ」
ラウロも加わって現れた大根に首を傾げる。何だこの集会。
しかしもしかして、名称は同じでも見た目が違うんだろうか、この世界の作物は。
「こっちの人参もやたら太いぞ」
いつの間にか畑に足を踏み入れていたガナルが、隣の列から人参を引っこ抜いて見せる。少し曲がって不恰好だけど、日本のスーパーに並んでるのと大差ないサイズの人参だ。
「ちなみに、アンタらが見慣れてるサイズは?」
「この半分ぐらいは細い」
細いよ。細すぎるよ。ゴボウより一回りくらい太いだけってレベルじゃないか。
「参考までに、今までこの家周辺でこういう野菜が植えられてたことは?」
「適当に見ただけだが、どこも草ぼうぼうでとてもこんな上等なもんが植えられてたようには思えねぇな」
ですよね。
私も水を汲みに来たり、魔石擬きを作りに来たりしただけだけど、その時見た家の周辺は私の腰ぐらいまで伸びた草だらけの荒れ地にしか見えなかった。決して夜の暗がり補正による問題じゃないことは断言出来る。
4人揃って大根と人参片手に首を傾げていると、誰かの腹がくぅーっと可愛らしく鳴いた。
揃って顔を見合わせるが、この面子の腹ではない。一斉に玄関方面の家の角に目を向けると、気まずそうに腹を抑えるジャスパが所在なさげに立っていた。
ジャスパが なかまになりたそうに こっちを みている !
みたいなテロップが頭に流れて思わず笑う。
議論はあとにして、とりあえず採れた大根と人参を使って何か作ろうかと思った時だ。
「やだちょっと、何事!?」
ジャスパの背後で、驚愕の叫びを上げるレニーの声が聞こえてきた。
* * *
本日の朝食。
・焼きたてパン
・大根と人参と干し肉のスープ
「いた~だき~ます!」
1人手を合わせて挨拶してから食べ始めると、テーブルに着いたガナルたちもちらほらと食事に手を付ける。ちなみに焼きたてパンと干し肉はレニーからの差し入れである。有難い。
「テーブルはもうちょっと大きいのがあった方が良いわね」
1人キッチン横の木箱に座って食事をする私を見ながら、レニーが思案顔で呟く。
「宛てはないし、別にいつまでもここにいる訳じゃないんだから」
「頼れる所もないんでしょう?いつまでいるかわからないし、あって困ることはないと思うんだけど」
まぁ確かに、現状腰を落ち着ける宛てもない。帰る方法を探す前に、安定した住処か生活していける手段を見つけないとだ。
「それよりも、この家の状況は何?」
聞きたくてしょうがなかったとばかりに、レニーはずいっと距離を縮めて迫ってくる。スープの入った器を持っていた私は、中身が溢れないようにしっかりと胸に寄せて体を引く。
「今まで何度もこの家に足を運んできたけど、こんなに綺麗な状態は見たことないわ。まるで新築同然じゃない!一晩の間に何があったの?」
そんなに問い詰められても、起きたらこの状態だったのだから説明出来る言葉がない。寧ろこっちが聞きたいくらいだ。
ありのまま起きたことを正直に話すが、レニーの表情は晴れることはない。デスヨネー。
「うーん、まぁ確かに、壁のひび割れも消えて積もってた埃もなくなって、何よりガラクタ同然だった家具まで新品みたいに揃ってるものね。一晩で直すにしても人間離れした所業だわ。魔法でも使ったのかしら?」
誰が?
魔法の概念がなかった国から参りました故、空想の産物でしか語れません。2次元なら任せろーバリバリー。
「まぁ考えてもしょうがなさそうね。それじゃあカゴネちゃん、食事が終わったらちょっとこれ着てみてくれない?」
話題を切り替えて差し入れと一緒に持参していた包みを開き、中身を私に見せてくる。落ち着いた色合いのそれは、どうやら衣服の類いらしかった。
「どしたのこれ」
「んっふふー、近所の古着屋で見立ててきたのよ!新品じゃなくて申し訳ないんだけれど、良かったら着てみてちょうだい」
なんと。
「わざわざ買ってきてくれたの?嬉しいけど、差し入れまで貰ったのに何か悪いよ」
「あらー、うちでご飯作る約束してるんだし、先払いのお礼と思ってくれれば良いのよ!それにその格好じゃ、色々目立つでしょう」
言われて、改めて己の格好を確認する。
通勤&勤務仕様のスーツ擬き。ここしばらく新しいものを買っていないので、若干着古して草臥れてきているジャケットとインナーとスカート。
確かにファンタジックな世界観には似合わない装いだ。昨夜も浮いてると思ったし。
「……うん、じゃあ、ありがと」
助かるのは事実だし、折角なので、レニーのお節介節に有り難くお世話になることにする。




