第七幕 黒豹の正体 第二場 月の伝言 ~再会の予感~
月夜でなければ誰ひとり
知り得なかったに違いない
正気をなくした南嶺王女が
塔からその身を投じた刹那
闇より黒いものの影が
落下地点へ飛び込んだ
怒りに赤く裂けた口元
揃い並ぶは白銀の牙
嘆きに潤んで狂わんばかりの
眼に瞬くは紫水晶
黒き豹がその背に
失意の王女を受け止めた
骨の軋む無慈悲な音と
牙がきしる苦痛の呻き
張りつめられた筋肉は
歓喜のようにわなないて
意に反して萎えそうになる
消えるべくして消える生命と
定められた自然の巡りを
狂わせたことの罪の重さに
俺の未来が耐えられなくとも
この白き指の爪先を
地につけるのさえ穢らわしい!
もの言いたげな三日月に
咆吼するのは怒りか祈りか
地中にめりこむ四肢をふんばり
再び夜空へ跳躍する
ラームファダはひとり、森の奥の泉で水浴みをしていた。アミィストーンが「どこに行くんだよ」としがみ付いてくるので、ちゃんと行先は言い置いてきた。
藍色が深まる泉に、氷のような肌をそっと沈める。小波が立って、波状に遠く消えていく。
さらり、さらりと腕や首筋を洗っているうち、何かで聞いたことのあるような、否、どこかで感じたことのあるような強い“思念”が、ふいに湧き上がってきた。
(塔から飛んだとき……)
何か見えなかったか。
何か聞こえなかったか。
黒い影……欠けた月……悲鳴か遠吠えか……。
思い出せない。そこに見えているのに、手が届かない。
(いつ、誰が⋯⋯)
ラームファダは、眉根を寄せた。何故か、幼い日々の南嶺で恋を知った黒豹のことが思い出された。
その訪れは気配でわかった。湖畔の四阿で、いつも無言で語り合っていた。身じろぎすれば、居心地いいように姿勢を整えてくれた。いつも黙ってそばにいてくれた。困らせると優しく低く唸ったりもしたーー
「⋯⋯」
この、心の波長をどこかで感じたことがある。
あの、声の余韻をどこかで聞いた覚えがある。
どこで 再び まみえたのか
あっと小さく叫んで、ラームファダは思わず水からざばんと立ち上がった。信じられないものを見たように、視線は宙を彷徨った。
ラムダのやわらかいテノールが、ふいにうなじに甦る。遠慮がちに肩に手を置くあの仕草が、湿った鼻面でそっと揺り起こす仕草と呼応する。
(まさか⋯⋯!)
解き明かされた謎の真偽に、妖精の柳眉がくもる。一瞬、止まった鼓動が、また早鐘のように打ち始めた。




