第六幕 新たなる葛藤 第四場 氷雪の妖精の葛藤
暁色のローブをまとい、銀の額環を嵌めた、氷雪の妖精は、扉を後ろ手に閉める間もなく、苛々と話し出した。
「いま初めて出会ったもの、いまこの身に起こったことは、事実なんだろう、それは認める」
かれは、床の一点を見つめて話している。
「だけど、事実と認めることと受け容れることは、ちがう」
ぐっと目線を上げると、ラームファダは一息に、ラムダに言葉をぶつけていった。
何か知っているのだろうと詰問されたように感じて、ラムダは一瞬たじろいだが、かろうじて面には出さず、距離をとって、ラームファダを見つめている。
アミィストーンは、初めて聴いたラームファダの声に心底驚いた。
「かつて、わたしは柊筮と呼ばれていた。生まれたときから髪は白銀く、誰もが畏れる瞳は碧く、身体の温度は雪ほど低く、喧騒を嫌って森に惹かれた」
(なんて奇妙な声なんだ)
掠れているのに鼓膜を打ち、震えているのに腹に響く声。竪琴に合わせて歌おうものなら、海の魔女だってくたばるぞ、とアミィストーンはゾクゾクするのを止められない。
「森に四人の友がいたんだ。豹と牝馬と栗鼠と狼。幼いわたしを支えてくれたし、安らぐ時間も与えてくれた。でも!」
ラムダの表情が、ふと翳る。
「いつの間にか、黒豹に捨てられた。白馬も去ってそれっきり」
「ちが……っ!」
反射的に言い募ろうとしたアミィストーンを、素早くラムダが制した。
(そいつは違うぜ! 誤解ってもんだ!)
アミィストーンは泣きそうになった。
(あんたが兄貴を忘れたとしても、兄貴があんたを忘れるなんて)
天地が逆になったとしても、そんなことはあり得ない。
「泉のほとりで、白馬の傷の痛みが伝わってきた。助けを求める水の精霊の歌のような叫びを聞いたんだ」
「あ、それで……」
(それで突然 出ていったのか!)
ふと、ラムダを見てアミィストーンは首を傾げた。
(兄貴は知っていたのかな? 眉のひとつも動かさないけど)
「そこにいたのは友ではなくて、翼の折れた天馬だった」
ラームファダは、思い出したように、そして何故か忌々しそうに自分の両手を睨みつけている。
「知らないはずの呪文を呟き、知らない動きに手が操られて、見る間に傷は癒えてしまった」
「……」
ラームファダの身体のなかで、ひとつひとつの感情がせめぎあって喧嘩して、譲りあって無視しあっているようだった。そして、喜怒哀楽の区別を失い、よくわからない色になる。
「すげぇなあ。ペガサスの傷を治しちまったのかい」
何も知らずに、癒しの魔力を誉めて讃えたアミィストーンを一瞥し、糸遊のような微笑に巻かれて、氷雪の妖精は言い捨てた。
「自分は異質だと知って、おまえは嬉しいかい」




