第六幕 新たなる葛藤 第三場 アミィストーンの回想
アミィストーンは機嫌が悪かった。
自分が知らない間に、勝手にふたりでオルロス爺のところへ行っていたことを知ったからだ。おいらだって爺に会いたかった、と。
それに、戻ってきたと思ったら、何も言わずにラームファダが館を出ていってしまったのだ。嵐の去った真夜中に、扉がギィと軋んだだけでその足音は聞こえなかった。
「ねえ、ラムダ。呼び戻さなくてもいいのかい」
「散歩がしたいだけだろう」
(ホントにそう思ってんのか?)
アミィストーンは、手が焼ける弟を見るような目でラムダを見る。ラムダは、至って落ち着いて、小難しい本を読んでいる。
(なんで行ってしまったんだろう)
ケルト神話の光の神、”ラームファダ”。その名前を貰った夜に、また独りぼっちで。どこかへ。
アミィストーンは、居ても立っても居られない。
「ねえ、ラムダ。ほんとに危なくないのかい?」
「心配性のホブゴブリンめ。ここは俺の結界のなかだぞ」
「そうじゃなくて!」
(ホントに兄貴はもう……こういうことは、からっきしだ)
「笑わないが泣くでもなし、怒らないが喜ぶでもなし。話はしないが無視するでもなく、従わないが背くわけでもなかったよな」
アミィストーンは、ソファに身を投げて頭の後ろで手を組み、天井画から微笑む女神に妖精の貌を重ねてみている。
「ニヴルヘイムの氷でさえも、ラームファダの心よりは、溶けやすいに違いない、とくらぁ」
何とかラムダの気を引こうと、アミィストーンは半ば自棄になって変な節で歌った。
「うまいことを言うじゃないか」と、ラムダは静かに笑うだけだ。読みかけの本を閉じるでもない! 水晶玉を覗くでもない!
「ラムダったらあ!」
痺れを切らして、アミィストーンはがソファから跳ね起きたとき。
わずかな大気の流れの変化で燭台の炎が揺らめく前に、恋する魔術師が安堵の吐息をもらした。
扉がギィと軋んだだけで、その足音は聞こえなかった。
だが、夜気を含んだ髪の香りと立ちこめてくる氷の煙に、たとえラムダでなくても惹かれちまうもんだなあと、アミィストーンは改めて痛感していた。
射抜くような眼差しに潜む、深くて昏い苛立ちになど気づきたくはないほどに、なぜだか畏れに震えながらも惹かれてしまう気がするのだった。




