第六幕 新たなる葛藤 第一場 異界への途
どこをどう通っているのか
なんてわからない
昇っているようでもあり
落ちているようでもあり
滑っているようでもあり
そこに立ち尽くしているようでもある
まるでタールを流したような
周囲をとりまく漆黒は
妙に心の落ち着く色で
目を閉じればそれだけで
母胎のなかに還れるように
思えたりもするけれど
取り替えっ子 取り替えっ子
わたしはの妖精のチェンジリング
母だと信じた胎内に抱かれ
共に過ごした月日もなければ
生命のリズムが木霊する
羊水の波に溺れてもない
また 違う誰かの記憶の場面に
触れた気がして悪寒が走る
先の尖った両の耳を
かきむしるように塞いで祈る
もとよりどんな呪歌も聖歌も
何も聞こえていなかったけど
己の鼓動も感じられずに
ひたすら異世界へ落ちていく
「……着いたぞ」
ラムダはそっと妖精の肩に手を置いて、優しく現実に引き戻した。
だが、身を固くして耳を塞いでままでいるのを見ると、困ったような顔をした。今度は、軽くとんとんと肩を叩いてみる。
妖精がようやく、びくっとして我に返ったが、何故かラムダまで身を弾いていた。
状況を忘れていたのか、妖精は怪訝そうにラムダを見上げる。少し気圧されたが、もう一度「着いたぞ」と言うと、妖精の目がすっと細められた。
(この声ーー)
(どこかで……)
ラムダのテノールが背骨を伝っていく。氷のような血潮に、臓腑に、彼の波長が染み込んでいく。
(いや、声……ではない。声ではなくてーー)
と、そのとき。
「おう! 来おったな!」
どこからか、地鳴りのような声が降ってきて、妖精は再び耳を塞いだ。
「お? おぉすまんすまん! 驚かしてしまったわい!」
「オルロス爺、勘弁してくれ」
「あー悪かった! なにせ、お前が客を連れてくるなんて言うから! 祝杯を上げておったんじゃわい!」
なぜ自分が客を連れてくることが祝事になるのかわからないが、ラムダは妖精の手をそっと耳から外してやった。
「大丈夫だ。小人族の住まいだ」
(ドヴェルグ……?)
妖精は、目の前の光景に呆気にとられた。集めに集めた財宝の山、川、いや湖か。よくもこんなに、と思われるほどの金銀財宝が、所狭しと乱雑に溢れかえっていた。
地下の深くにあるという、小人族の住む世界。
遠くの鍛冶場から、金属の灼けるにおいと鉄を打つ音が聞こえてくる。
「ようこそ、わが世界へ! 麗しの氷雪の妖精よ!」
(……)
妖精は、突然降り下ろされた金槌みたいな笑い声に圧倒されながらも、どうやら歓迎されているらしいことだけはわかったのだった。




