第五幕 迷宮への扉 第一場 箕郷の苛立ち
その日の朝をいつものように迎えた王城内は、醜いほどに紛糾していた。
その只中にあって、箕郷はひとり、苦虫を嚙み潰したような顔で押し黙っていた。
朝はいつものように訪れた。そして、鳥はさえずり、緑は香り、影がのびて、いつものように陽は沈んでいくだろう。
こんなときでさえ月は昇り、恋人同士の逢瀬を照らし、星は天を駆け抜け、そしてまたいつものように、薄紫に夜は明けていくんだろう。
箕郷は八つ当たりに、下唇をぎりっと噛んだ。
(姉さんを失ったというのに……!)
南嶺国王は、玉座に沈みこんだまま、家臣たちにすら詰め寄られても言葉を発することもできずにいる。捜索から戻ってきた兵や、侍女や下男たちさえも、まるで無礼講の沙汰があったかのように国王に泣きついていた。
何故ならーー
「あれを抹消しろ」
そう命が下ったからである。
「あなた!」
「旦那様、それはあまりに……!」
「お考え直しください、国王陛下ーー!」
他の者たちを押しのけて、王妃が国王の足元に跪いた。
「あなた、あの子はわたくしたちの御子でございます……」
「ーー御子、だとーー」
「覚えていますか? とても竪琴が上手でした。あの、世にも不思議な声色と語り心で唄うと、誰の心もざわめいたものでした」
「なにを……」
「剣の腕もありましたわね。持って生まれた身軽さと、細くしなやかな躰で、煌めく剣をこう高々と、殿方の前に差し上げていたのを見ましたか?」
「だま……れ」
「ああ、でもわたくしは、婀娜な舞い手になれるのではないかと思っていたのですよ。ほら、小さな踵と、どことなくつれない微笑みで舞うのを見たら、開け放たれた宵のテラスに殿方も迷いこんでくるのではと思ったものですわ」
「……」
国王は、ついに黙った。王妃を見る瞳孔が開かれていた。
箕郷も、口々にさんざめいていた者たちも、奇妙なものを見る目で王妃を見た。
「ああ、そういえば新調していたローブが届くころではなかったかしら。今年は一緒に『春の宴』を見に行きましょうと話していたところなのですよ。そこであの子は竪琴を披露して、みなに喝采を浴びて……」
王妃の口は止まらかなった。
(気が触れたか)
箕郷は、爪が食い込むほどに拳を握りしめると、広間を後にした。なおも言い募る王妃を遮って、国王が「何としても、魔術を使ってでも、あれを探し出し殺せ」と、有無を言わせない口調で改めて命を下しているのを背で聞いた。
泣き叫ぶ母も、怯えて声が震えている父も、愚か者にしか見えなかった。
(姉さん)
箕郷は苛々と足早に自室へ戻りながら、ぶつぶつと呟いた。
(貴方の亡骸が見つからないのは一縷の望みか?)
(森の奥に人目を避けるようにして花が咲いていたのは召された証か?)
柊筮がいつもこもっていた離宮にも行ってみた。部屋に遺されたままの竪琴の弦は沈黙したままだ。鏡には無数にひび割れが走り、床には水晶玉が転がっていた。
(寂しかった、だろうか……)
自分はただ無邪気に、姉を慕い、姉の後を追いかけまわしていただけだった。
(今になって、貴方のすべてを知らされても尚、愛している)
自身の呟きにはっとして、箕郷は立ち止まった。
(そうだ、ぼくは、貴方を、愛している)
実の姉だ、それに人外の存在だ。この想いがどれだけ危ういかを思い出す前に、箕郷はこの秘めた感情にしがみついた。
くまなく探しても一向に見当たらぬ、あるべき死体の行方に恐怖して、武力に頼る国王の愚かさを王子は嘲笑う。
(我が子と呼んで育てたものを)
差し向けられた兵の数ほど己の弱さを示しているようで、笑いが止まらなかった。
時は移る。そして四季はめぐる。
この世のどこかで貴方が生きて、未だ世界を廻しているのか。
それならそうと、生き方がある。
箕郷は状況にそぐわないほど、幸せそうに微笑むのであった。




