第一幕 王女誕生 第二場 魔術師ヴァモスの戦慄
別室で待機をしていた国王が、招き入れられる。なぜか、国王本人よりも、周りにいた乳母や侍女たち、魔術師たちの方が、緊張して唾を呑み込んだ。
国王の反応を、そっと見やる者すらいない。みな、罪人のように俯いて、王の裁きを待っているかのようだった。
その中で、魔術師ヴァモスは、さきからずっと寒気が止まらなかった。室内の圧に奇妙な気流を感じるのは、気のせいか。
なにかが、いる。
どこかで、見ている。
およそ重量を感じなさそうな、白銀の赤子のまわりだけ、密度が違うような感覚を覚える。
他の者たちは何も感じていないのか。
ヴァモスは、そっと眼球だけ動かして、王と王妃の様子をうかがった。その所作だけで、この場の張りつめた緊張の糸を切ってしまいそうな気がした。
「……ねえ、ヴァモス……?」
恐れおののく南嶺王妃の表情は青ざめ、声になる前に吐息で消される。およそ、第一子を無事に出産したばかりの、喜びに溢れる母の姿とは到底思えなかった。
傍らの我が子に触れようともしない。それどころか、枕元にそっと寝かせられている“それ”を横目に見て、これは魔の子か人の子かと、ヴァモスを問いつめるのだった。
「……」
ヴァモスは答えられない。
確証がない。
話には聞いたことがある。
(あり得ないことでも、ない……が)
黙っているヴァモスに痺れをきらし、王妃は国王を振り向いた。
「ねえ、あなた……!」
悲鳴に近いような、助けを乞う王妃の声に、断固として唇を引き結んだまま、南嶺国王は身じろぎひとつしない。
いや、できない。
それを、やれ怯えているのかと、誰が揶揄できただろう。
にっこりと微笑む我が子を抱こうとして、ついぞ手が伸びることはなく、生かすべきか消すべきかと、噛み殺したような声でヴァモスに詰め寄るのだった。
そのとき、ふっと、誰かが笑った。
軽い鼻息のような、微かな声だった。
この場にいる者たちが笑うはずがないが、皆して互いを責めるように、いま笑った主を探すなか。
ヴァモスは見た。
赤子の口元が小さく動いている。
何を見ているのか、泣くよりも先に開かれた眼が宙を捕らえる。
そして、ぷつりと何かが切れるような感覚のあと、さきから感じていた奇妙な圧が、消えてなくなった。
(あぁ、そうか)
(やはり、そうだったかーー)
「ーー国王陛下」
急に声を発したヴァモスに、文字通り、皆が飛び上がった。
国王は、蒼白な顔を振り向けてヴァモスを見る。
「ーー恐れながら、申し上げます」
「うむ」
「この御子はーー取り替え子かと思われます」
「ーー」
その場に居合わせ産婆や下女たち、そして仲間の魔術師たちまでもが、言いようのない不安に駆られて、改めてベッドに寝る赤子を見やった。たまたま目が合ってしまった侍女の一人が、短く悲鳴を上げて倒れ込んだ。
一夜明け、赤子は柊筮と名付けられ、民に向けて祝砲が轟き、嫡子誕生が発表された。
街では、今日からひと月の間、祝祭が開かれることだろう。通りには店が立ち、各地から吟遊詩人や流浪民たちが流れ着き、歌え踊れと湧きたつことだろう。
だが、王宮内では、まるで愛し子を失ったかのような、沈痛な空気に押し包まれていた。王妃の頬に今日も涙は新しく、まるで泣かぬ赤子の代わりとでもいうように枯れることはなく、国王の頬は歪んで引きつり、まるで無邪気な赤子に拭われたとでもいうように、笑みの浮かぶことはなかった。
そしてーー。
魔術師は、朝の光のなかで、改めて魔の子と対峙した。
「……貴方はーー」
囁きよりも微かな、息のような言葉がヴァモスの口から漏れた。
ゆらり、と。
柊筮という名の取り替え子が、既に知性を秘めた眼でヴァモスを見た。
碧玉よりも透き通った、氷のような邪眼。
朝な夕なに泣き出すでもなく、ただ静かに『我を殺すか見逃すか』と、からかうようにヴァモスを試している。
まるで、赤子の顔した堕天使とでもいうようにーー神聖を凌駕するほどの綺羅びやかな闇をまとっていた。




