第四幕 死または再生 第三場 柊筮 絶望の淵で
南嶺城の北の外れに、ひっそりと建つ塔がある。
内部はいくつもの階層に分かれており、かつては牢獄として使われていた塔だった。
柊筮は今、その塔の最上階の、くり抜かれた窓の縁に立っていた。まだ夜深く、みな寝静まり、こんな広大な王城の壁のなか、ひとりの魔術師の居室で起こったことなど誰も知る由もない。
とつぜん、蝙蝠が数羽、示し合わせたように飛び立ち、違うくり抜き窓から夜へ消えていく。耳まで裂けた赤い口が、途に迷った不知火みたいだった。
塔の牢屋に悶々として、未だ死にきれずにいる者たちの未練がましい嘆きや怒りが、柊筮の絶望を後押しする。
(炎の少年よ、安らげぬ魂よ)
応えはないとわかっている。もはや、あの亡霊への問いではないのだった。
(わたしの瞳を通して見る世が、それほどまでに美しいのか)
(わたしの肌から触れるものが、それほどまでに優しいのか)
(炎の少年よ、それならばーー)
柊筮は、ぎりぎりと、拳を握りしめた。
(わたしのすべてをくれてやる)
赤い花は赤く咲け、誰の血潮もそうであるよう。
青い宝石は青く輝け、母なる海がそうであるよう。
それが世の理なのだろうから。
柊筮は、悪夢で見続けたあの異国の紅蓮の空を思い浮かべた。なぜか、あれは己の先行きを示唆しているのではないかと思えた。
(わたしがたとえ何であれ、邪でなく正なるものであれ……)
人の子のものではない生など
いつか災いとなるものを
「あぁ……」
美しい妖精の姿で、低く掠れた声を絞り出す。意外にも、父や母、リシアや侍女たち、ヴァモスやその他の魔術師たち、そして箕郷の顔が、穏やかな思い出とともに湧き上がってきた。
(それなりに、楽しかったということか)
何を思い出しても、胸の中は非情なくらいに冷えたままだが、柊筮は少しほっとした。
眩しすぎる光は目を灼き、冷たすぎる氷は身を灼くように、己のなかで暴れる力に、己自身が壊されていくのを止められなかった。
足の先から皮膚を剥かれて、新たに作り替えられていく感覚に日々、怯えていた。いったいわたしは何なのだ、いったいこれは誰なのだと、ずっとその答えを求めていた。
その答えが、これだ。
誰も教えてくれなかったが、もうそんなことはどうでもいい。
わたしが、わたしに、成ったのだ。
いっそ、このまま狂ってしまおうか、それとも耐えてみせようか。
柊筮は、他人事のように考える。
ここから飛んで召されようか、それとも耐えてみせようか。
碧の瞳から顔を背けて、恐がられるたびに胸が痛むくらいなら。美貌で人の心を惑わせ、声音で酔わすことができても、水を占い、星を読んで、迷える心を支えられてもーー
(それが、なんだ)
畏れられること神の如く、忌み嫌われること悪魔の如し。愛しい誰かと巡り合って、共に手を取り歩いていこうと、望まれたりはしないのだから。
柊筮は、そっと虹色の大きな翼をたたんだ。そして、暗闇に沈む地上を見下ろした。
三日月の照る魔性の夜に
この身は砕けて雪となろう
看取れ 聖なる四大の精よ
砕け散った骨の色は
せめて人の子の白であれ
ほとばしった血の色は
せめて人の子の赤であれ
この期に及んで、躊躇いは微塵もなかった。
柊筮は真っ逆さまに身を投げた。




