クリスマス・キャロル
12月25日。午後6時29分。目を開けると、そこは白を基調とした東雲夫妻の寝室であった。
「…………」
なんなんだ、この感覚……。
木島は経験したことが無いほど心が妙に穏やかで、頭の中がとても鮮明であった。心が湖のような空間だとすれば、まさに明鏡止水。水面に映る己の姿がこれほどまでにはっきりと映ることはこれまでなかった。
あんなにもボコボコにされたってのにな……。
自分から喧嘩を売っておいて負ける。こんな情けない話は無いにも関わらず、怒り狂う気も起こらない。
……4号か?
己の違和感。こんなことができるのはあの男しかいない。何かやられたな。しかし、これも怒りが湧いてこない。以前の自分とは明らかに何かが違った。
とにかく下へと降りるべく、部屋を出る。誰が着替えさせたのか。着ていたのは寝巻きとして使用している無地の長袖とスウェットであった。リビングに向かうと、スパイスの香りが部屋中に漂っている。
今日はカレーか。などと思いながら部屋を見回す。そこにいた4号はソファに座って左右に2人。足元に2人。木島の見知らぬ10代から20代の女性を4人纏わり付かせ、昨日の戦いについて組まれたニュース番組を見ている。木島が寝ている間。清水のヤクザとの取引後に新たに洗脳して連れて来たのだ。
「なんか増えたな」
「ん? ああ、起きたんだ。意外と早かったね」
4号は振り返り、その言葉とは裏腹に予想通りだと言いたげだった。
「俺に何かしたか?」
穏やかな気分だ。問いただすつもりはない。ただ疑問を口にしただけである。
「ああ。ちょっと再生を手伝っただけさ」
4号は木島の方を見ない。左隣の少女の頭を撫で、その薄い唇に軽く口づけをする。
「そうか。助かったよ」
以前の木島であったなら口にしなかったであろう言葉を告げ、リビングの椅子に腰を下ろす。
成功したな……。
4号は新たな駒が増えたとほくそ笑んだ。
木島は恵が持ってきた水で喉を潤す。
「……これからどうする?」
一体4号は何がしたいのか。木島はそれを確かめてはいなかった。
「どうする? うーん、そうだなぁ……。特に何も考えていないや」
へらへらと4号は笑う。木島はそれならそれで構わない。
「了解した。何か始めるつもりなら声を掛けてくれ。俺はそれに従う」
「助かるよ」
そう言って木島はテレビに目を向けた。自分の顔写真が大きく映し出されている。
「悪かったな。派手に動いて」
「気にすることはないよ。元々こんな生活も長くは続かないだろうとは思ていたし」
綾乃を手に入れた時点で俺の目的は果たされたしな……。
4号はソファの下に座り、テレビをぼんやりと眺める少女に目を向ける。
「じゃあなんで、組長と取引なんてしたんだよ」
ヤクザに自分の血液や超人化薬を売りつけたいからどうにかして引き合わせて欲しいと頼んできたのは4号からだ。
「なんでって。そりゃあそんなの、ただの遊びだよ」
「遊び?」
「そう。ただのごっこ遊び。ヤクザと取引なんて、いかにも悪役のすることだろ?」
そう言って4号は口の端を吊り上げる。
「そうか」
4号は底知れぬ虚無を抱えていた。綾乃を抱いたところで、その渇きを癒すことはなかったのだ。売り上げの3千万が入ったアタッシュケースも無造作に置かれている。金も今の男にとってはただの紙屑だ。
木島はそこで、考えるのを止めた。
「それじゃあ、ご飯にしましょうか」
キッチンから出てきた恵は4人分のカレーライスをお盆に乗せて運び、テーブルへと並べる。
「行こうか」
「うん!」
そういって4号が手を引いたのは綾乃であった。やはり彼にとってのお気に入りは彼女ただ1人だ。
「由美ちゃん、琴葉ちゃん、文乃ちゃん、胡桃さんはちょっと待っててね。いま持っていくから」
「はーい」
「ありがとうございます」
そう言って彼女らは彼女らだけで話を始める。木島には彼女らが生きているのか死んでいるのか見分けは付かない。
もうどうでもいい。
そんな時、4号に一本の電話が入る。着信画面を見て、4号は口の端を不気味に吊り上げた。
「もしもし。脇谷くん? おめでとう。目覚めたんだね……」
こうしてまた1人、新たな超人が誕生した。




