禁忌の身体
目を開けると、そこは四角い部屋だった。
壁と天井は白く、床はワックスによる特殊加工が施され、窓や蛍光灯の光を反射している。
…………。
義人はただ、ぼんやりと天井を眺めた。顔を動かすこともせず、汚れ1つない天井を凝視する。
生きてる…………。
拘束されている訳ではない。感覚もある。ただ、起き上がる気がしない。布団からも出たくなかった。それがなぜなのか。彼には解らない。死んだという感覚すらなく意識が途切れ、気が付けば病室だった。初めて顔を動かす。右を向けば、目の前にはナースコールが壁から伸びている。ここは押すべきなのだろう。だが、彼は押さない。押せばまた日常が始まる。誰かが来るまでこのままでも……。
少年は再び、上を向いた。もう2度と、目を覚ましたくない。
次に目を覚ました時、義人は看護師と目を合わせる。
「先生!!」
しまった……。最悪だ……。
もう少し寝ていたかった義人は溜息をつく。左側に顔を向ける。今日もいい天気だ。
毒づく気分でもない彼は明るい光から逃れるように体を回し、枕に顔をうずめる。そして左側に顔を向けた。複数人が廊下を駆ける音が聞こえる。
うるさいなぁ…………。
義人は飛び上がり、天井へと貼り付いた。そんな義人の耳に扉が開く音が入る。
「おい!! いないぞ!!」
「えっ!! そんな!!」
「捜せ!!」
「はい!!」
申し訳ない気持ちになるが、仕方がないと自分に言い聞かせ、天井と同化させ、布のように広げた触腕から眼下を覗き、誰もいないことを確認してから音もなく床へと飛び降りる。
こんなこともできたのか。
カメレオンみたいだなと彼は思った。この時点での義人の脳みその中にはミミック・オクトパスと呼ばれるさまざまなものに擬態するタコがいるという情報は入っていない。
トイレにでも行くか……。
腹を掻き、尿意に従い、外に出た。またしても廊下には誰も立ってはいなかった。
「はぁ……」
掃除の行き届いた清潔な男子トイレ。その個室に入り、用を足す。誰にも会いたくない。誰にも姿を見られたくはなかった。それは恐怖というよりも1人になりたかったのである。彼は基本的に単独行動が好きだった。誰かに合わせるのが苦手。もっと言えば苦痛なタイプだ。
「ううっ……」
ぶるりと体を震わせ、さて出るかと水を流し、個室の扉を開ける。するとそこへ、ちょうどやってきた優人とばったりと出くわした。
「よっ」
「お、おお……。おはよ……」
「おお、おはよ。なんだよ。幽霊でも見たみたいに驚いて。足ならあるぞ」
ほらと、両足を上げて見せた。
「いや、寝ながら腹減ったって言って3食しっかり食べてた奴がふらりと現れたらそりゃ驚くだろ」
義人は反論する。
「——まあ、そりゃそうか」
悪い、悪いと言いながら少年は小便器へと立つ。義人は手を洗うため、後ろを振り返った。
「————ありがとな。助けてくれて」
「——なんだよ。急に」
お礼を言われたいと思っていた訳ではなかったが、いざ言われると、やはり嬉しいものであることを再認識する。
「いや。今まで言うタイミングがなかったからさ。会ったら真っ先に言おうと思って」
優人の言葉に義人は苦笑した。
「真っ先にいわなかったじゃねぇか」
「確かに」
2人は笑った。久し振りに笑ったような気がする。
「どんな感じよ。外は」
優人は義人がどんな目に遭ったのかを知らない。
「ん? 殺されかけたよ」
「え!? 誰に!?」
「同じ超人に。町でバッタリ遭ってさ。腹切られたり、頭撃たれたりしたよ」
「マジかよ。やべぇな」
どちらの意味のやべぇなのか。義人は尋ねたりはしない。
「外に出たらモヒカン連中がヒャッハーしてんのかよ」
「まさか。そんな一気に変わるかよ」
「まあ、そうだよな。起きたら世紀末だなんて笑えねぇよ」
優人は体を揺らし、スウェットを上げる。
「でも、今の俺たちなら覇王にはなれるかもよ」
「覇王になんてなってどうするんだよ。なるんだったら海賊王の方がいいだろ」
「海賊王こそなってどうするんだよ」
「そりゃ決まってんだろ。富、名声、力。この世の全てを手に入れるんだよ」
優人は笑いながら手を洗う。
「覇王と何が違うんだよ」
「確かに」
ゲラゲラと馬鹿笑いをしながら2人はトイレを後にした。




