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ホッグ・ノーズ -Bygone days-  作者: ひろひさ
梅竹義人の憂鬱

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超人 対 超人

 中央署前の大通りを真っ直ぐ私鉄の駅に向かって歩くと、地下2階、地上21階、塔屋2階の複合商業施設が見えてくる。その4階と5階にある図書館は義人がよく利用する施設の内の1つであった。愛用している黒いフード付きの中綿ジャケットのポケットに両手を突っ込み、寒空の下をとぼとぼと歩いて向かって行く。


 天気はいいんだけどなぁ……。


 風が少しあり、見上げると薄い雲が刷毛はけで伸ばされたように掠れている。風も時折、唸り声を上げ、鼓膜を震わせた。


 さみぃなぁ……。


 今日はクリスマス前日。やはり街中にはカップルが多く出歩き、幸せそうな笑顔を覗かせる。


 はぁ……。まったく……。


 自分には縁のない話だと思う義人である。


 頭の中を空っぽにして歩いたお陰か、体感時間上では思ったよりも早く着きそうだ。最近、街が小さくなったように感じてならない。


 成長したのかな。などと思いつつ外堀の前を通っていると、目的地前の横断歩道で信号が変わるのを待つ、金髪の男が目に入る。


 え? あれって、まさか……。


 そんな馬鹿なと、足を止めて目を凝らす。入れ墨の有無は確認できないが、あの側面を刈り上げたオールバックのような短い髪に特徴的な鋭い目付き。間違いなく先程見たばかりの男、木島であった。


 マジかよッ!!


 しかし、まだ他人の空似であるという可能性は残されている。


 いや……。でも……。あれは……。


 信号が変わり、木島らしき人物は歩き出す。


 マズいッ!!


 こちらを見ている様子はなかったが、振り返れば怪しまれると判断し、一先ずそのまま直進する。目の前の十字路を右に曲がれば、また大通りに戻れる。


 そこで山崎さんに連絡しよう……!!


 帰り際に貰った名刺は財布の中だ。ズボンの左ポケットから長財布を取り出し、お札の一番前に入れた名刺を取り出す。書かれていたのは中央署の電話番号だ。


 角を曲がり、急ぎ右手で二つ折り携帯を取り出し、番号を打ち込んだ。呼び出し音の後、署員が受話器を持ち上げる。女性の声だ。


「お忙しいところ、すみません!! 先程、お邪魔させて頂きました、梅竹と申します。生活安全課の山崎さんをお願い致します!!」


『……少々お待ちください』


 早くしてくれよ……!!


 大通りに出た義人は地下道を目指す。横断歩道を渡らずに中央署側の道路に出られる。


『はい、お電話変わりました。山崎です』


「あ、お忙しいところすみません!! 梅竹です!!」


『はい』


 一体何の用だと、不満の声が滲み出ている。


「実は先——」


 不意に風を切る音を耳にした。


「あ……」


 右脇腹に走る鋭い痛み。鈍く光る鎌が食い込んでいる。肉と共に内臓が裂け、循環する血液が一気に傷口から溢れ出す。ズボンを伝い、コンクリートの地面を赤く染めていく。


 思考が停止する。再生能力を持ち、痛覚に対する耐性が常人よりも高いとはいえ、反射的に脇腹を抑え、両足が石のように固まってしまった。


「ぎっ!!」


 そこへさらに蹴りが入り、耐え切れず膝から崩れ落ちる。腹を抑え、背中を丸めた。


「よお」


「うっ!!」


 髪を掴まれ、強制的に頭を持ち上げられる。木島だ。


「お前、当たりか?」


「ぐっ」


 地面に叩きつけるように掴んでいた手を離す。


 しまった……!! 顔を見られた……!!


 近くを通る人も何事かと視線をこちらに送って来る。


 誰か通報してくれよ……。


 その願いは叶わず、木島の右腕から伸びる鎌と滴る血液を目にし、短い叫びを上げるだけであった。


『梅竹さん!! 大丈夫ですか!? 梅竹さん!!』


 血で汚れた白い携帯からは山崎の呼び掛ける声が聞こえてくる。


「誰と話してんだよ」


 アタリは付いてんだろ……。


 なぜ自分が能力者だとバレたのか。義人には理解できない。木島はただ『スタンド使い同士は惹かれ合う理論で、能力者同士も惹かれ合うようですね』という4号の言葉に従い、ウロウロしていただけであった。義人を攻撃したのはただ、真っ直ぐ歩いて来たのに急に方向転換をしてなんかムカついたからという、至極単純な理由からである。男は退屈していたのだ。


「チッ。聞いてんだろッ!!」


 右手ごと踏み潰し、携帯は壊れ、通話は途切れる。


「ああっ……!!」


 手を引こうにも木島は足を退けようとしない。


 クソが…………。


 腹の傷は塞がった。もう痛みは感じない。沸々と腹の中で地獄の窯が泡立ち始める。


「お、なんだ? やる気か?」


 アタリだ……。


 楽しめそうだと心底嬉しそうに大きな口が大きく歪む。


 ——ナメんなッ!!


 義人は携帯ごと足を掴み、右腕から伸ばした腕ほどの太さの触腕でさらに膝までを絡め取り、周りのことなど気にする余裕もなく、ただ力任せに真隣りのビル、その1階部分の強化ガラスに男を叩き付けた。木島は後頭部を強打する。


「ガッ……!!」


 触腕の力だけでは駄目だと素早く立ち上がり、今度は全身の筋肉をしならせ、背負い投げの要領で木島の体をコンクリートへと叩き落とす。その衝撃は地面に亀裂を走らせた。


「ぐっ――――!!」


 こいつも再生持ちか――――ッ!!


「——なぁッ!!」


 怒りのままにさらなる追撃を行おうとしたところ、


「動くなああッ!!」


「動くなッ!!」


 ようやくそこで自分たちが警察官らに取り囲まれていることに気が付いた。人の往来は元より、車もパトカーによって閉鎖されようとしている。


 ヤバいッ!!


 フードを被り、両手を上げる。もう遅いかもしれないが、咄嗟に体が動いてしまった。


「……」 


 自分から意識が逸れたことを木島は見逃さない。


 右腕から先端が鎌の触腕を伸ばし、拘束された足を斬り落とす。そしてそのまま左腕からも鎌を伸長させ、直線上で銃を構える男性警察官を襲った。


 クソッ!!


 急ぎ間に割って入る義人。


 瞬間、発砲音が響き渡った。


「うっ…………」


 銃弾は左胸を貫き、地面に落ちる。触腕は左脇腹を犠牲になんとか掴むことができ、その刃先を完全に受け止めることができた。


「早く……逃げて……!!」


 警察官は立ち尽くす。銃を握る手は小刻みに震えていた。実務での発砲はもちろんのこと、人への発砲も初めてだ。当てる気のなかった相手への攻撃。引き金の重みを今更ながら感じている。


「触んなッ!! ボケがッ!!」


 切り落とした足を繋ぎ合わせ、回復した木島は腕を振り、義人を反対側へ大きく投げ飛ばす。


「グッ……!!」


 義人の体は宙を舞い、取り囲んでいたパトカーのフロントガラスに叩き付けられ、10階建てビルの前に倒れ込む。


 い……いてぇ…………。


 再生に体力を持っていかれ、体が鉛で固められたかのように重い。しかし、悠長に休んでいる暇もなかった。


 早く……アイツを止めないと…………。


 立ち上がろうとした瞬間、『どうやって?』という言葉が彼の中に響き渡る。確かに『逃げ方』と『避け方』以外、教わっていない。


 殺すのか……?


 義人はパトカーのボンネットの上で急に動けなくなる。


 いや、死なねぇだろアイツは…………。


 そう思い直し、立ち上がろうとしたその瞬間、1人の警察官が首を斬られた。


五代ごだいさんッ!!」


 女性警官の叫び声。反射的に取るチョークサイン。思わず駆け寄る同僚。追撃を試みる木島。足を止めたことに対する後悔の念を感じる間もなく義人はパトカーの上から鋼化させた触腕を木島の顔面へと叩き込んだ。


「————ッ!!」


 鼻は潰れ、下顎も砕け、声を上げることすらもできない。


 はぁ……。はぁ……。はぁ……。はぁ……。


 空気が薄い。しかし、義人は左右の腕を振り、2撃。3撃と当てる内に攻撃のスピードを徐々に上げていく。両腕を伸ばして殴るかのように触腕を操り、木島の体を擦り潰していった。この場にいる全員が漫画の擬音を耳にする。


 死ね……。死ね……。死ね……。死ねェ――――ッ!!


 義人は目の前の男に殺意を抱く。平穏を脅かされた罰か。それとも背負わされた業に対する怒りか。とにかく目の前からこの男が1秒でも早く消え去って欲しかったのは間違いない。


 頭はへこみ、顔は潰れ、全身の骨が失われていく。


「…………」


 木島は何も考えられない。


 無抵抗に攻撃を受け続けるしかなかったその時、3度目の発砲音が虚空に響く。


 ――――なんだ?


 再生がようやく追い付き、視界が徐々に戻ってきた。そして最初に見た光景はボンネットの上で座り込んでいた義人がそのまま受け身を取ることなく顔面から地面に滑り落ちる姿であった。


 はぁ?


 流れ出る血液が円を描いて地面へと広がっていく。気が付けば頭を撃ち抜かれていた。


 4号か――――。


 助けに来たのか。それだけは理解した。しかしそれ以上、頭が働かない。攻撃を食らい過ぎたせいだ。


 すると今度は連射音が聞こえ、警官たちが急ぎ地面へとしゃがみ込む。パトカーの窓ガラスが次々と割られていった。


「…………」


 1人座り込む木島の背後から4号の白い触腕がぬるりと伸びてくる。そしてそのまま素早く体に巻き付くと、木島を一気に手繰り寄せた。そして上手い具合に車へと押し込まれる。気付けばどこかに向かって走り去っていく。交通規制をしていた警察官らは既に4号の手によって骸へと化した。


 あー疲れた…………。


 木島はぼやく。こうして人類初の超人戦は多大なる犠牲を出し、その幕をひっそりと閉じるのであった。

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