ファイト・クラブ
12月24日、月曜日。午前11時24分。世間が思い思いに恋人や家族のイベントへの飾り付けをし、浮足立つ中、事前に休みだと伝えられていた佳歩からの連絡が入り、県警の中央署で人と会って欲しいとのこと。
「……」
今日はお休みだったんじゃないんですか? とはとても聞けない空気が車内には充満しており、やっぱり彼氏と一緒に過ごす予定だったのではないか。そう義人は勝手に予想する。
こんな美人だもんな……。
気分の落ち込みを身体機能の異常という形で理解する16歳。しかし、無言の緊張感には耐えられず、義人は佳歩に尋ねた。
「何かあったんですか?」
「……うん。着いてから話すね」
やはり彼女の言葉には疲れが色濃く潜んでいる。仕方がないとはいえ、固い表情の彼女の横は、やはり心地のいいものではない。
何があったんだろ……。
そんなことをぼんやり考えていると、車はあっという間に目的地へと到着。前を通り過ぎるだけの中央署に初めて足を踏み入れる。会議室に通された2人は開いているドアから中へと入った。暖房を入れていないせいか、足元から冷気が這い上がってくる。
室内は横に長く、その中でさらに茶色の長机が小さな長方形を描いている。義人は佳歩の後ろを付いて歩き、窓側に横一列。義人、佳歩の順で座り相手方の到着を待つ。
一体、何が始まるんだ……?
すると妙な静けさが室内に木霊する中、スーツ姿の男女2人組のペアが二組、「失礼します」と入室してきた。立ち上がる佳歩。慌てて義人も立ち上がる。
「初めまして。生活安全課の山崎です」
40代。くたびれた印象の男性がまずは頭を下げた。
「同じく、三輪です」
続いて比較的若い印象を受ける女性が会釈する。
「初めまして。『超常犯罪対策係』の三島です」
「神崎です。よろしくお願い致します」
三島はスポーツ万能といった見た目の30代。神崎は20代後半といったところだ。
超常犯罪……?
超人による犯罪への対処を専門とした部署が新たに設立されたことは報道で目にしていた。だが、なぜそんな部署がこの場にやって来たのか。そもそもなぜ自分たちが呼び出されたのか見当が付かない。
まさか3人目が現れたとか!?
ということは、研究所が必死になって探し回っている残りの地球外生命体は適合する宿主を見つけたことになる。
どんな事件があったんだろう……。
まだ報道されていない事件。ようやく義人は佳歩の面持ちに納得した。
佳歩、義人と順番に挨拶が始まり、席順に会釈を終えると県警側の目が義人へと注がれる。『ああ、これが例の……』。
人のことを珍獣でも見るかのような視線に義人は若干の苛立ちを覚えた。本人はポーカーフェイスを貫けたつもりではあるが、不快感は表に出ている。
「それでは、挨拶も済んだことですし、まずはこの画像を見て頂けますか?」
そう言って山崎は1枚のA4用紙を2人の前に差し出す。そこに写し出されていたのは道路上に設置された防犯カメラの画像である。ちょうど真ん中に当たる位置で高級車に乗る金髪の男性と栗毛の女性の姿があった。
「この2人に見覚えはありませんか?」
「ありません」
この2人が能力者ってこと?
近づきたくはない見た目の2人であることは間違いない。
「そうですか……。実はこの2人が能力者である可能性がありまして……」
「えっ!? ああ。そうなんですか……」
勘弁してくれよ……。明らかに荒事には慣れていそうな男を前に義人は気おくれする。
「まず、順を追って説明しますと、一昨日の22日。土曜日の午後11時45分。村井和代さん、68歳が自宅近くの交番に相談に来たのが始まりでした」
山崎は胸ポケットから取り出した手帳を読み上げていく。
「村井さんはこの木島、木島龍之介が午後12時半頃、近所に住む東雲さん宅のガレージから家主である紀之氏所有の車を運転し、出てくるのを目撃しました。
この近辺では見たことのない風貌だったこと。そんな人間が東雲さんと付き合いのあるようにはとても見えなかったことから不審感を抱き、ご近所の方々にも相談されたそうですが、やはりその見た目から関わり合いを持ちたくないと思われ、一度は忘れようとしたそうです。
ですが、やはり何か気になったのか。最初に話した通り、交番へと相談に行き、話を聞いた山本巡査は翌朝、加藤巡査部長に相談内容を報告。巡査部長は巡回連絡を理由に東雲家を訪問しました。その時に対応したのは奥さんの恵さんで、巡査部長が『何かお変わりないですか』と尋ねたところ、恵さんは『特に何も』と答えられたようです。恵さん自身も自宅の中も玄関からではありますが、特に不審な点は見られなかったようです。
最後に車がないことから『ご主人はお仕事ですか』と尋ねたところ、『風邪を引いて寝ています』との返答があったようです」
山崎はここで一度、口を噤む。
「では、なぜ我々がこの木島を怪しんでいるのかというと、この木島という男は清水では名の知れた元暴走族でして。暴行、傷害、脅迫、窃盗、強姦などの前科があり、出所してからもヤクザや昔の仲間たちとの付き合いが続いており、現在もヤクザの下請けのようなことをして日銭を稼ぎ、特に定職には就いておりません。そんな奴がなぜ高級住宅街に住む東雲さんと親しくなれたのか。何か変だとは思いませんか?」
「…………」
確かに山崎の話を聞いた限りでは妙なところが多々あるが、だからといって能力者だと決め付ける証拠がある訳でもない。
でも、ほぼ黒だよな……。義人がそう思って小さくなっていたところ、隣の佳歩が口を開く。
「確かにそんな木島がお金持ちの東雲さん宅へ出入りするようになったのは気になりますが、それだけで能力者だと決め付けるのには無理がありませんか?」
「もちろんそうですね。我々もこれだけで能力者だと決めつけている訳ではありません。正直なところ、この捜査はまだ始まったばかりで、周辺状況を洗っている状態なんです。
まあこちらも、上から少しでも怪しい事件があったら能力者の存在を考慮しろと言われておりまして……」
山崎は、同じ公務員なら解るだろ? と同意を求めるような表情を浮かべた。
「ああ……。実績作りってやつですか」
「まあ、そんなところです」
うんざりした様子で佳歩は小さく溜息をつく。
「あと、こちらとしても一度、お2人とは顔合わせをしておきたかったんですよね……」
山崎のたるんだ目が2人を捉える。それは腹の底まで見透かされそうな嫌な目であった。
部屋を出た2人は真っ直ぐ駐車場に向かって歩き出す。最終的にお互い、何か情報を掴んだら共有しましょうということで話は終わった。呼び出された理由がイマイチ納得できない義人は佳歩に質問を投げ掛ける。
「すいません、藤川さん」
「はい。どうしました?」
「今回の呼び出しにはどういった意味があったんですか?」
「まあ、そうですね……」
少し迷いを佳歩は見せた。
「それじゃあ、これは私の想像でしかないという前提でお話しますね」
「はい。お願いします」
「ではまず、山崎さんの言った『お2人の顔を見ておきたかった』というのは生活安全課という立場上、事実だと思います。そして三島さんたちの方ですが、あちらも新設したばかりの部署ですからね。よく公務員は失敗するなと言われますが、じゃあ何もしてないように映ればそれこそ、『失敗』ですからね。私たち2人に会いました。現在、こういった事件を追っていますって上に報告するためなんじゃあないですかね」
「ああ、そういう理由ですか」
「はい。なので、山崎さんはメンツ。三島さんたちは上に報告する実績作りっていうのが私の見立てです」
「メンツ、ですか……」
「はい。メンツです」
なるほど。メンツだの実績だの報告だの。公務員もたいへんだなぁと義人はぼんやり考える。
俺はこれから先、どうなるんだろう……。
どうなる、どうなりたい。似ているようで似ていない2つの問題が義人の頭の中で渦を巻く。だが、暗闇が広がるばかりで答えなどでない。
中央署の駐車場に向かう途中、佳歩が休日だと思い出した義人は送らせては申し訳ないと図書館に行きたいと嘘をつき、ここで解散する流れを作った。
「それじゃあ、お疲れ様でした」
義人は暇を潰しに近くの図書館に向かって歩き出す。佳歩は車を自宅方面へと走らせた。この選択が後の世まで語り継がれる人類史のターニングポイントであるとも知らずに。




