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ホッグ・ノーズ -Bygone days-  作者: ひろひさ
パルプ・フィクション

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ヨルムンガンド

 2014年2月27日、木曜日。未明に起こった謎の武装勢力による政府庁舎占拠事件は各国に激震を走らせる。しかも武装勢力の中に超人がいるとの情報が流れた。義人と優人は叩き起こされ、スーツに着替えて待機命令が下される。


 また戦争か…………。


 しかも、今度は超人だ。


 相手はロシアか……。


 またしても行われた力による国境線の変更。その件は断固として許すつもりはないが、ロシアからしてみればアメリカの力が弱まった今こそが千載一遇のチャンスなのだろうと冷静に判断する。


 ウクライナの政治混乱。広大な土地。侵略され続けた歴史。ソ連崩壊。異常なまでの愛国心。その他諸々を考えると今回のことも起こるべくして起こったとしか思えず、どうしても重い腰が上がらない。


 戦いたくねえなぁ……。


 このまま止まってくれ。他国の戦いに巻き込まれたくはない。そう思う義人であった。






 なぜ今回の事件は起こったのか。時は2004年まで遡る。


 この年、オレンジ革命で新欧米派の大統領と首相のコンビがウクライナに誕生した。だがこの2人は方向性の違いから経済問題の解決よりも激しい主導権争いを続けてしまう。


 この政治の泥沼化に国民が失望した結果、2010年の大統領選挙で親ロシア派の大統領が誕生する。しかしこの大統領はロシアによる金や選挙工作を裏で仕込まれており、ロシアからすれば血を一滴も流すことなく、金と政治工作だけでウクライナという国を手に入れた完璧な勝利の瞬間であった。


 だが、今回の騒動の発端は、この大統領の裏切りである。大統領は国民のご機嫌取りのためにヨーロッパ。つまりEUと経済協定を結ぶという約束してしまう。


 これにもちろんロシアは激怒。あとは、協定にサインをするだけ。まさにその時、ロシアからガスと貿易をストップさせるという猛烈な脅しと、巨額の借金の肩代わりをするという飴を受け、大統領は直前でEUとの協定を取り止め、ロシアと手を組むことを発表したのであった。


 2013年11月。ヨーロッパの仲間に入れると信じていたウクライナの若者や国民は大統領の裏切りに大激怒。首都キエフのマイダン広場に数万人から数十万人の人が集まり、退陣デモを敢行。これがユーロマイダン革命。尊厳の革命であった。


 政府は警察の特殊部隊を使ってデモ隊を銃撃。100人以上の死者が出る最悪の流血沙汰となったが、国民の勢いは止まらない。


 2014年2月22日、土曜日。万策尽きた大統領は怒り狂った国民に捕まることを恐れ、深夜、ヘリコプターでロシアへと亡命。ウクライナ議会はすぐさま彼を大統領から解任。こうして親欧米派の暫定政権が発足した。こうしてロシアが何年もかけて作り上げた親ロシア派政権は完全に崩壊したのである。


 この政権交代が、今回の事件の引き金だ。


 ロシアからしてみれば、金と裏工作でせっかく手に入れたウクライナを国民の暴動(革命)によって一瞬でアメリカ、ヨーロッパ側に奪われたという絶望的なまでの大失態だ。


 最早、綺麗な手段ではウクライナを取り戻せないと考えたロシアは今回、武力で奪い取るというグルジアでの成功体験を下に行動を開始した。


 2008年から始まった見えない政治戦が、ついに本物の武力戦争へと裏返った瞬間である。


 だからこそ、義人はやる気がなかった。ロシアはロシアでNATOとの緩衝地帯としてウクライナが欲しい。ウクライナはウクライナで、ソ連の時のような生活は嫌だと言っている。その気持ちは理解できた。相互監視の息苦しい生活には戻りたくないのはもっともだ。だが、厳しい言い方をすれば2004年の時にロシアに付け入る隙を与えてしまったのはウクライナ国民である。


 どちらが正義で、どちらが悪か。などという二元論で今回の件は片付けられない。義人からしてみれば夜中に叩き起こされ、他国の戦争に介入させられるかもしれない。超人がいるのだから「まあ、仕方ないか」とは思いはするものの、もう二度とこんなことはごめんだというのが正直な気持ちであった。ここでウクライナが地図から消えるようなことがあれば明日は我が身なのかもしれない。だが、北方四島という領土問題を抱えている日本としては、積極的な介入は領土問題の解消を遠ざけかねないと真っ先に考えてしまう。

 

 ま、総理次第だな……。


 行くなら行くで、早くして欲しい。そう思う義人であった。そして考える。アメリカの動きを。


 アメリカはきっと激しい非難声明を出すはずだ。経済制裁だ。国際法違反だとロシアを責め立て、正義の味方の仮面を被る。だが、決してアメリカ軍は出てこない。NATOに加盟している訳でもなく、国内の世論も内向きで、世界の警察を辞めてしまった。結局、ウクライナのために血を流すことはなく、ロシアが経済制裁で悲鳴を上げるのが先か、ウクライナが領土を毟り取られるのが先か。そんな過酷なチキンレースが始まるだろう。


 そんなことを考えていると、下された命令は予想外のものだった。


 総理の判断は「今、ウクライナが地図から消えるのはマズイ。超人だけでもなんとかして止めてこい。現在ロシアと交渉中のため、とりあえず現場へと向かい、その超人と直に話をしてこい」というものだった。


 対話のパイプ作りか。まあ、アメリカがあてにならない以上、日本が北方領土の交渉カードを失わないためにはここでロシアと完全に破局する訳にもいかない。それはロシア側も同じだ。日本という西側諸国への抜け穴を彼らも失いたくない。だからこそ総理の『超人同士の対話の場を設ける。それまで現地の超人を動かすな』という要求をロシアは無視できないのであろう。


 それとも総理は、それほどまでに良好な関係をロシアの大統領との間に築きつつあるのだろうか。


 そう考えていると、玄関のチャイムが鳴る。モニターに映し出されたのは、優人であった。彼は光を鈍く吸収する漆黒の皮膚のようでもあり、龍の鱗のようでもあるしなやかな質感のスーツを身に着けている。これはマズいと義人は急ぎ、家を出た。


「おはよ」


「おお。おはよ」


 時刻は午前9時前。作戦内容はまだ聞かされてはいない。


「で、どんな作戦なんだ?」


 義人は尋ねる。


「俺の仕事はとりあえず今から義人を東京に運んで、外務省のお偉いさんを乗せる。そして2人を俺がクリミアまで運ぶ。たったそれだけ」


 平然と言ってのけるが、相変わらずのタフさだ。


「それじゃあ俺、行く必要ねぇじゃん」


 そうぼやくと、優人に何を言っているんだと突っ込まれてしまう。


「顔が広く知られてるのは、義人の方だろ?」


「……ああ、確かに。それもそうか」


 こうして義人は両腕を胸の前でクロスさせ、優人の背中に自身の背中を合わせる。すると、優人のスーツから銀色のナノマシンの霧が急速に広がり、義人の身体を完全に包み込んで黒いカプセルを形成した。そして間もなく、筒の中が耐G衝撃吸収と液体呼吸用の高酸素透過液体で徐々に満たされていく。肺がひんやりとした液体で満たされる独特の感覚を味わうことになる。


「んじゃ、行くぞー」


「おー。頼むわ」


 これまで幾度となく訓練を重ねており、義人ももう慣れたものだ。優人も顔を龍を模した黒いマスクで覆い、周囲の空気が歪み、鱗の間から陽炎のような微細なナノマシンの霧が立ち込めたかと思うと、重力を無視したかのように音もなくふわりと垂直に離陸する。その半透明の霧は太陽の光を反射し、微かに銀や虹色に煌めいていた。そして義人はマッハ3のスピードで東京へと運ばれていく。


 優人の能力はナノマシンの生成、操作だ。空間の分子や原子の結合に干渉し、疑似的な斥力せきりょくのフィールドを形成することができる。そのため、飛行能力も有していた。




中島なかじまです」


 そして東京に到着した義人はロシア情勢と軍事に精通した外務省の中堅官僚の女性と挨拶を交わす。


 黒のスーツを完璧に着こなす彼女はどこか表情が固く、近寄り難い雰囲気をまとっていた。彼女が選ばれた理由は、ロシア語だけでなくウクライナ語、英語も完璧だからだ。


 カプセルは彼女も乗り込むため、縦に伸びる。中を覗くと、今度は座席が前後に付いていた。義人は前の席へ。中島は後部座席へと座り、再びカプセルの中は透明な液体で満たされていく。


 日本時間の午前9時半過ぎ。天井が閉まり、離陸。マッハ3の速度であればクリミアまでは約2時間弱で着く。そして時差によって時間が巻き戻り、到着予定時刻は午前4時半。これにより事件発生から1時間半が経過した現場に乗り込むことができることになる。とはいえ、今回の任務はあくまで超人の足止め。それ以上のことはすることはできないし、するつもりもない。そんなことをすれば日本が他国の戦争に首を突っ込んだことになる。それだけはなんとしてでも避けなくてはならなかった。


「…………」


 緊張した面持ちの3人は地球の裏側。北の大地へと飛んだ。

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