フューリー
2008年7月7日、月曜日。洞爺湖サミットは始まった。
スーツを着た義人はマスコミの前でG8の首脳たちと用意された控室で個別に握手を交わす。順番はカナダ 、イタリア、イギリス 、フランス、アメリカ、ロシア、ドイツ、日本だった。カメラの前で義人は一言も喋らない。喋るなと言われたからだ。ただぎこちない笑みを浮かべ、マスコミのフラッシュを浴びている。
「――はい、ありがとうございました!! 報道陣の皆様、ご退室お願いします!!」
事務方の鋭い声が響き、あれほど騒がしかったカメラマンたちが潮が引くようにバタバタと、部屋から出ていく。重い防音扉が静かに閉められた。
途端に室内の温度が数度、下がったような錯覚に襲われる。
「それでは、マスクをお取りください」
通訳に促され、マスクを脱いだ。7人の首脳たちの顔はどれも厳めしいものだった。
「どうぞお座りください」
「失礼します」
そう言って首相の後に腰掛ける。
各国の首相たちの質問はどれも同じだった。「いま、どんな気分か」「世界初の超人である君はその力をどう使う?」「将来、どうなりたい?」
事前に聞いていた質問であり、答えを用意して挑んだが、義人は決して世界を混乱に陥れるような使い方はしない。自分はただの庶民だと心を込めて伝えた。
「大いなる力には大いなる責任があります。世のため、人のため。自分はその責任を果たしていきたいと思います」
そう答えると、みな冷たい視線を向けてくる。見えない壁がそこにはあった。そして首脳陣らはニコリともせず、握手を交わし、部屋を後にする。義人はそれを頭を下げて見送った。そして最後にやって来たのは福山である。
「いやー良くやってくれた!! 大変だったね。今日はありがとう!! みんな君のことを解ってくれただろう!!」
一方的にそう言うと、彼もまた足早に部屋を後にした。
終わった…………。
こうして義人はその日の内に北海道を後にする。ホッグ・ノーズの新コスチュームのお披露目と外交デビューはこうして終わりを告げた。
疲れ切って目を閉じる少年の足元で行われるきらびやかな舞台の裏で、アメリカの住宅バブルはすでに致命的な破滅の音を立てており、北の大地を挟んだすぐ先ではロシアの戦車部隊が国境に向けて静かに牙を研いでいる。
カメラのまばゆい光に群がる大衆は、まだ誰も気づいてはいない。各国の首脳たちの頭の中は、これから起こるであろう経済と戦争という2本の導火線に火がすでに付いている恐怖でいっぱいだったのだ。足元でチリチリと音を立てる火薬庫へと近付く火を消すこともできず恐れをなしている。激動の時代は、もうすぐそこまで迫って来ていた。
最初に爆発したのが、新たな戦争という名の爆弾だ。8月8日、金曜日。北京オリンピック開会式当日。ロシアの首相が中国に滞在する中、ロシアがグルジア。現ジョージアに電撃侵攻を開始する。ロシア側は「グルジアが先に仕掛けてきた」「現地にいるロシア系住民と、我が国の兵士が虐殺されている。これは自国民保護だ!!」と猛烈にアピールをしながら。
確かに戦端を切ったのは、当のグルジア側であった。8月7日、木曜の夜から8日、金曜未明のことである。
サミットが終わった7月から8月上旬にかけて、グルジア国内の親ロシア派独立地域、南オセチアでは親ロシア派民兵とグルジア軍の間で、小規模な砲撃戦や小競り合いが激化していた。
このままではマズイッ……!!
そして北京オリンピック開会式の前夜。焦ったグルジアの40歳の若き大統領は一生一代の大勝負に出る。
「南オセチアの憲政秩序を回復する!!」と宣言。
大量のロケット砲や戦車、歩兵を投入し、南オセチアの首都ツヒンヴァリへ向けて大規模な総攻撃を開始した。
この激しい攻撃により、街は炎上。現地住民だけでなく、そこに駐留していたロシア軍の平和維持部隊にも死傷者が出た。
彼はなぜ大国に手を出したのか。彼はアメリカ帰りのエリートで、その本場仕込みの流暢な英語を操り、ワシントンの政治家たちと交流。そして彼らが口にする全面的な支持という言葉とともに民主主義の若き旗手というリップサービスを信じて疑わなかったのだ。
もちろん、それだけではない。アメリカ軍の最新兵器。アメリカ軍が鍛えたエリート部隊。そして第2の故郷、アメリカの後ろ盾。
これならロシアも攻めてはこられまい……。
それが彼が出した答えであり、ソ連崩壊から17年間、煮え湯を飲まされ続けてきたグルジアという国の雪辱戦でもあった。
国内に仕掛けられた親ロシア派という名の時限爆弾もこれまでだ!!
そう息巻き、彼は軍を動かしたのだ。これこそが、ロシアがずっと待っていた完璧な大義名分なのだとも知らず。
その瞬間、国境付近。ロキトンネルという細長い一本道。そのすぐ向こう側。完全にエンジンをかけたまま待機していたロシア第58軍の戦車部隊が間髪入れず、一斉に砲撃を開始した。
「な、なんだとッ!!」
完全に奇襲を掛けたつもりだったグルジア軍は、目の前に突如現れたロシア軍の巨大な鉄の壁に向かって正面衝突させられたのである。
同日、昼頃。ロシアは陸路だけでなく、すぐさま空と海も完全に支配した。
空はロシア空軍の戦闘機や爆撃機、Su-25やTu-22Mなどが、グルジア全土の軍事基地や首都近くのレーダー施設を爆撃。グルジア軍の通信や防空網は一瞬で機能を停止させる。
海は黒海に展開していたロシア海軍の艦隊がグルジアの港を完全封鎖。外部からの物資やアメリカからの支援が入るルートを完全に断ち切った。
う、嘘だろ…………。
そして8月9日、土曜日から10日、日曜日。ロシアは正面から押し潰すだけでなく、もう1つの親ロシア派地域、アブハジアからも別動隊の戦車部隊を一斉進撃させる。
正面の敵を防ぐだけで手一杯なグルジア軍は完全に背後、つまり西側からもロシアの機甲部隊に攻め込まれた形となり、グルジア軍の防衛線は文字通り、紙クズのように引き裂かれた。
翌11日、月曜日から12日、火曜日。ロシア軍の戦車は紛争地帯を軽々と飛び越え、グルジアの一般領土深くへと侵入。首都トビリシの手前わずか数キロのところまで猛烈なスピードで進撃した。
最新のアメリカ製兵器で着飾っていたはずのグルジア軍はロシア軍の圧倒的な物量差と冷酷なまでの暴力の前に戦車や武器を道端に放り出し、パニックになりながら敗走する。
こうして幕を明けた新たな戦争はロシアの圧倒的な勝利で幕を閉じることになった。8月12日、ロシアが軍事作戦の終了を宣言。フランスの仲介で停戦合意へと向かう。そして26日、火曜日。国際社会が外交交渉の準備でモタついている隙を突き、ロシアの大統領が南オセチアとアブハジアの独立を承認する大統領令に署名。
当然、グルジアや欧米諸国は国際法違反だと猛反発。しかし、ロシアは聞く耳を持たず、それどころか独立国となった彼らからグルジアの脅威から守ってくれと正式に要請されたという大義名分を作り、そのままロシア軍を合法的に居座らせ続けた。
これにより話し合いでの領土返還という選択肢は完全に消滅。ロシアの傀儡国家が誕生し、事実上グルジアは領土の20パーセントを強奪されたことになる。この成功体験が後のクリミア併合。ウクライナ本格侵攻という力による国境線の書き換えというロシア帝国の逆襲の始まりでもあった。




