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ホッグ・ノーズ -Bygone days-  作者: ひろひさ
パルプ・フィクション

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26/33

舞い降りる剣

 アメリカからの突然のSOS。福山は笑いが止まらなかった。


 なんだッ!! なんなんだ、この幸運はッ!! 完璧だッ!! 俺は世界を獲ったぞッ!!


 アメリカが日本を頼る。世界の警察。最強のアメリカ。テキサスのカウボーイがその信念を押し曲げてまで頭を下げる。これがどれほど屈辱的なことか。バークレーは福山のことを裏でスクールボーイ。あるいはプレッピー。ボーイ・ワンダーと呼んで馬鹿にしていた。そんな彼に莫大な貸しを作る。あのタフガイがその決断をした時、どんな顔をしていたのか。福山は想像しただけで腹の底から笑いがこみ上げてきた。


 政界のプリンスとマスコミから持て囃され、戦後2番目の若さで総理の座に就いた福山であったが、その就任の経緯は決して万々歳と言えるものではない。タカ派として蜜月の日米同盟を牽引していた圧倒的カリスマ性を持つ前々首相、神代純一かみしろ じゅんいち。その秘蔵っ子である前首相、神室信二かむろ しんじが持病の悪化を理由に突如、辞任。その穴を埋める形で、神代と神室の推挙があって総裁選を勝ち抜いたのが福山だったからだ。


 当然アメリカ側、特にバークレーは冷ややかだった。前首相という巨大看板を失い、メディア受けが良かったがために担ぎ上げられた若造。これが、アメリカ側から見た福山の評価だ。それを覆すチャンスが訪れた。2人の偉大な総理と肩を並べることができる。これほど胸が高鳴り、苦しくなるほどの喜びに満ちた日は今後、訪れることはないと断言できる。そう思うほどに福山の脳は全能感に支配されていた。


 あのバークレーに国家規模の莫大な貸しを作る。


 このカードをどう切るか。外交。経済。軍事。超人研究の主導権。ありとあらゆる未来の選択肢が、すべて福山の手の平の上に転がり込んできた。


 ――よし、貸してやるよ。とびきりデカいヤツをな…………。


 福山は受話器を置くと即座に机の上の書類を引き寄せ、すぐさま防衛省の幹部を呼び寄せる。アメリカに作るのは、あくまで特大の貸しだ。決してアメリカの尻拭いをするために自衛隊や超人を動かしたなどという政治的リスクを背負う訳にはいかない。求めるのは、義人による完全なワンマンショー。そして、徹底的な隠蔽だ。


 こうして福山は不敵な笑みを浮かべたまま、書類に承認のサインを走らせる。表向きはただの演習機材の移動申請書。だがその裏には、大統領直属の免責特権と超音速移送のルートが組み込まれたものであった。


 世界を揺るがす極秘作戦は、極めて事務的な手続きによって静かに動き始める。






 この極秘作戦のネックは時間であった。ネバダ州ラスベガスへと迫る暴走個体の移動速度を鑑みれば、通常の民間機や軍のC-130輸送機では到底、間に合わない。そこで日米の防衛・情報機関が導き出した答えは文字通り、力技であった。


 翌8日、金曜日。義人は埼玉県の航空自衛隊入間いるま基地にいた。これから上空マイナス50度の極寒の世界を飛び回るため、フライトスーツをコンバットスーツの上から着込み、その上からさらに下半身を締め上げる耐Gスーツを着用。ジッパーを引き上げ、そして最後に酸素マスクのホースを接続し、義人はF-15戦闘機の後部座席へと乗り込んだ。

 

 さすがにちょっと緊張するな……。


 そんな少年を乗せた鉄の鳥は放たれ、爆音を響かせて一路、沖縄の嘉手納かでな基地へと向かう。これが、この義人というバトンを繋ぐリレーの第1走者であった。


 同日、夜。嘉手納基地。その滑走路上で待機していたのは、1998年には全機、退役したはずの人類史上最速の航空機。SR-71、ブラックバードであった。


 米軍がこの作戦のためだけに極秘裏に再稼働させた漆黒の怪鳥。その不気味に尖ったコクピットに義人は圧倒された。


 かっけぇ…………。


 ここでの目的は、太平洋の弾丸横断。最高速度マッハ3。高度2万4000メートルの成層圏を駆け抜けるのだ。


 義人はフライトスーツを脱がされ、渡された特殊な耐寒・吸汗インナー1枚にされる。その上から米軍の技術兵たちの手によって完全密閉の宇宙服。成層圏の低気圧から肉体を守るための漆黒の加圧服。高高度プレッシャースーツを着させられた。そしてそのままコクピットへと収容される。


 すると最後まで機体の調整をしていた米軍の技術兵が、義人のヘルメットをコンコンと叩き、親指を立てた。


「You can do it!! God speed!!」


 キャノピーが閉じられ、義人は完全な密閉空間に取り残される。


 え? な、なんて?


 英語がまったく分からない義人がただただ困惑する中、背後からこれまでの人生で聞いたこともないような地鳴りによく似た爆音に鼓膜が震え、双発の巨大なエンジンに火が入り、漆黒の怪鳥が夜の滑走路を滑り出す。


 アフターバーナーの点火だ。


 エンジンノズルから強烈な青白い炎を猛然と吐き出しながら、SR-71は嘉手納の長い滑走路を凄まじい速度で駆け抜ける。重力に逆らい、機体がふわりと浮き上がったかと思った直後、怪鳥はその鋭い機首を夜空へと向けた。


 目指す先は、雲のさらに上。気圧も、音も置き去りにする成層圏。


 鉄の鳥から漆黒の怪鳥へ。義人というバトンを乗せた今、マッハ3の加速とともにアメリカ本土に向けて大きく羽ばたいていく。義人は太平洋を4時間で横断した。






 その頃、アメリカ本土ではラスベガス周辺に大規模な砂嵐の接近を理由とした大規模な非常事態宣言が発令される。情報統制のベールに包まれたネバダの砂漠。その裏で、最後の防衛線が突破されようとしていた。


 Hurry up, kid…….


 関係者らが祈りを捧げる中、空中給油を挟みながらアメリカに到着。時差、マイナス16時間。時計の針が逆転し、2月8日、金曜日の朝日が再び義人を照らした。時刻は早朝6時から7時頃。


 SR-71は高度を下げ、限界まで減速していく。宇宙服の無線からパイロットの引き締まった声が響いた。

 

『ターゲット上空だ。……心の準備はいいか、ボーイ。神のご加護を』


 直後、パイロットの手によって後部座席の緊急脱出レバーが引き絞られた。


 激しい金属音が炸裂し、頭上のキャノピーが爆風とともに吹き飛ぶ。同時に義人が座る射出座席の下部でロケットモーターが点火した。


 凄まじい衝撃とともに義人は座席ごとコクピットの外。大空へと勢いよく打ち出される。


 高度数千メートル。朝日を浴びるネバダの砂漠。そして赤茶けた岩肌が続く渓谷、バレー・オブ・ファイアー。眼下には激しい砂煙を上げてラスベガスへと迫る暴走個体の姿が見えた。


 次の瞬間、安全プログラムが作動し、パラシュートが自動で開く。バサリと大きな布が広がると強烈な減速Gが義人の身体を虚空へと繋ぎ止める。


 激しい風の音が一瞬だけ、消えた。


 パラシュートの天蓋に引かれ、大空の中で文字通り静止した砲台と化した義人は宇宙服のヘルメットの奥で、冷徹に目を細める。


 右腕の服を突き破り、金属が這い回る硬質な音を響かせながら展開される鉛色の装着銃。義人は右腕のキャノンに意識を集中させ、体内の電流を徐々に銃身へと集めていった。


「…………」


 狙う得物は豆粒ほどの小さな頭。弾丸も重力の影響を受け、真っ直ぐは飛ばないだろう。だが、義人はこれが最善だと信じ、左手を添え、心の引き金に指を掛ける。


 ――――見えた!!


 白い線が1本、銃口から暴走個体の頭へと伸びた。


 これなら当たる。その核心が自信となり、少年は不敵な笑みを浮かべた。


 狙い撃つぜ!!


 引き金を引くと稲妻は弾け、青い光とともに放たれた弾丸は空気を切り裂き、暴走個体の頭を雷神の一撃が情け容赦なく粉々に打ち砕いた。


「おっしゃあ!! グゥレイトォ!!」 


 日米が繋いだ特大のバトン。世界を揺るがす極秘作戦の結末は焦げ付いた匂いと、完全に物言わぬ炭化組織と化した元超人の残骸が砂漠に佇み、幕を閉じた。

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