超人が目覚める日
世界が日本に注視する中、2008年1月14日、月曜日。 午前3時22分。アメリカ合衆国ネバダ州リンカーン郡。通称、エリア51近郊の砂漠地帯に1つの隕石が落下する。直径、約1.5メートル。この小型隕石は極めて緩やかな角度で大気圏に突入したため、落下時の衝撃波は極めて限定的なもので、民家への被害は0。地表に直径、約5メートル程度の小規模クレーターを形成しただけに終わる。
すぐさま現場に急行したのはリンカーン郡の保安官補と、エリア51から出動した初期調査チームの計12名。彼らがクレーターの縁から隕石を覗き込むと、その石の塊は穴の底で音を立てず、ただ獲物が来るのを悠然と待ち構えていたことを知ることとなる。
チームの出立から数分後。ネリス空軍基地の管制塔に届いた通信は激しいノイズと、人間の喉から出たとは思えないほど低い咆哮だった。
アメリカ政府および国防総省、通称ペンタゴンはこの隕石を国家戦略上の究極の資源と定義。地球外生物に寄生され、強化された人間の細胞プロセスを解明し、制御可能な超人兵士を量産することを目的とした極秘プロジェクト、アドバンスド・ヒューマンを開始した。
実施場所はネバダ州内の地下隔離施設。施設名、サイト・デルタ。1960年代に作られた旧ソ連の核攻撃に耐え得る設計で造られ、現在まで放置されていた地下シェルターや核サイロといった冷戦時代の遺物に最新の医療機器と拘束用ケージだけを持ち込み、突貫で再稼働させた代物である。
被験体の総数は3名。彼らには驚くべき身体能力。再生能力。触腕。硬化などの能力が複数発現。世界初の超人、梅竹義人の能力と多くの類似点があることを発見した。
しかし、理論上では制御可能とされていた超人化プロセスであったが、精神面での副作用が想定を遥かに超えており、2008年2月5日、火曜日未明。被検体の1人、元陸軍軍曹の男。被検体コード、A-01の精神が突如崩壊し、施設内の保安システムを破壊。結果、他2名の被検体たちを解放した。
この原因は増幅された身体能力に脳が耐え切れず、極度の攻撃性と破壊衝動が発現。いわゆる超人暴走状態に陥ったと思われる。
被害状況はサイト・デルタの職員8割が死傷。アメリカ軍特殊部隊、デルタフォースを投入するも超人の身体能力の前ではあまりにも無力であった。被検体らは堅牢な防壁を紙のように引き裂いて地上へ出ると、施設周辺を守備していた米軍第4歩兵師団の部隊を壊滅させ、ネバダの砂漠地帯を猛スピードで移動し始める。
ペンタゴンはこれを実験動物の脱走と偽り、AC-130ガンシップやAH-64Dアパッチ・ロングボウを出動。砂漠上での殲滅を試みるも予測不可能な動きのせいで30mm機関砲が当たらない。放ったヘルファイア・ミサイルごと記録にあった電磁砲のようなもので撃ち落とされる。
「クソッたれ!!」
そんな誰かの叫び声が聞こえてきそうな中、2008年2月7日、木曜日。午前4時。砂漠上を移動する暴走個体に対し、ペンタゴンは超低空飛行によるサーモバリック爆弾の投下を敢行。核に次ぐ兵器。通常の爆薬が爆発の衝撃そのもので破壊するのに対し、これは2段階の殺戮を行う。
第1段階で周囲に可燃性の微粒子を散布し、第2段階でそれに点火。発生した巨大な火球は周囲の酸素をすべて喰らい尽くし、数千度の高温と肺胞を破裂させるほどの猛烈な真空状態を作り出す。遮蔽物の裏側にまで入り込むその炎からは、逃げる術はない。それは爆発というよりも世界の燃焼である。
これでようやく終わった。誰しもがそう思う中、直前に体を硬質化させ、地中深くまで潜ったものの内臓へのダメージは深刻で、皮膚も焼けただれ、それでもなんとか生き延びた個体が息を潜めているとも知らずに。
炎が消え、静寂が砂漠に訪れる。焦げ付いた岩石の匂いの中、防護服を着た研究員たちがサンプルを回収しようと炭化した肉塊に近づいていく。
しかし、その数は2。おかしい。どこかに埋まっているのか? 大丈夫か? などと考えながらも作業は続行される。アレをくらって生きている訳がない。誰しもがそう考えた。
その時、黒い地面から1本の真っ赤な筋肉の繊維が飛び出し、研究員を地面の中に引きずり込んだ。
「なっ…………」
突然のことに全員が固まり、最後尾にいた1人が走り出すと、それに続き全員が車に向かって走り出す。
なんだ!! なんなんだッ!!
研究員たちは悲鳴を上げる間もなく土の中へと消えて行き、その血肉を超人に乱雑に食われていく。柔らかな喉に歯を立てられ、服は破れ、頭蓋を割られて脳を吸い出される。そうして栄養を取り込んでいった最後の暴走個体は体をゆっくりと癒していった。そして8割ほど回復すると、さらなる得物を求め、地上へと姿を現す。目の前には武装したデルタフォースの隊員たち。一斉に放たれる銃弾も鋼鉄の体の前には意味をなさず、その2本の触腕で貫いていった。
悪夢だ…………。
納まることを知らない破壊衝動。隊員らを蹂躙し終えた個体は再び走り出す。目的地などない。だが、砂漠を抜けた先にはラスベガス周辺の居住区や主要幹線道路がある。そこに辿り着いてしまえばもはや隠蔽は不可能となり、それはアメリカの終わりを意味していた。
この通常兵器の物理的破壊力を超える生存能力を目の当たりにした国防長官は第43代アメリカ合衆国大統領、ジョージ・ウィルソン・バークレーに自国軍による制圧は不可能。被害を最小限に抑えるには、同質の力を借りる他ないと直訴する。
「はあ!? なんだって!? 悪い。もう1度言ってくれないか? 神に祝福されたこの偉大なアメリカの、そしてこの敬虔なキリスト教徒であるこの私に、あの日本の無神論者とかいうクソガキに頭を下げろと言っているんじゃあないだろうなッ!!」
「申し訳ありません、大統領。もうそれしか方法が……」
「ふざけるな!! 日本にそんなデカい貸しが作れるか!! もう1度あの化け物を吹き飛ばせ!!」
「大統領!! サーモバリックでも駄目だったんです!! これ以上派手にやれば世界に露呈します!!」
側近の悲痛な叫びが、ホワイトハウスの執務室に響く。
今のアメリカには、もう世界に嘘をつき通すだけの体力も信用も残ってはいなかった。イラク、アフガニスタンという2つの泥沼化した戦争に兵力も予算も吸い取られ続け、国際社会からは大量破壊兵器の嘘つきと叩かれて孤立無援。さらには足元の住宅バブル崩壊という巨大な経済爆弾まで抱えている。
そんな状況からの一発逆転を狙って手を出したのがアドバンスド・ヒューマン計画であったのだが、ここでラスベガスが壊滅し、自国の超人兵器が露呈すれば、今度こそアメリカという大国の威信は終わりだ。
「……ッ!!」
バークレーは何かを言いかけ、口を閉じる。刻一刻と突きつけられる時間と数字が、彼を冷酷に追い詰めていった。もはやノイローゼ寸前だ。
これも神の試練か…………。
そして、同日。福山総理へと極秘のホットラインが繋がれた。




